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偽善者と目覚める夜の者 二十一月目

偽善者と帝国騒動 その01

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 ヴァナキシュ帝国


 帝国には二つの顔がある。
 皇帝による統治によって築き上げられた、金持ちたちが集う白栄街。

 そして、それと対を成す裏の姿。
 皇帝認可の非合法区域、祈念者プレイヤーすらも商品に変える黒没街。

 前に訪れたアンダーな方の場所はそこに含まれており……俺はその一画に在る、屋敷の中に居た。


「お前さん、ずいぶんと久しいな」

「そりゃあまあ、忙しかったからですよ。時に大陸を渡り、時に世界を股に掛けて偽善をやっていますからね」

「かー! ずいぶんと行儀の言いこって。それじゃあ二代目の名は告げねぇぞ?」

「……それは『兄貴』に譲りますよ。ほら、『兄貴』からもそう言ってくださいよ。気に食わねぇガキには譲らない……的な」


 対面しているのは、二人の男性だ。
 一人は少々頼りない体躯をした、金髪の青年……彼はもう一人の男の隣に座り、ただニコリと笑顔を浮かべている。


「とは言ってもなあ、オジキに続いて君で二人目だぞ? あの頃ならいざ知らず、今は君こそが『一家』の二代目だと心の底から認めているよ」

「お前さんもだ。どうしたどうした、オレんトコにカチコミしに来たときの荒々しい気迫はドコ行ったんだよ!」

「オジキと弟分に、心配したことは全部解決されたんだ。今さら取り繕う必要も無いし、あの子たちに怖がられないようにこういう口調を心がけてんだよ。オジキだって、あの子たちの前だと口調が変わるじゃないか」

「うっ……い、今はオレのことはどうでもいいだろうが! それよりもメルス、お前さんさっき別のトコに行ったと言ってたな? そりゃあもしや──」


 俺の台詞にそわそわとしだす『オジキ』。
 少し前まで病と呪いのダブルパンチを受けていた影響か、やや白髪の割合が多い黒髪の老人だ。

 着物を羽織り腰には刀を差していることから、見た者はすぐに分かる──彼がこの大陸とは異なる島国『井島』生まれの者だと。


「お土産です、『オジキ』」

「……ッ! おお、こりゃあテメェ……」

「どんな物なんですか?」

「こっちにゃ出回らねぇ、貴重な酒だ。さすがだな、メルス! もうそんな信頼関係を築けるぐらい、アッチに馴染んでんのか!」


 こういうとき、奪うという選択肢が頭に無いのも『オジキ』が慕われている理由だ。
 仁義を通し、弱きを助け強きを挫く──それこそが『一家』の頭領の美学である。

 そんな彼を驚かせたのは、『楽土』と呼ばれる東都の辺りで造られている酒だ。
 オダさんも呑む酒らしく、話し合いが済んだ後に一樽分貰っていた。

 そして、俺には複製魔法があるので……大量に用意できた樽を十個ほど並べて、この場に広げてみたわけだな。


  ◆   □   ◆   □   ◆


「……で、結局何しに帰ってきたんだ? 正式に二代目継ぎてぇってんなら、すぐにでも儀式を執り行うが?」

「だから、やりませんから。今回は……そろそろ計画を実行しようと思って」

「そういや、前にそんなことを言ってたな。あの野郎にゃあ、こっちも手を焼いているからな。内容によっちゃあ、協力を──」

「ああ、問題ないから手伝わなくて良いですよ。それよりも今は、安静にしてください。知っていますからね、オジキが前に倒れたって。子供たちを心配させないためにも、まずは言った通りの治療を受けてください」


 うぐっと声を詰まらせる。
 最初に病と呪いを治したのは俺なので、まだ完治していないことも分かっていた。

 縛りプレイの最中だったし、当時は風と無属性の魔法だけでどうにかするべく四苦八苦したな。

 今ならポーションで治療することもできるのだが……やろうとすれば、お礼に本当のボス扱いをされそうなので、止めている。


「治療ねぇ……こう、一杯やるんじゃダメなのか? 言うじゃねぇか、酒は百薬の長ってな。だからよぉ──」

「ダメですよ、オジキ。メルスがせっかく治してくれているんだから、我慢しよう。酒は完治した後、みんなで酌み交わそうぜ」

「……そりゃあお前さん、独占されたくないがための考えかい?」

「ははっ、なんのことやら。オジキは酒にだけは厳しいからな。あとでメルスにお代わりたかっとこうだなんて、これっぽっちも思ってなんかないよ」


 と言いつつも、『オジキ』から見えない場所でハンドサインを送っているので、俺もそれに答えるようにコクリと頷いておく。


「まあまあオジキ、どうせ今は呑めない話はしない方がいいって。それよりも、例のことについて話をしたい」

「…………最近、また表は揉めてるぞ。それでもやるのか? 吸血鬼はお前さんのやったことだと聞いてはいるが、それ以外にも表に出ずに揉み消されたことがいっぱいあるぞ」

「むしろ、よく隠蔽工作を振り切って成功したと思っている。俺たちみんな、失敗して助けを乞う方に賭けてたんだけどな」

「人の偽善を賭けに使わないほしいんですけど……とりあえず、いろいろと訊いたりしたいことがあるんです。まあ、テロとかをしたいわけじゃないんでご安心を」


 やらかした時のために、それでも概要を伝えておく。
 二人とも最後には笑っていたので、問題はないだろう。

 ……さて、計画を実行しないとな。


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