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偽善者と貯蓄期間 二十四月目

偽善者と橙色の学習 その08

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「だいぶ感じが変わってきたな……今度は迷路じゃなくて、コロッセオみたいな形になっているし」


 四階層に足を踏み入れた俺とアンを迎え入れるのは、円を描くようにして構築された闘技場だった。

 ただし、その闘技場を建てているのはすべて本棚であり内部の本。
 魔力を視て確認すると、そういった風に感じられた。


「これまで求められていたのは知力、本という叡智の塊への理解度でした。しかし、今求められているのは──」

「武力……かな? 本って戦争とかで揉めると、証拠隠滅するのがテンプレだし」

「迷宮という形を取っている以上、いずれ踏破されることは規定事項のはず。防衛手段として、戦力を生み出す階層が用意されていても不思議ではありません」


 迷宮は最奥に隠された核を壊すと、活動停止になるか崩壊するか……いずれにせよ、使い物にならなくなってしまう。

 それを防ぐ防衛手段であり免疫、それが内部で生み出される魔物たちなのだ。
 ……そして今、この階層にはいっさいの魔物が確認されていない。


「あそこに行かないと、試練を行うこともできないわけか」

「……どうやらプロテクトが掛けられているようですし、この階層の本を読みたくば勝利せよ、ということかもしれません」

「戦った内容で、読める本が違う……とかなら面倒臭いな。アンは短剣、俺は弓しか武器が無いわけだし」


 しかしまあ、やらなければならないのが試練というモノ。
 裏技で強行突破したとき、どういうペナルティが課せられるかが怖いわけじゃない。 

 ……断じて、怖いわけじゃないのだ。


  ◆   □   ◆   □   ◆


 闘技場に足を踏み入れた俺たち。
 すると突然、一冊の本が光り輝いてこちらに飛んでくる。


「……えーと、あれはなんだ?」

「『災いの死徒』。内容は……神代より記録されし、厄災の記録ですね」

「…………死亡フラグ全開だな、おい」


 俺の代わりに、アンが遠くで光る本を調べてくれた。
 遠視スキルや暗視スキルで覗けば、見ることもできるが……アンにお任せだ。

 厄災とは要するに、俺も候補に挙げられている『世界の敵ワールドエネミー』のようなものなのだろう。
 蓄積されたその膨大な情報の中から、何かしらが展開とびだされる……そんな流れか?


「メルス様、どうやら飛び出すのではないようです──飛び込むの間違いです」

「……考えてみれば、危ないものは出さないのが普通か。逆に侵入者なら、そのまま中で死ねばいいわけだし。これって、ある種魔本みたいなものか」

「迷宮の力によって、それを補助しているのでしょう。記されていることがすべて事実ならば、魔本にするためのリソースが明らかに足りていません」

「黒の魔本も似たようなものだけど、あれは俺が中身をすべて用意するってのが条件でどうにか創れたものだしな……伝説とか神話のホ°ケモンだけ集めたパーティーなんぞ、公式戦じゃ使わせてもらえないか」


 なんてことを考えていると、本はよりいっそう輝き俺たちを引き摺り込んでくる。
 抗うこともできたが、これが試練……二人でいっしょに中へ飛び込む。


          ◆


「ここは……どこだ? まったく見覚えのない場所なんだが」

「分かりません。ですが……来ます!」

「おいおい、マジかよ……なんだありゃ!」


 俺たちが見た物を端的に言うならば──四足歩行をしたナニカであった。
 いや、その説明すらも間違っている……狂気染みた姿は、化け物としか言えない。

 たとえば足──それは四本のように見えるが、よく見るとさまざまな動物の特徴を持つ足が何千何百と結びついてできている。

 たとえば体──無数の動物の特徴を持つドラゴンのようにも見えるが、それら一つひとつが時折泥のように掻き混ざっていた。


「……アン、入る前に読めたか?」

「──其はキメラの成り損ない。そして、大罪の一つ【暴食】の失敗作。取り込む力と食らう力を重ね合わせ、成功に至ろうとしたとある作品……厄災が生みだした獣の化身。要するに眷属のようです」

「眷属ねぇ……その言葉、さすがに聞き捨てならないな。本体でもないみたいだし、さっさとあれを視界から消そう」

「ですが、どうなされますか? 今のメルス様では、確実に敗北なされるかと」


 普通に挑めば負ける。
 それは理解しているが、アンに言われるとちょっと落ち込む。

 頼りないというか、力が足りないというかなんというか……今の俺には余裕がない。
 でもまあ、多少の補助ぐらい入れば勝つこともできるだろう。


「アン、お前は制限解除。自由に行動していいから、そのまま倒してくれ」

「……よろしいのですか? あれを倒してしまっても」

「死亡フラグは止めろ。で、俺は今回生存だけを考えて戦う。まあ、それなら逃げろって話だけど……イイとこを見せたい男らしく、アピールだけは続けるとしよう」

「畏まりました──このアン、全身全霊を賭けて彼の獣やくさいを倒してみせましょう」


 ペコリとお辞儀をしたアン。
 一瞬で課していた制限を外し、本来の姿を取って力を解放する。

 神性機人の肉体を持つアンなので、基本的に機械やプログラムされた魔術を使う。
 そしてそれは、[不明]の補助として与えられた、高度な知性を基に扱われる。


「全身全霊は良いから。普通に、あくまでも舐めプで倒してくれ」

「では、そのように。レベル300・・・・・・程度の魔物であれば、わたし一人で充分かと」


 忘れていないとは思うが、人族も魔物も一度レベルは250でストップする。
 なのでコイツは、それを超越した魔物である……それでも今回、倒すんだけどな。


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