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偽善者と切り拓かれる世界 二十月目
偽善者と東の西京 その08
しおりを挟む妖界
『某はいったい、何をすればいいのだ?』
『──何も。我らには我らのやり方で、あの力に打ち勝つ。客人は安全な帰路が確立されるまで安静にされるがよい』
なんて会話があったため、俺は再び妖界の中をうろうろとしていた。
まあ偽善者たる者ある程度予想していた展開でもあるので、やることは決まっている。
「だがその前に、こちらへ来た目的を果たしておくべきか……うむ、まずは封印の反応を視るのが先決か」
神眼スキルが解放されているわけでもないので、地道に探していくしかない。
ちょうど大天狗のような上級でも最高位の強さを誇る妖怪たちは、一つの場所に集結して何かをやっている。
最初に捕まったときのように、すぐ来ようにも多少の時間は掛かるだろう。
チャンスはそう多くはないが、今はやるだけのことはやってみる。
「むむむ……むんっ! よし、左だな!」
大太刀の柄頭を立て、刀身が倒れた方向へ向かうことにした。
運任せ……幸運でも悪運でもなく、凶運の持ち主である俺だからこそ意味がある。
山を下り、道なき道を進み続け、不思議な場所をただひたすら歩いていく。
氷でできた砂漠、燃え滾る炎の川、熱を奪う雷……もうなんでもありだった。
「次は…………よし、また左だ!」
少しずつ、感じられていた妖怪たちの気配が無くなっていく。
妖怪たちの居住区から離れ、何やらおどろおどろしい場所へ向かっているのだ。
それでも手を止めないのは、俺がまだこの世界で何も成し遂げていないから。
別に主人公みたいなことがしたいわけではない……ただ、自然と足は動いていた。
「…………右だ」
次第に棒を倒す数は減っていき、なぜか頭に浮かんだ方向へ向けて歩を動かす。
すると辺りの光景は俺がある意味望んでいたもの──禍々しい空気へ変貌していく。
「だが、あのときの昏さとは違うようであるな。アレが絶対的な悪徳であるのであれば、これはただの……ッ!」
考察を膨らませようとしていると、何かの気配を感じてすぐさま刀に手を伸ばす。
しばらくジッと警戒をして、集中力が切れるのを待っていることに理解がいく。
つまり張り詰めた意識を切った途端、俺の生命線もブツリ……そう相手側は考えたうえで行動しているのだ。
妖怪の能力はまだ未知な部分が多いので、たしかにその可能性は高い。
普通であれば切れるであろう緊張感……並列思考さえなければ、そうだっただろう。
「何者であるか」
「バレてしまいましたか。ほとんどの妖怪では気づく間もなく輪廻へ還すことができるのですが……貴方は別のようです」
「何を言うか。某には気づかせず、お主がわざと気配を出したのだろう……その禍々しい瘴気の力を」
「瘴気とはひどい言われようです。母より受け継いだ、いわば愛の力ですよ」
空から現れたそれは、先ほどまで会っていた天狗のような姿をしている。
ただし、何から何まで漆黒に染まった……ではあるが。
闇色のナニカとは違う、また異なる昏さを抱えている……そのうえ瘴気である。
ナニカと遭遇せず言伝でしか理解していない妖怪たちでは、勘違いをしてしまう。
「某は……太郎でよいか」
「偽名だとすぐに分かりますね。では、私はアメさんとでもお呼びください」
「アメか……ではアメよ、わざと某に気配を気づかせた理由を応えてはもらえぬか? 事と次第によっては……某らは相対さねばならぬようなのでな」
「そうですね……散歩ですよ。そしてたまたま、貴方を見かけた……ただそれだけです」
嘘、ではないんだろうが……確実にそれだけが目的ではないはずだ。
スキルでもなんでもない、俺の勘は目の前の天狗が言うことを信じていない。
「そうであるか……すまぬな」
「おや、納刀しますか。もしかしたら、私が貴方に襲いかかるかもしれませんよ?」
「ならばお主と某がうつけであった、そう証明されるだけのことではないか。某はお主を勝手に信頼していた、お主は某を信用していなかった……それだけのことよ」
「…………面白いですね、貴方」
自分でも何を言っているのか正直意味不明だが、こういうときはノリとテンションで話した方がいいことを俺は知っていた。
勢い任せの言動には、いちいち嘘を混ぜる暇もないのでありのままを語る。
なればこそ、相手も俺を誤認してそのまま話を続けるだろう。
「それで、貴方がこちらへ来た理由をまだ訊いていませんでしたね……なぜですか?」
「うむ、簡単なことである。棒を倒したらこちらを指した……それが何度もあった」
「棒、ですか……なるほどなるほど、まさにこの出会いは運命的だったと。私、ワクワクしてきましたよ」
「そうであるな。アメよ、よければこの先を案内してはくれぬか? こちらにはまだ来たことがなく、ここがどういった場所なのか理解しておらなんだ」
瘴気を纏うこの天狗が居るという時点で、普通に妖怪が来るような場所ではない。
だからこそ、この天狗に頼むことに意味があるというもの。
「ええ、構いませんよ。私は貴方のことがとても気に入りました……はい、ぜひ歓迎を致しましょう」
そういった天狗は……とても綺麗な笑みを浮かべていた。
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