1,599 / 2,518
偽善者と貯蓄期間 二十四月目
偽善者と橙色の学習 その07
しおりを挟む迷宮の中で迷路に迷い、俺とアンは延々と路を歩いていく。
アンは脳内マップを自動的に作ってくれるので、同じ道に迷うことはない。
現在、手を繋いで移動しているため、俺たちの戦闘力が視れれば低下しているだろう。
すでにそこを突かれ、何度も魔物たちが接近していた。
「せっかくの機会を、邪魔されたくはございませんので」
「……うわー、一撃。しかも、ずいぶんと鮮やかにやったな」
アンは獣型の魔物を斬り裂いた。
的確に核を斬られた個体は、その姿をバラバラな紙にして宙を舞う。
ただし、そこに至るまでの過程が凄い。
短剣という射程の短い武器でありながら、動かしたのは相手が接近するほんの一瞬。
しかも、自身の挙動をすべて支配し、俺の体をピクリともさせていない。
俺はただ魔物が予想以上に近づいてくることに、驚くだけの簡単なお仕事である。
「いったいどうやっているんだ?」
「肉体……というより機体を構成するものすべて知覚し、メルス様に影響が及ばないという前提で最適な動きを取っています。メルス様で言うところの、細胞一つに至るまで支配するといった感じでしょうか?」
「……全然分からないけど、凄いんだな。俺はそういうの、スキルの補助があっても時々しかできないし」
「メルス様は感覚派ですので。イメージを形に成されれば、スキルがそれを行ってくれるのでしょう」
それだけに頼らないよう努力していく。
縛りとはそのために行っていることなんだし、スキルに依存してはいられないな。
今の自分に何ができるか考える。
背負っているのは木製の弓、ただし矢は必要としない代物。
種を触媒とすることで、それを矢として放ち発芽させられる。
種類の方は多岐に渡るので万能性はあるものの、それは弓を介する必要があった。
──しかし現状、片腕が使えない。
左手を絡められており、それを外すことは困難……いやもう、本当にいろんな意味で。
外そうものなら偽りであろうとも、アンの瞳から涙が零れ出ることだろう。
それは絶対にNGなので、代案となりそうなものを考えておく。
使えるスキルは森人らしく、弓系統の武術木魔法、それに森で動くためのスキル。
なお、投擲術や格闘術は封印されていた。
ただしスキルが無くても行うことはできるため、別に体を動かすことは自由だ。
「……木魔法かな?」
「おや、せっかくメルス様が何もせずともいい。そのような状況を作ったのですが……お気に召しませんでしたか?」
「いや、そうじゃなくてな。嬉しいには違いないんだが、やっぱり自分でも何かやっていないと落ち着かなくて……」
「つまり、共同作業ですね?」
死んだ魚の目みたいなレイフ°目が、ほんの僅かながらキラリと光った気がする。
何が言いたいかはよく分かるので、握る手に力を加えることでそれに応えた。
「……まあ、あんまり強い攻撃はできないだろうけど」
「大切なのは(既成)事実のみです。わたしとメルス様、二人で事を成した……それがとても嬉しいのですよ」
「ええっと……じゃあ、お願いしようか」
「はい、任されました」
気のせいか、アンが背中の当たりでグッと拳を握ったような気がするが……見えない場所なので、おそらく勘違いだろう。
そんな会話の結果、手を握るだけの足手纏いからようやく脱却することに成功した。
いつでも戦えるように魔力を高め、準備をしていると……行き止まりに辿り着く。
「──最後のヒントが見つかりましたね」
「……あっ、はい」
「すべてを合わせまして……なるほど、座標が特定できました。メルス様、すぐに試練の位置までご案内いたします」
「…………はい、お願いします」
一冊、取り出せた本の中から抜き取った紙こそが最後のヒント。
これまでに魔物がドロップしたり、隠されていたヒントと重ねることで答えが現れる。
やる気満々だった魔力が一気に落ち、そのままモチベーションもガクッと下がった。
そう、覚悟が遅かった……優秀なアンはすでに、ヒントを無数に集めていたのだ。
◆ □ ◆ □ ◆
アンが魔物を倒していると、霊体型の魔物『騒霊』がヒントを一枚落とした。
そこには二つのヒントが載っており、片方は他のヒントの在りかを示していたのだ。
あとはその内容を彼女が解析し、俺は連れ回されるだけの簡単なお仕事。
実際、俺はそのヒントを解読できず、アンがすべてを見つけたわけだし。
「こちらが試練の本となります。メルス様、内容はどうでしたか?」
「…………はい」
「ありがとうございます。これは……迷路の軌跡が示す物、ですか」
「らしいな……とりあえず全部歩けば、答えが出るだけまだ良心的ってことか」
これまでと違ってお片付けが試練内容ではないからか、突然本が落ちてくるという展開にはならないみたいだ。
その代わりに、迷路の至る所から魔物が出現した気配を感知してしまう。
……内容の解釈次第では、もう一度回らなければならないというのに。
「ご安心を。わたしには、すべてが分かっておりますので」
「おおっ、さすがはアン! 略してさすアンだな!」
「はい、ありがとうございます。では、さっそく終わらせましょう」
「なんか、反応薄くないか?」
アンが答えらしきものを告げると、本は光り輝き突破の証を俺たちに授けてくれる。
これでようやく、本来入手困難な第四層へ向かうための挑戦状が得られたわけだ。
彼女の応対に関しては、さすご主を言われているときの俺も似たようなものかと思い直して、諦める……こんな気持ちになるのか、今度からはできるだけちゃんと応えよう。
「……って、魔物はそのままかよ。アン、すぐに倒して次に行くぞ」
「畏まりました」
握っていた手はそのままに、俺たちは四階層へ向けて歩を再び進めるのだった。
0
お気に入りに追加
510
あなたにおすすめの小説
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
DPO~拳士は不遇職だけど武術の心得があれば問題ないよね?
破滅
ファンタジー
2180年1月14日DPOドリームポッシビリティーオンラインという完全没入型VRMMORPGが発売された。
そのゲームは五感を完全に再現し広大なフィールドと高度なグラフィック現実としか思えないほどリアルを追求したゲームであった。
無限に存在する職業やスキルそれはキャラクター1人1人が自分に合ったものを選んで始めることができる
そんな中、神崎翔は不遇職と言われる拳士を選んでDPOを始めた…
表紙のイラストを書いてくれたそらはさんと
イラストのurlになります
作品へのリンク(https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=43088028)
虚弱生産士は今日も死ぬ ―小さな望みは世界を救いました―
山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。
Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。
最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!?
ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。
はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切)
1話約1000文字です
01章――バトル無し・下準備回
02章――冒険の始まり・死に続ける
03章――『超越者』・騎士の国へ
04章――森の守護獣・イベント参加
05章――ダンジョン・未知との遭遇
06章──仙人の街・帝国の進撃
07章──強さを求めて・錬金の王
08章──魔族の侵略・魔王との邂逅
09章──匠天の証明・眠る機械龍
10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女
11章──アンヤク・封じられし人形
12章──獣人の都・蔓延る闘争
13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者
14章──天の集い・北の果て
15章──刀の王様・眠れる妖精
16章──腕輪祭り・悪鬼騒動
17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕
18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王
19章──剋服の試練・ギルド問題
20章──五州騒動・迷宮イベント
21章──VS戦乙女・就職活動
22章──休日開放・家族冒険
23章──千■万■・■■の主(予定)
タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。
俺と異世界とチャットアプリ
山田 武
ファンタジー
異世界召喚された主人公──朝政は与えられるチートとして異世界でのチャットアプリの使用許可を得た。
右も左も分からない異世界を、友人たち(異世界経験者)の助言を元に乗り越えていく。
頼れるモノはチートなスマホ(チャットアプリ限定)、そして友人から習った技術や知恵のみ。
レベルアップ不可、通常方法でのスキル習得・成長不可、異世界語翻訳スキル剥奪などなど……襲い掛かるはデメリットの数々(ほとんど無自覚)。
絶対不変な業を背負う少年が送る、それ故に異常な異世界ライフの始まりです。
モノ作りに没頭していたら、いつの間にかトッププレイヤーになっていた件
こばやん2号
ファンタジー
高校一年生の夏休み、既に宿題を終えた山田彰(やまだあきら)は、美人で巨乳な幼馴染の森杉保奈美(もりすぎほなみ)にとあるゲームを一緒にやらないかと誘われる。
だが、あるトラウマから彼女と一緒にゲームをすることを断った彰だったが、そのゲームが自分の好きなクラフト系のゲームであることに気付いた。
好きなジャンルのゲームという誘惑に勝てず、保奈美には内緒でゲームを始めてみると、あれよあれよという間にトッププレイヤーとして認知されてしまっていた。
これは、ずっと一人でプレイしてきたクラフト系ゲーマーが、多人数参加型のオンラインゲームに参加した結果どうなるのかと描いた無自覚系やらかしVRMMO物語である。
※更新頻度は不定期ですが、よければどうぞ
VRMMO~鍛治師で最強になってみた!?
ナイム
ファンタジー
ある日、友人から進められ最新フルダイブゲーム『アンリミテッド・ワールド』を始めた進藤 渚
そんな彼が友人たちや、ゲーム内で知り合った人たちと協力しながら自由気ままに過ごしていると…気がつくと最強と呼ばれるうちの一人になっていた!?
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
女神様から同情された結果こうなった
回復師
ファンタジー
どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる