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偽善者と目覚める夜の者 二十一月目

偽善者と帝国騒動 その08

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 ──消費額十億ヤーン

 金で力を買う“放蕩散財”という能力の凄いところは、あらゆることにこの能力を用いることができる点だ。

 行動の成功率、経験値獲得、身体能力向上など……さすがにスキルの獲得などはできないのだが、単純なことであれば大抵のことは行えるように設定されている。

 ただ、欠点が一つあって──身体強化であれば上げた分制限時間が短くなり、行動成功率であれば難易度に比例して額が高くなる。

 なので俺が用意したのは、一億という尋常ではない額。
 その分身体能力も制限時間も相応に高く長いものとなり、騎士を圧倒していた。


「まあ、身体能力が上がっちまうから武技や魔法の制御ができなくなるんだけどな。別に使えないとは言わないが、な!」

「ぐふぉ、がはっ!」

「じゃあ、そろそろいかせてもらう、ぞ!」

「う、ぐぅ……!」


 おそらくこの騎士は、普通の攻撃を何度やろうと諦めないとなんとなく分かった。
 なので“掌底波ショウテイハ”を無詠唱で発動し、発生しづらい『気絶』の成功率を高める。

 足で地面を力強く踏み鳴らし、その反動のエネルギーを上手く捻った体で、掌へ力の奔流を送り込み──騎士の鎧へ押し込む。


「──ッ!?」

「失敗は無いぐらい金を注ぎ込んである。悪いが、寝んねしちまいな」

「へ、陛下、申し訳……」

「はいはーい、おやすみなさーいっと」


 課金したのが良かったようで、騎士は抵抗することもできずにガクッと気絶する。

 俺を阻む者は、これでいなくなった。
 四将の一人以上に信頼できる者もいなかったのか、この先にはほんのわずかな騎士ぐらいしかいないし。

 そしてその戦闘力は、当然『聖刃』らしい騎士とは程遠いレベル。
 今度こそ、俺は目的地である皇帝の居る場所まで向かうことができた。


  ◆   □   ◆   □   ◆


「……誰だ」


 扉を“銭投げ”で破壊して、皇帝の部屋へ乗り込む。
 オプションとして守っていた騎士を送ったので、事情は察しているだろう。

 憎らしいほどのイケメンぶりは、暗がりでも理解できる。
 眩しいほど輝く金の髪と瞳、それはウワサ通り人々を魅了する『カリスマ』を宿していた。


「始めまして、神の狗。俺は……まあ、いちいち偽名を言っても厄介なことになるし、侵入者で構わん」

「侵入者、何をしにここへ?」

「ああ、用事はシンプルだ。すぐに終わらせてやる──ウェナ、この名に聞き覚えは?」

「無いが?」


 悩むでもなく、即答をする皇帝。
 本心から覚えていないのだろう……それを理解していたから、彼女はコイツに何も求めなかったのだろう。


「ウェナ・ファナス。お前の──『エルダスト・アレク=ヴァンキッシュ』、テメェの娘だよ。本当に知らないのか?」

「……ファナス。ああ、吸血鬼の娘か。忘れていたよ。それで、それがどうした?」

「母親はどうした?」

「どうだろうな。日に当てても死なぬ故、捨て置いたはず。その後のことは俺も知らん」


 殺した、と明言していないだけ幸いか。
 死んでいたら死んでいたで、それはそれで解決も手っ取り早かった気もするが……そこまで人としての感性を捨ててはいない。


「そうか、心当たりは?」

「……本当に何をしに来た? 俺を殺しに来たのではないのか?」

「いつでも殺せるヤツを、わざわざ気に掛ける必要もないだろう。神の狗、お前は死にたいのか? まあ、言われても殺した時が面倒そうだから、別に殺らないが」


 別に運営神と戦うこと自体は、それでも構わない……が、現状を鑑みると、被害が国民たちに影響が及んでしまう。

 なのでまだ、そのときではないのだ。
 少なくとも最悪の状況──全祈念者が敵に回るという未来だけは、まだ避けたい。


「俺を生かせば神に告げる。それでもここに来たのだ、本当の理由があるのだろう?」

「……はっ? そんなものねぇよ。今訊いたことが、ここに居る理由のすべてだ」

「愚かな。小娘一人のためだけに、このような神をも恐れぬ大罪を犯したのか」

「そうだと言っているだろう。お前と違ってな、俺はアフターケアを欠かさないんだよ」


 これ以上、ここに居る理由は無くなった。
 まだ直接攻撃をしていないから手を出されないが、皇帝には俺を殺す手段がある。

 別に戦っても構わないが、課金で戦う今の俺ではどれだけ散財するか分からない。
 あと、帝城も壊してしまいそうだし……今回は戦わずして去るつもりだ。


「俺に何もしないなら、俺も何かするつもりはない。それでどうだ?」

「すでに何かしてあるのだろう。その言葉はそういうことをした奴のものだ」

「否定はしないが、どうせ犯罪者なんだ。多少やらかすぐらい見逃がせ」

「神に頼るまでもない。帝国の力を、甘く見るな侵入者」


 たとえ犯罪者認定されようが、それは俺にとって好都合でしかない。
 偽善のために行った結果を、世界に証明してくれるのだから歓迎に決まっている。

 それに、そうなることで得られるモノも多くあるのだ。
 何かを背負い込むのには慣れているし、今さらその程度で怖気づくようなこともない。


「誰も殺していないんだから、罪はできるだけ軽めにな」

「俺の帝城に来た時点で、お前の罪は死刑でしかそそげない」

「はっ、なら捕まえてみろよ。できるものなら、だけどな」


 そう言って、この部屋から出て帝城を去っていく……転移とかは使えないから、当然ながら徒歩ではあるが。


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