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偽善者と目覚める夜の者 二十一月目
偽善者とかぐや姫 その03
しおりを挟む腰に剣を携えた少女は、目の前に現れた光景を目に留めず、小さくため息を吐く。
視えるからこそ分かってしまう、先ほどまで共に居た者の心を思い返し。
「……まったく、しょうがないわね」
彼女が居るのは滝壺の前、微かに見えるその先には扉が設置されており、何かを待ち受けるような気配が漂っていた。
そこは迷宮、世界とは切り離された異なる空間であり、中に眠る宝を侵入者から守る宝物庫の役割を担っている。
「とりあえず、入りましょうか」
腰に背負っていた剣とは別に、いつの間にか握っていた小さなナイフを縦に振るう。
それだけで、そびえていた巨大な滝に変化が起きる。
突如滝はその方向を二手に分け、少女が歩む道を開いた。
まるでそう在ることが正しいかのように、少女が扉の奥に消えるまで。
「ここは……家屋かしら?」
少女──ティルエが扉の先で見たのは、さざまな建物が軒を並べる光景だった。
その一つ一つに仔の居る鳥の巣ができており、空には親である鳥たちが舞っている。
「記憶がたしかなら、ここは『燕の子安貝』とかいう物を取る場所ね。けど、それがどれかは分からない」
ティルエの思い浮かべる知識において、それは一つの建物に築かれていた、ツバメの巣の中に存在するモノだった。
しかしこの迷宮において、ツバメの巣は複数存在している。
そして燕もまた、ただただ採取されるために飛んでいるわけではない。
「まあ、そうなるわよね」
今度は片手剣を握り締め、敵対する意思を向けてきたモノ──ツバメ型の魔物たちと戦いを始めた。
ツバメは『アームズシェルスワロー』と呼ばれる魔物で、それぞれその名の通り貝を身に纏い飛行を行っている。
「となると、本当に巣にあるのかしら? もしかしたら、この中に……はさすがに無いみたいね」
踊るようにツバメたちの攻撃を避け、前へ進んでいくティルエ。
ツバメが彼女の横を通過したその瞬間、ふらりと姿勢を崩し墜落する。
そんな光景に驚くツバメたちだが、侵入者の迎撃という使命を刻み込まれた故に、愚直な突進を行っていく。
特殊な貝を身に纏い、魔力で鋭さと速さを高めた彼らの動きは本来、人族に捉えることのできないもの。
ここへ宝具を取りに来た者たちも、実際動きに対応し切れずに敗北した場合が多い。
魔法で防ごうと数が押し潰し、魔力が切れた途端に詰むからである。
「動きが単調、それに自分たちの体が相手を貫けると勘違いしているのね。たしかに私の体はそうかもしれないけど──この子たちなら、アナタたちも同じ目に遭うのよ」
彼女はただ、斬っているだけだった。
ただしその速度が尋常ではなく、ツバメたちには捉えられないほど素早いだけ。
そしてそれは、特別なスキルや魔法の恩恵によるものではない。
彼女が持つ天賦の才を磨きに磨き、神速の太刀と呼べる域まで抜刀術を鍛えた結果だ。
どれだけ頑丈な貝だろうと、どれだけ特殊な能力を持つ貝だろうと……彼女が振るう一太刀は、あらゆる物を斬り裂く。
特殊な性能を持たないのは、彼女が握る片手剣もまた同じこと。
ただ頑丈であり、押し潰すことを目的とした西洋剣だ。
「やっぱり、ただ斬っているだけだと時間が掛かるのよね。少しは楽がしたいわ……」
彼女は斬る、何度も何度も愚直に。
武技もスキルも使わず、高めた身体能力と技術だけを用いて。
ツバメたちは余計な外傷もなく、確実に体内へ宿した魔石を切断する軌道で斬られる。
どのような軌道を描いても結果は同じ、的確に最適な動きで地へ落とされていった。
「やっぱり目的の物を得るには、一番奥に行かないとね」
そう言って、ティルエは迷宮の最深部を目指していく。
それを阻むモノはもう居らず、親鳥たちは皆すべて、地に墜ちているのだった。
◆ □ ◆ □ ◆
「あれが……そうなのかしら?」
彼女の視界の奥には、これまで見た物以上に巨大なツバメの巣が存在する。
そしてそれを使うモノもまた大きく、そのツバメは『アームズシェルスワローキング』と同族のクイーン種であった。
「となれば、もう少しマシな物を使うべきなのかしらね……アナタではないわよ」
腰に携えられていた剣がガタガタと独りでに揺れ出していたが、ティルエの一言にその動きは止まる。
まるで、寂しさを示すようにピタリと。
そんな姿に苦笑しつつ、彼女はさらに異なる剣を手に握った。
「アナタを使ったら、この迷宮ごとすべてが斬れるじゃない。だから、今回は大人しくしていてちょうだい」
そう言って鞘を撫でれば、漏れ出ていたエネルギーは完全に収まる。
そして彼女は片手剣から持ち替えた大剣を振るい、ツバメの王と女王に挑む。
「とは言っても……アナタでなくとも、同じことはできるけれどね」
斬ッ!
それは飛ぶ斬撃ではない。
彼女はただ、目の前を斬っただけだ。
だがそれだけで、彼女の眼前に広がる光景は大きく変わる……否、斬り開かれる。
「とっとと行きましょう」
ツバメの王たちは困惑していた。
なぜ視界が歪む、なぜ羽ばたけぬ、なぜ体が動かないと。
しかしその答えは、自分たちが愛する片割れの姿を見た途端に分かった……否が応にも理解してしまう。
自分たちの体はすでに斬られていると。
それを気づかせないほどの鮮やかな斬撃を以って、命を奪われたのだと。
「どこにあるのかしら……」
己たちを斬った少女は、何かを探すように巣へ向かう。
親鳥である彼らは、子を守るために必死で言葉を紡ごうとする。
しかし、すでに口は動かない。
ただ念じることしかできない……そこに目的の物は無いと。
「──そう、分かったわ。ありがとう、お礼にその子たちはそのままにしておくわ」
薄れていく視界の端、そう告げた少女がどこかへ去っていく姿を見て……彼らは満足そうに意識を失った。
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