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偽善者と貯蓄期間 二十四月目

偽善者と橙色の学習 その10

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 五層に入るまでに、ギミックなどは無い。
 ただこれまでと同じく、螺旋階段を下へ下へと降りていくだけ。

 与えられていた四階層の許可証を提示し、五階層に挑む資格有りと入り口で示す。
 扉はそれに呼応し、最後の試練の舞台へ俺とアンを招き入れる。


「……なんというか、普通の図書館だな。見てくれだけ違うけど」

「異世界なのですから、その在り方も違うのですよ。人件費削減という形でも、そもそも入る者が限るという意味でも。わざわざここに来るような者は、己が求める真理以外を気にするとも思えません」

「いや、そういうものなのか?」

「そういうものなのです」


 何を言いたいかというと、この階層にもこれまで同様に魔物が居た。
 ただしそれは、俺たちに向けて敵意を向けていないのだ。

 本の整理をしたり、ただふわふわと漂っていたり……能動的な攻撃はしないのだろう。
 俺たちはそんな奥の光景を見たうえで、すぐ近くに居る魔物に目を映す。

 人と同じ姿をした、だが体内に魔核を宿した魔物──『人形ドール』。
 精巧な女性の姿をしたそれは、俺たちに向けてお辞儀を行う。


「橙の図書庫、第五階層へようこそ。新規のお方ですか? それとも、会員様ですか? 登録済みの方は、証を提示してください」

「あっ、新規です。……なんで、この階層で受け付けをするんですか?」

「なぜ、と申されましても……私共が必要とされる階層が、五階層のみだからです。上層はあくまで、人にとって必要な知識。この階層に集められているモノこそが、当迷宮において蒐集されるべきものなのです」

「……なるほど、分かりました」


 口、というか顔も含めて人の造形をちゃんとしているので、会話ができる。
 もちろんこちらの世界の言語なのだが、そこはスキルで補っています。

 アンが分かったようなので、俺は質問をせずに話を戻してもらう。
 人形の女性はニコリと笑みを浮かべ、改めて説明を続けた。


「第五層における許可証は、迷宮内における制約が成立後にお渡ししております。内容について、お聞きしますか?」

「はい」

「畏まりました。提示される条件は三つ──迷宮そのものを傷つけない、蔵書を外へ持ち出さない、核に干渉しない。以上三つを宣誓していただき、制約は成立いたします」

「分かった、誓います」
「はい、誓いましょう」


 すると、魔力がほんのりと消化され、迷宮がちょっぴり光った。
 受け付け台の下辺りから、二枚のカードが飛んでくる。


「──登録が完了しました。制約に背いた場合、迷宮からの追放。および一年の入場禁止が課せられますのでご注意ください。その場合、再度一層からの入場を要します」

「じゃあ、今は違うのか?」

「はい。カードは転位許可証にもなっておりますので、念じることで望まれた階層の入り口に向かうことができます。他に何か、ご質問はありますか?」

「いいえ。さっそく使わせてもらっても、よろしいでしょうか?」


 俺たちを案内してくれようとする人形に断わりを入れて、自由に散策を始める。
 まだ確認していないことも多いが、アンにこれだけは確認しておかねばならない。


「──許可、してくれるよな?」

「もちろんです。強行突破ですか?」

「いや、可能な限り堂々と行こう」

「畏まりました」


 そんな会話をしながら、俺たちはとある場所を目指して歩を進めた。


  ◆   □   ◆   □   ◆


「──支配完了っと。今度、レンに調整の方は任せておこう」

「鮮やかな手口でしたね、さすがメルス様」

「手口とか、なんか犯罪っぽいこと言わないでくれるかな? ……自覚があるからさ」


 俺とアンは制約によって、迷宮をどうこうすることはできなかった。
 ……しかし俺には、『魔遜の首巻』という頼もしいルールブレイカーが存在したのだ。


「『トー』も目覚めてくれたし、やっぱり使わないとダメなんだな」

《──はい。これからは、もっと頼っていただきたいものです》


 とても厳格な声で語りかけてくる、その声の主こそが【謙譲】の武具っ娘であるトー。
 謙譲語じゃないとかそういうツッコミは、俺の願望ということで止めてもらいたい。


「間接的に役立ってもらうことは多かったんだけどな……うん、今度武具っ娘たちを一人ずつ使う機会を用意しようか」

《そうしていただけると。──いいですか、メルス君。家族は大切にするんですよ?》

「分かってるよ」


 最後だけとても優しい声で、彼女はそう告げて念話の接続が切れる。
 そんなトーに感謝の意を籠めつつ、用意しておいた『機巧乙女』に入れておく。


「トーの“無条破棄”が無かったら、さすがにこんなことしなかっただろうけど。眷属に頼るのも、たまにはいいよな?」

「そう仰られるのであれば、日常生活から何やら何まですべて頼ってみては?」

「……よせやい。【怠惰】な俺がそんなことしたら、二度と自立心が芽生えなくなる」

「むしろ、そうしたいのですが?」


 甘やかされるにもほどがある。
 うちの眷属、厳しいこともあるが基本的に俺を堕落させる気満々だからなー。

 真なる敵は内に居るというが、『うち』に居るという意味でも間違っていないだろう。
 負けないように心を強く持たねば、いずれ屈服してしまうかもしれない……くっころ!


「それで……いつ頃来ると思う?」

「一日ほどかと。それまでは、読書に勤しみましょう」

「魔本は無いし、魔術体系とかを調べておこうか。アンもすまないが、あとで改良に手を貸してくれ」

「畏まりました。こういうときだけでなく、いつでも頼ってくださいね?」


 まあ、もう九割ぐらい屈服している気がするんだけど……今さらな気もするし、そういうところはいつの間にか受け入れているな。


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