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偽善者と試されし練度 二十二月目
偽善者と凡人体験 その01
しおりを挟む始まりの町
翌日、俺の姿は初期地点にあった。
……いや、『メルス』の姿は正確には無いわけだがな。
「に、兄さん……やっぱり、止めておいた方がいいんじゃ……」
「ダメじゃないか、ニィナ。これから僕たちは、いろんな場所で冒険をするんだぞ。こんな所でへこたれていちゃダメだ!」
「兄さん……」
「それにな。たまには気分転換に、本当の外へ行くのもいいだろう?」
隣で寄り添う少女の頭に手を置き、髪が乱れない程度に撫でる。
ナデポのスキルは持っていないが、こうすると落ち着いてくれるんだよな。
ニィナ──『ザ・グロウス』と共に町を訪れた理由、それは言った通り気分転換だ。
そして償う意志の強い彼女に、そんなことする必要ないと教えるためでもある。
なお、俺は彼女より少しだけ背の高い少年に変身している──シャルと会う時の自称騎士よりも、背は低くなっていた。
眷属の容姿を反映した中性的な見た目、それは隣に居るニィナと共に注目を浴びる。
彼女も運営神が生みだした、究極の美を体現した肉体だ……そりゃあ視線も、なっ?
「兄さん……威圧は止めようよ」
「今の僕はあのシスコンを参考にしているからね、ニィナを守るためにはどんなことでもしないと。とりあえず、近づいてくるヤツは全員追い払わないと」
「お願い、兄さん止めて。ぼくにできることなら、何でもするから」
「えっ、何でも? ……そっか、ならしょうがないな、止めるよ」
言質を取れて満足したので、威圧を最後の最後に一瞬だけ全力で発動して、解除する。
ニィナはため息を吐いているようだが、ずいぶんと緊張も解れているようだ。
「兄さん、まずはどこに行くの?」
「さっきは威圧を借りちゃったけど、本当は僕もニィナも空っぽだからね。ちゃんとスキルが手に入るように、少し町で運動しよう」
「運動? 運動で獲得できるの?」
「僕はそういうことをしなかったけど、普通はそういう工夫をするみたいなんだよ」
今回の縛り、それはスキルリセット。
ただし、縛り後に行動経験で得たスキルは自在に使用可能──というもの。
いつもなら超速でスキルを集められそうなのだが、俺もニィナもスキルの獲得を常人並みに調整してもらっている。
つまり──俺は本来体験するはずだったモブスペックを、ニィナは弱者がいかにして強者に成るのか身を以って体験するわけだ。
「じゃあ、ランニングだよ。あんまり変なことをしていると怪しまれるから、普通に走ることを忘れないでね。あっ、それといっしょに姿を隠すことも忘れないで。時々休憩する時は、できるだけ死角に移動するよ」
「……危なくない?」
「大丈夫、困ったときは眷属が総出で助けに来てくれる手筈になっているから!」
「……それ、この町が無くなっちゃうよ」
やれやれ、スケールが小さいなニィナは。
正解は町じゃなくて、ここいら一帯だよ。
まあ、ここには『ボス』が居るので、暴れようとする輩はチンピラ程度だ。
そうしたら対人戦闘の経験も兼ねて、お勉強をさせてもらうことにしよう。
◆ □ ◆ □ ◆
町の中をひたすら走っていく。
祈念者の数が増えており、増築された結果もう『町』ではなく『街』と言ってもいいほどの規模の場所。
そして、現在の俺は──
「……かひゅー、かひゅー」
「兄さん、もう休もうよ……兄さんがもう、限界だよ」
「こほー……ニ、ニィナがそう言うなら、仕方がないな……うん、そろそろ休もう」
「まだ五百メートルも走ってないけどね」
能力値も凡人スペック、つまり現実の俺とほぼ同等のものにしてもらっていたためか、全然走れなかった。
スキルを持っていた時に、耐久走のコツは掴んでいたはずなのだが……いかんせん、そのコツを利用するための力も今は無い。
最初に設定した通り、人々の目の届かない死角へ移動する。
そこで休憩をし、さらに身を隠す系のスキルを獲得する修業も同時に行う。
「ほら、兄さん……水だよ」
「ありがと……ん? 水、あるの?」
「うん、生活魔法を覚えたから。あと、魔力感知と体内魔力操作、体外魔力操作もね」
「……そ、そっか。ありがとう、ニィナ」
俺、まだ走る系のスキルしか取ってない。
先ほど挙げた耐久走、他には逃走や駆足などばかり……才能の差、ここに極まれたり。
鑑定系のスキルが無い以上、今の俺たちがどれだけスキルを使えているのかは自己報告でしかない。
俺たちは嘘を吐く必要が無いのでその点は気にしないのだが、問題は相手から覗かれようとしている場合。
「……不味いな、これは」
「兄さん?」
「! あっ、ああ……ごめんな、ニィナ。自分の想定以上に、僕には頑張らないといけないみたいだ」
魔法はそんな状況に必要な要素だ。
魔力を操ることで、通常よりもはるかに高い身体能力を得ることもできる。
ニィナもすぐに、身体強化スキルを得ることになるはずだ。
そして、前提条件を満たしていない俺は、当然ながら手に入れなれない。
「ねぇ、ニィナ。お願いがあるんだけど……もう一度、最初から水を出してみてほしい。もしかしたら、それで僕も」
「分かったよ、兄さん──“放水”!」
やる気を出して、水を勢いよく掌から出してくれているニィナ。
魔力量も相応になっている今、俺にできるのはどうにか感覚を掴むことだけだ。
そして、彼女の魔力が尽きたとき……俺はまだ、目的のスキルを習得できずにいた。
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