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偽善者と貯蓄期間 二十四月目

偽善者と橙色の学習 その11

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 読書を続けること丸一日、その間の俺たちは……正直暇だった。
 迷宮の機能を掌握していたため、飲食禁止のこの階層に、物を持ち込めて助かったが。

 この迷宮は世界における重要度に応じて、本を異なる階層に配置している。
 そしてこの階層は一番深い──つまり、重要度が高い場所。

 しかしそれは、何を以って重要かということになり……その定義づけに協力していた者こそが『賢者』の血族ミント家なのだ。


「こ、これは……」

「──どうも、姫様。悪いが今は少しばかり忙しくてね……待っててもらえるか?」

「あ、あなたたち……何をやっているの?」


 さて、この階層に新たな客人が現れた。
 杖型の『華装』を握りしめたとても若々しい森人の少女は、自身の見た光景が信じられないのかわなわなとしている。


「見て分からないか? ──ドミノだよ」


 飲食物を摂取しつつ、魔物たちに協力させて本を一定間隔で立てていく。
 この世界には魔法もあるし、軽く固定してから次の本に移行していた。 

 そうしてこの階層にある本は、おおよそ並べておいた現在。
 そりゃあ驚きもするだろう──本への冒涜もまた、迷宮内では禁則事項なのだから。


「よかったら姫様も──」

「ふざけないでください! あなたたち、自分たちがいったい何をしているのか分かっているの!?」

「……と、言われてもな。それが許されている時点で、もう察しがつくんじゃないか?」

「それは……!」


 アンが事前に集めてきた情報によると──目の前の少女はとても賢く、巷では『賢姫』などといって持て囃されているんだとか。

 それに驕るわけでもなく、人々のためとなる魔術の開発なんかもしている。
 何より、アンの異世界理論に興味を持ったのは彼女──気にするのも当然だ。


「そもそも、普通の奴に四階層の試練が突破できるわけないだろう。こっちは二人、しかも魔力量は見ての通りだ」

「……あなたは少量、女性の方は類い稀なる素質があるのですね」

「…………ハハッ、まさかストレートに少量と言われるとはな! まあいいさ、自分に自信があるわけでもない。けど、俺もアイツも乗り越えるだけの力は持ち合わせているぞ」


 こうして軽口を叩けているのも、彼女が俺の本当の顔を見ていないから。
 見ていたら間違いなく、気持ち悪い雑魚は死すべしと殺されていただろう。

 まあ、四層での試練中は一時的に縛りを緩めてもらっていたんだけど。
 魔力の感受性が普人族より高い森人は、俺の低スペックぶりなど見抜いているはずだ。


「──あなたたちは、いったい……」

「まあ、誰でもいいとは思うがな。侵入者、冒涜者、はたまた簒奪者……好きな名前で呼べばいい」

「──では、ラブラブカップルで」

「……あのー、このせっかくできた緊張感の中で言うの止めてもらえますー? ほら、お姫様も唖然としているじゃん」


 俺としてもカッコイイワードをチョイスできたというのに……アンが横槍を入れるものだから、唖然したのちに苦笑してしまう。

 悪役は向いていないし、そもそも冒涜するならもっと別のことをするもんな。


「ラブラブカップルさん。私は『賢者』の家系『キシリー=ミント』、これからよろしくお願いします」

「それ止めて。俺はノゾム、そっちはアン。名前で分かったと思うが、彼女は姫様に推薦してもらったヤツだ」

「……はい、よく覚えています。まさか、独学で真実に届いた方が居られるとは思っても居られず。あれから連絡もできず、何かあったのかと心配していました」

「申し訳ありません。ダーリンがわたしを離してくれなかったため、多忙な日々を過ごしておりました」


 ダーリンと言われてビクッとしたが、その辺りは何もツッコんでこない様子。
 ただニコニコと笑っているので、とりあえずは大目に見てくれたようだ。


「──ただ、あなたたちがやっていることに関しては承服しかねます。いったい、何をするためにこのようなことを?」

「昨日から姫様を待っていたんだが、なかなか来なくて暇だったんで……とりあえず、ドミノでもしようってことになってな」

「……はぁ。この迷宮を掌握したというのであれば、売りに行くこともできたはず。なぜしなかったのですか?」

「俺たちは別に、姫様と険悪な関係になりたかったわけじゃない。なのにその機会を自分から白紙にするなんて馬鹿の所業だ──これがしたかったんだよ」


 指を鳴らすと並び終えたアンが、本を前に押し倒す。
 それは連鎖による連鎖を引き起こし、迷宮内に並べたすべての本が倒れていく。

 姫様──キシリーもそれが何を生むのか、とりあえず見てくれている。
 その期待に応えられるものを、俺たちは用意したはずだ。


「これは……“飛浮ヒフ”!」


 飛行魔術を使い、上へ向かう。
 地上から見ていては、何がどうなっているのか分かりづらいからな。

 俺たちも追随するように飛んで、自分たちが用意した物を眺める。
 そこに描かれていたものは──葉によって構成されたとある家紋であった。


「──ミント家の家紋ですか」

「敵意は無い、その証明ついでにな。姫様、少しばかり手伝ってほしいことがある。だからとりあえず……戦ってくれ」


 だいぶ強引ではあるが、おそらく彼女はこれを拒まない。
 ……アンの予測したことが正しいなら、これが一番効果的なスキンシップだからな。


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