上 下
1,391 / 2,519
偽善者と目覚める夜の者 二十一月目

偽善者とかぐや姫 その03

しおりを挟む


 腰に剣を携えた少女は、目の前に現れた光景を目に留めず、小さくため息を吐く。
 視えるからこそ分かってしまう、先ほどまで共に居た者の心を思い返し。

「……まったく、しょうがないわね」

 彼女が居るのは滝壺の前、微かに見えるその先には扉が設置されており、何かを待ち受けるような気配が漂っていた。

 そこは迷宮、世界とは切り離された異なる空間であり、中に眠る宝を侵入者から守る宝物庫の役割を担っている。

「とりあえず、入りましょうか」

 腰に背負っていた剣とは別に、いつの間にか握っていた小さなナイフを縦に振るう。
 それだけで、そびえていた巨大な滝に変化が起きる。

 突如滝はその方向を二手に分け、少女が歩む道を開いた。
 まるでそう在ることが正しいかのように、少女が扉の奥に消えるまで。




「ここは……家屋かしら?」

 少女──ティルエが扉の先で見たのは、さざまな建物が軒を並べる光景だった。
 その一つ一つに仔の居る鳥の巣ができており、空には親である鳥たちが舞っている。

「記憶がたしかなら、ここは『燕の子安貝』とかいう物を取る場所ね。けど、それがどれかは分からない」

 ティルエの思い浮かべる知識において、それは一つの建物に築かれていた、ツバメの巣の中に存在するモノだった。

 しかしこの迷宮において、ツバメの巣は複数存在している。
 そして燕もまた、ただただ採取されるために飛んでいるわけではない。

「まあ、そうなるわよね」

 今度は片手剣ショートソードを握り締め、敵対する意思を向けてきたモノ──ツバメ型の魔物たちと戦いを始めた。

 ツバメは『アームズシェルスワロー』と呼ばれる魔物で、それぞれその名の通り貝を身に纏い飛行を行っている。

「となると、本当に巣にあるのかしら? もしかしたら、この中に……はさすがに無いみたいね」

 踊るようにツバメたちの攻撃を避け、前へ進んでいくティルエ。
 ツバメが彼女の横を通過したその瞬間、ふらりと姿勢を崩し墜落する。

 そんな光景に驚くツバメたちだが、侵入者の迎撃という使命を刻み込まれた故に、愚直な突進を行っていく。

 特殊な貝を身に纏い、魔力で鋭さと速さを高めた彼らの動きは本来、人族に捉えることのできないもの。

 ここへ宝具を取りに来た者たちも、実際動きに対応し切れずに敗北した場合が多い。
 魔法で防ごうと数が押し潰し、魔力が切れた途端に詰むからである。

「動きが単調、それに自分たちの体が相手を貫けると勘違いしているのね。たしかに私の体はそうかもしれないけど──この子たちなら、アナタたちも同じ目に遭うのよ」

 彼女はただ、斬っているだけだった。
 ただしその速度が尋常ではなく、ツバメたちには捉えられないほど素早いだけ。

 そしてそれは、特別なスキルや魔法の恩恵によるものではない。
 彼女が持つ天賦の才を磨きに磨き、神速の太刀と呼べる域まで抜刀術を鍛えた結果だ。

 どれだけ頑丈な貝だろうと、どれだけ特殊な能力を持つ貝だろうと……彼女が振るう一太刀は、あらゆる物を斬り裂く。

 特殊な性能を持たないのは、彼女が握る片手剣もまた同じこと。
 ただ頑丈であり、押し潰すことを目的とした西洋剣だ。

「やっぱり、ただ斬っているだけだと時間が掛かるのよね。少しは楽がしたいわ……」

 彼女は斬る、何度も何度も愚直に。
 武技もスキルも使わず、高めた身体能力と技術だけを用いて。

 ツバメたちは余計な外傷もなく、確実に体内へ宿した魔石を切断する軌道で斬られる。
 どのような軌道を描いても結果は同じ、的確に最適な動きで地へ落とされていった。

「やっぱり目的の物を得るには、一番奥に行かないとね」

 そう言って、ティルエは迷宮の最深部を目指していく。
 それを阻むモノはもう居らず、親鳥たちは皆すべて、地に墜ちているのだった。

  ◆   □   ◆   □   ◆

「あれが……そうなのかしら?」

 彼女の視界の奥には、これまで見た物以上に巨大なツバメの巣が存在する。

 そしてそれを使うモノもまた大きく、そのツバメは『アームズシェルスワローキング』と同族のクイーン種であった。

「となれば、もう少しマシな物を使うべきなのかしらね……アナタではないわよ」

 腰に携えられていた剣がガタガタと独りでに揺れ出していたが、ティルエの一言にその動きは止まる。

 まるで、寂しさを示すようにピタリと。
 そんな姿に苦笑しつつ、彼女はさらに異なる剣を手に握った。

「アナタを使ったら、この迷宮ごとすべてが斬れるじゃない。だから、今回は大人しくしていてちょうだい」

 そう言って鞘を撫でれば、漏れ出ていたエネルギーは完全に収まる。
 そして彼女は片手剣から持ち替えた大剣を振るい、ツバメの王と女王に挑む。

「とは言っても……アナタでなくとも、同じことはできるけれどね」

 斬ッ!
 それは飛ぶ斬撃ではない。
 彼女はただ、目の前を斬っただけだ。

 だがそれだけで、彼女の眼前に広がる光景は大きく変わる……否、斬り開かれる。

「とっとと行きましょう」

 ツバメの王たちは困惑していた。
 なぜ視界が歪む、なぜ羽ばたけぬ、なぜ体が動かないと。

 しかしその答えは、自分たちが愛する片割れの姿を見た途端に分かった……否が応にも理解してしまう。

 自分たちの体はすでに斬られていると。
 それを気づかせないほどの鮮やかな斬撃を以って、命を奪われたのだと。

「どこにあるのかしら……」

 己たちを斬った少女は、何かを探すように巣へ向かう。
 親鳥である彼らは、子を守るために必死で言葉を紡ごうとする。

 しかし、すでに口は動かない。
 ただ念じることしかできない……そこに目的の物は無いと。

「──そう、分かったわ。ありがとう、お礼にその子たちはそのままにしておくわ」

 薄れていく視界の端、そう告げた少女がどこかへ去っていく姿を見て……彼らは満足そうに意識を失った。

しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

パーティ追放が進化の条件?! チートジョブ『道化師』からの成り上がり。

荒井竜馬
ファンタジー
『第16回ファンタジー小説大賞』奨励賞受賞作品 あらすじ  勢いが凄いと話題のS級パーティ『黒龍の牙』。そのパーティに所属していた『道化師見習い』のアイクは突然パーティを追放されてしまう。  しかし、『道化師見習い』の進化条件がパーティから独立をすることだったアイクは、『道化師見習い』から『道化師』に進化する。  道化師としてのジョブを手に入れたアイクは、高いステータスと新たなスキルも手に入れた。  そして、見習いから独立したアイクの元には助手という女の子が現れたり、使い魔と契約をしたりして多くのクエストをこなしていくことに。  追放されて良かった。思わずそう思ってしまうような世界がアイクを待っていた。  成り上がりとざまぁ、後は異世界で少しゆっくりと。そんなファンタジー小説。  ヒロインは6話から登場します。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

World of Fantasia

神代 コウ
ファンタジー
ゲームでファンタジーをするのではなく、人がファンタジーできる世界、それがWorld of Fantasia(ワールド オブ ファンタジア)通称WoF。 世界のアクティブユーザー数が3000万人を超える人気VR MMO RPG。 圧倒的な自由度と多彩なクラス、そして成長し続けるNPC達のAI技術。 そこにはまるでファンタジーの世界で、新たな人生を送っているかのような感覚にすらなる魅力がある。 現実の世界で迷い・躓き・無駄な時間を過ごしてきた慎(しん)はゲーム中、あるバグに遭遇し気絶してしまう。彼はゲームの世界と現実の世界を行き来できるようになっていた。 2つの世界を行き来できる人物を狙う者。現実の世界に現れるゲームのモンスター。 世界的人気作WoFに起きている問題を探る、ユーザー達のファンタジア、ここに開演。

虚弱生産士は今日も死ぬ ―遊戯の世界で満喫中―

山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。 Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。 最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!? ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。 はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切) 1話約1000文字です 01章――バトル無し・下準備回 02章――冒険の始まり・死に続ける 03章――『超越者』・騎士の国へ 04章――森の守護獣・イベント参加 05章――ダンジョン・未知との遭遇 06章──仙人の街・帝国の進撃 07章──強さを求めて・錬金の王 08章──魔族の侵略・魔王との邂逅 09章──匠天の証明・眠る機械龍 10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女 11章──アンヤク・封じられし人形 12章──獣人の都・蔓延る闘争 13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者 14章──天の集い・北の果て 15章──刀の王様・眠れる妖精 16章──腕輪祭り・悪鬼騒動 17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕 18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王 19章──剋服の試練・ギルド問題 20章──五州騒動・迷宮イベント 21章──VS戦乙女・就職活動 22章──休日開放・家族冒険 23章──千■万■・■■の主(予定) タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。

VRMMO~鍛治師で最強になってみた!?

ナイム
ファンタジー
ある日、友人から進められ最新フルダイブゲーム『アンリミテッド・ワールド』を始めた進藤 渚 そんな彼が友人たちや、ゲーム内で知り合った人たちと協力しながら自由気ままに過ごしていると…気がつくと最強と呼ばれるうちの一人になっていた!?

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

処理中です...