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偽善者と貯蓄期間 二十四月目
偽善者と橙色の学習 その07
しおりを挟む迷宮の中で迷路に迷い、俺とアンは延々と路を歩いていく。
アンは脳内マップを自動的に作ってくれるので、同じ道に迷うことはない。
現在、手を繋いで移動しているため、俺たちの戦闘力が視れれば低下しているだろう。
すでにそこを突かれ、何度も魔物たちが接近していた。
「せっかくの機会を、邪魔されたくはございませんので」
「……うわー、一撃。しかも、ずいぶんと鮮やかにやったな」
アンは獣型の魔物を斬り裂いた。
的確に核を斬られた個体は、その姿をバラバラな紙にして宙を舞う。
ただし、そこに至るまでの過程が凄い。
短剣という射程の短い武器でありながら、動かしたのは相手が接近するほんの一瞬。
しかも、自身の挙動をすべて支配し、俺の体をピクリともさせていない。
俺はただ魔物が予想以上に近づいてくることに、驚くだけの簡単なお仕事である。
「いったいどうやっているんだ?」
「肉体……というより機体を構成するものすべて知覚し、メルス様に影響が及ばないという前提で最適な動きを取っています。メルス様で言うところの、細胞一つに至るまで支配するといった感じでしょうか?」
「……全然分からないけど、凄いんだな。俺はそういうの、スキルの補助があっても時々しかできないし」
「メルス様は感覚派ですので。イメージを形に成されれば、スキルがそれを行ってくれるのでしょう」
それだけに頼らないよう努力していく。
縛りとはそのために行っていることなんだし、スキルに依存してはいられないな。
今の自分に何ができるか考える。
背負っているのは木製の弓、ただし矢は必要としない代物。
種を触媒とすることで、それを矢として放ち発芽させられる。
種類の方は多岐に渡るので万能性はあるものの、それは弓を介する必要があった。
──しかし現状、片腕が使えない。
左手を絡められており、それを外すことは困難……いやもう、本当にいろんな意味で。
外そうものなら偽りであろうとも、アンの瞳から涙が零れ出ることだろう。
それは絶対にNGなので、代案となりそうなものを考えておく。
使えるスキルは森人らしく、弓系統の武術木魔法、それに森で動くためのスキル。
なお、投擲術や格闘術は封印されていた。
ただしスキルが無くても行うことはできるため、別に体を動かすことは自由だ。
「……木魔法かな?」
「おや、せっかくメルス様が何もせずともいい。そのような状況を作ったのですが……お気に召しませんでしたか?」
「いや、そうじゃなくてな。嬉しいには違いないんだが、やっぱり自分でも何かやっていないと落ち着かなくて……」
「つまり、共同作業ですね?」
死んだ魚の目みたいなレイフ°目が、ほんの僅かながらキラリと光った気がする。
何が言いたいかはよく分かるので、握る手に力を加えることでそれに応えた。
「……まあ、あんまり強い攻撃はできないだろうけど」
「大切なのは(既成)事実のみです。わたしとメルス様、二人で事を成した……それがとても嬉しいのですよ」
「ええっと……じゃあ、お願いしようか」
「はい、任されました」
気のせいか、アンが背中の当たりでグッと拳を握ったような気がするが……見えない場所なので、おそらく勘違いだろう。
そんな会話の結果、手を握るだけの足手纏いからようやく脱却することに成功した。
いつでも戦えるように魔力を高め、準備をしていると……行き止まりに辿り着く。
「──最後のヒントが見つかりましたね」
「……あっ、はい」
「すべてを合わせまして……なるほど、座標が特定できました。メルス様、すぐに試練の位置までご案内いたします」
「…………はい、お願いします」
一冊、取り出せた本の中から抜き取った紙こそが最後のヒント。
これまでに魔物がドロップしたり、隠されていたヒントと重ねることで答えが現れる。
やる気満々だった魔力が一気に落ち、そのままモチベーションもガクッと下がった。
そう、覚悟が遅かった……優秀なアンはすでに、ヒントを無数に集めていたのだ。
◆ □ ◆ □ ◆
アンが魔物を倒していると、霊体型の魔物『騒霊』がヒントを一枚落とした。
そこには二つのヒントが載っており、片方は他のヒントの在りかを示していたのだ。
あとはその内容を彼女が解析し、俺は連れ回されるだけの簡単なお仕事。
実際、俺はそのヒントを解読できず、アンがすべてを見つけたわけだし。
「こちらが試練の本となります。メルス様、内容はどうでしたか?」
「…………はい」
「ありがとうございます。これは……迷路の軌跡が示す物、ですか」
「らしいな……とりあえず全部歩けば、答えが出るだけまだ良心的ってことか」
これまでと違ってお片付けが試練内容ではないからか、突然本が落ちてくるという展開にはならないみたいだ。
その代わりに、迷路の至る所から魔物が出現した気配を感知してしまう。
……内容の解釈次第では、もう一度回らなければならないというのに。
「ご安心を。わたしには、すべてが分かっておりますので」
「おおっ、さすがはアン! 略してさすアンだな!」
「はい、ありがとうございます。では、さっそく終わらせましょう」
「なんか、反応薄くないか?」
アンが答えらしきものを告げると、本は光り輝き突破の証を俺たちに授けてくれる。
これでようやく、本来入手困難な第四層へ向かうための挑戦状が得られたわけだ。
彼女の応対に関しては、さすご主を言われているときの俺も似たようなものかと思い直して、諦める……こんな気持ちになるのか、今度からはできるだけちゃんと応えよう。
「……って、魔物はそのままかよ。アン、すぐに倒して次に行くぞ」
「畏まりました」
握っていた手はそのままに、俺たちは四階層へ向けて歩を再び進めるのだった。
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