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偽善者と目覚める夜の者 二十一月目
偽善者とかぐや姫 その07
しおりを挟む「…………」
少女は周囲の環境を観察する。
そこは小高い山へと続く獣道だった。
小さな十字架を握り締め、山の中へ向かっていく。
当然、その先へ向かうことを阻むように魔物たちが現る。
「──AhhhLaaaaaaa♪」
詠唱でもなんでもない、少女はただ歌を奏でただけ。
だがそれだけで、魔物たちはもがき苦しみ木々に衝突する。
「──Yaaaaaaaaa♪」
曲調が変わり、魔物たちの動きにも変化が生じる……動きが停まったのだ。
そう、それこそ心の臓の活動まですべてが停まり、そのままバタリと地に伏していく。
「……主よ、迷える魔物たちに祝福を」
魔物であろうと生きるモノ、少女は真摯に祈りを籠めて神に願い奉る。
少しでもその生に意味があったと、来世はより良い生き方ができるようにと。
「参りましょう。主と御神様の思し召す道のままに」
そう言って、少女はさらに山の上を目指して進んでいく。
──その身に昏い瘴気を纏いながら。
□ ◆ □ ◆ □
目を覚ましたとき、少女は視界に映るすべてに呪いの怨嗟を唱えた。
自分の使命を奪った男を殺し、自身が縛りつけていた女を再び拘束しようともする。
しかしそれらは成し得ることもできず、頓挫することになった。
そして知った、盲目的な使命を果たすのではダメなのだと。
人の世を知り、祈りを学び、自分を識る。
そして名を貰ったとき……少女は少女として、新たに生まれ変わったのだ。
それまでの行いを償い、主や主の周囲の者たちのためとなるべく研鑽を積んできた。
力を得て、地位を得て、信用と信頼を勝ち得ていく。
そして、主からついに呼び声が掛かる。
少女──『クロワ』はその思いに応えるべく、魔法陣へ嬉々として向かうのだった。
□ ◆ □ ◆ □
「ここは……いったい」
山頂に設置されていた扉を潜ったクロワが見つけたのは、とても広い石造りの建物。
だが人の姿はいっさいなく、静けさだけがそこには存在していた。
「主、曰く。私たちが探し求める品は五つ。その中で、建物を必要とする宝具……つまりここは『仏の御石の鉢』が眠る迷宮、ということですね。そして、ここは天竺」
天竺とは、祈念者たちの世界におけるインドとほぼ同じ場所を指す中国での呼称。
そして物語において、『仏の御石の鉢』が眠りし場所でもある。
そこは実際、僧院と呼ばれる修行僧たちの共同生活を行うための施設であった。
迷宮はそれを再現し、かつて存在し……滅ぼされたそれを復元したのだ。
「つまりここは──異教徒の住処」
これまで纏っていた瘴気が少し増加する。
だがそれもほんの一瞬のこと、すぐさま呼吸を整えだすと放出量は収まっていく。
「ともかく、鉢を探しませんと。それこそが主と御神の思し召し──“聖域”」
身から放つ禍々しい気配とは真逆、神聖な力を辺りに展開する。
その内部の情報はすべて、クロワの脳内に叩き込まれていく。
本来の用途は内部の邪な存在を浄化し、外部の干渉を拒むというモノ。
だがどの魔法であろうと、卓越した者が使用すれば異なる扱いをすることができる。
「仮初の建物ですし、破壊するのは勘弁しておきましょう。主の御業があれば、このような場所も新たな神殿と化すかもしれません」
納得し、探りだした目的地へ向かう。
その間、余すことなく僧院内部を探索し、その全貌を暴いていく。
「……やはり、主の御創りになられるどの建築物にも劣る。一度更地にし、そのうえで主による御業を受けた方がよいのでは?」
と言ったことを口にすることもあったが、それでも実行はせずに目的地へ辿り着く。
そこには一体の仏像が扉の上に置かれ、その先には巨大な石の鉢が鎮座している。
「見つけましたよ、これが目的──ッ!?」
クロワが『仏の御石の鉢』の下へ向かおうとしたその瞬間、強烈な気配を感じてすぐさま後退した。
「ウサギ……ですか」
彼女の前に現れたのは、『玉兎』と呼ばれる魔物だった。
短い杵を持った玉兎は、勢いのままにクロワへ襲いかかる。
「──“聖壁”」
聖なる光を壁のような形で生みだし、振るわれた杵の一撃を防ぐ。
ガキィンと甲高い音が鳴り響くと同時に、生成された“聖壁”に罅が入る。
しかしクロワは平然としていた。
自身がどれだけ愚かで、力及ばない存在であるかを理解しているから。
故に祈り、想いを伝える。
その声が必ずや、主や御神の下へ届くと理解しているから。
「──Yaaaaaaaa♪」
そして、彼女は歌を奏でる。
これまで使っていた聖魔法、そして歌魔法の合体魔法である“聖歌”だ。
ただ歌うだけでいい歌魔法とは異なり、聖属性を織り交ぜる必要がある“聖歌”。
そして、己が信仰する神によって発揮する効果が変わっていく。
『Quiiii!?』
クロワが信仰するのは主と御神──■■の現人神と反逆の邪神。
歌は言葉──言霊を紡ぎ、彼女の信じる者たちの力を玉兎へ届けた。
その結果──玉兎は衰弱していく。
クロワは両手で抱えた巨大な十字架を、そのまま玉兎へ振りかざす。
「主、曰く──本気で殺るときは徹底的に。ただし侮るな、死にかけこそが反逆の意を示すとき。なればこそ、行うならば違和感に慣れる前に」
『Quu!』
「光あれ──“極光拘束”」
万色に輝く光の膜が、衰弱する玉兎の身を包み込み捕縛する。
逃げることもできず、甘んじて受けなければならない──十字架の一撃を。
「主よ、御神よ。どうかこのウサギにも、大いなる祝福を与えたまえ」
血の付いた十字架を縮め、握り締めると祈りを捧げる。
そして、歩を進める……その先にある宝具へ手を伸ばすために。
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