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偽善者と目覚める夜の者 二十一月目
偽善者と寂しさ
しおりを挟む終焉の島 上空
「……どうしようかねー」
独りになりたい……というわけでもないのだが、考え事と独り言に没頭するために誰も居ない場所にやってきた。
時刻は宵。
雲海の上に立つ俺のさらに上で、巨大な月が冷たい光を放っている。
「月か……今さらながらに思うが、世界で太陽と月って名称は同じなんだよな。魔法に使われる振り仮名もサンとムーン……うん、ご都合主義とかそういう感じか」
ミラ・ケートスの内部に在った、惑星を模した迷宮の数々。
あれから神代語で書かれた書物を解読したのだが、やはり惑星の名はほぼ同じだった。
発音がやや違っていたものの、それでも同じ……神の名を地球では使っていたのだ、違わなければ矛盾するはずなのに。
「まあ、そういう部分は今さらなところが多いけどな。鶏が先か卵が先か、どっちが先かなんて気にするところじゃない」
その理由までは分かっていないので、本当に知りたいならミラ・ケートスの創造者たる神にでも訊きに行かなければならない。
だが、そこまでする必要があるのかと言えば……これっぽっちも無い気がする。
創作物において、いちいち細かい部分に口出ししないのと同じだ。
「そろそろ本題に入るとしよう……今度は、どっちにしようか」
二冊の魔本。
俺は『星の銀貨』の主人公であるリラを解放したけれど、まだ二人の物語が本の世界に閉じ込められたまま。
今日、再びそのどちらかを開くことを選んだが……どちらがいいのか、悩んでいるのが現状である。
「星の空、そこには『宙艦』たるミラ・ケートスが存在する。今もどこかを泳いでいるんだろうなぁ……」
思考を逸らしつつ、考察を行う。
けど、一人で考えることには限度がある。
魔本を選ぶと言うことは、選ばれなかった魔本の中に封じられている者をしばらく見捨てるということになるだろう。
前回はちょうどコアさんが居たので、話す体で考えを定めたが……やっぱり重要な決断は、己独りですることではないようだ。
「──“召喚・眷属”」
白の魔本を取りだし、術式を起動する。
今回はランダム召喚を行い、相談に乗ってくれる眷属を抽選で呼ぶ。
「……ちょうど約束通りになったな。けど、ダメじゃないか。もうこんな時間だぞ」
「うーん……でも、おにーちゃんが呼んでくれたみたいだからぁ。カカに頼んで……」
「確率を操ったのか? まったく……あんまり夜更かししちゃいけないんだからな」
「ふぁーい……」
カグの中に眠るカカは神、多少のランダム性なんてどうとでもなるだろう。
……というか、他の眷属たちにカカが頼んだのかもしれないな。
神の確率操作だって、眷属によっては無視できそうだし。
俺たちは雲の上に座り、話を行う。
先に魔本云々の話を軽く済ませ、ふいにカグが別のことを訊ねる。
「おにーちゃんは……どうしてお空の上に居るのかな?」
「死んでいるみたいだな。理由はまあ……独りになりたかったからだ。けど、やっぱり寂しくなって誰かを呼ぼうとしたんだ」
「そうなんだー……おにーちゃんは寂しがり屋だもんね」
「……そうかな?」
寂しいと思ったことがあるか、と訊かれて否とは言えない。
だからこそ俺は武具っ娘を生みだし、眷属という存在を求めた。
ただ従えるだけの従魔ではなく、共に在ることを願ったのだ。
それは俺の臆病さ──他者を根本的な部分で信じられなかった、過去に欲したモノ。
カグに……幼くも聡明な少女に言われ、改めて理解する。
「おにーちゃんがわたしたちを呼んでくれるとき、とーっても伝わってくるんだよ。どんな気持ちでおにーちゃんが、わたしたちを呼びたいかって」
「俺の……気持ち?」
「うん。最初は暇だなぁ、誰か来てくれないかなぁって思っているんだけど……」
「うわぁ、最悪だな」
たしかにいつも、そう思って召喚しているので否定はできないんだけど。
実際に自分自身でできることでも、だから眷属を呼んで手伝ってもらっているし。
だが、カグの話はまだ続く。
俺以上に俺を知る……知ってくれた、小さな賢者の理解について。
「少しずつ、本当の気持ちが伝わってくるんだよ……いっしょに居てほしい、誰か見ていてほしいって」
「見てほしいか……そうかもな」
「そして、おにーちゃんはいつも考えてくれているんだよ。わたしたちのことを、それから……傍に居てほしいって考えてる」
「傍に居てほしい。寂しいって本質はそれなのかも……って、急にどうした?」
ちょっと心が沈みそうになったのだが、カグが突然立ち上がる。
何をするのかと思えば──俺の正面に立つと、小さな掌を俺の頭に載せた。
「よしよし……」
「お、おい……」
「おにーちゃんが今さら嫌だって言ったってね、もうおねーちゃんたちは決めているみたいだよ。わたしだってそう、おにーちゃんが居ないと寂しくなっちゃうよ」
「カグ……」
頭の上で手が動く。
ただそれだけなのに、俺の中で温かいナニカが満ち溢れていくのを感じる。
大きく{感情}が揺れ動くわけではない。
だが俺の精神は、{感情}が働くよりも自然な形で安定していく。
「ありがとうな、カグ。お蔭で元気が出た」
「やったー! ……ふわぁ」
「さすがに眠いだろう。そろそろ寝た方がいい……おやすみだな」
「もう、おにーちゃんも大丈夫みたいだね。うん──おやすみなさい、おにーちゃん」
おやすみと答え、帰還してもらう。
それから少し間を置いてから、俺は立ち上がり空を見上げる。
「一歩進んで二歩下がってばっかりだが、今日はちょっとだけ前に進めた気がする……幼女効果、半端ないな」
偽物の妖女の影響力とは大違いだ。
きっと『月の乙女』たちも、カグを見たら一瞬で平伏するだろう。
「あの塔だって眷属に頼んだんだ……クソ女神云々を気にするよりも、偽善をすることを考えた方がいいか」
そう言って取りだすは一冊の魔本。
これから開き、物語へ介入する世界。
そのタイトルは──『かぐや姫』。
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