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偽善者と切り拓かれる世界 二十月目
偽善者と東の西京 その06
しおりを挟む修羅山
都を囲うように山々が連なっており、そこからかつて妖怪が現れて人々と戦っていた。
しかし今は、結界により危険な妖怪は外へ放出され、理性的な妖怪は中へ転移される。
「その妖怪が現れる山こそ、この修羅山……そこにはかつて使われていた界廊が存在しており、組合の所属する冒険者によって日々監視が行われている」
なぜ監視が行われているのか、それが調査依頼と関係している。
界廊を潜って通る正規ルートを使って来る妖怪が、必ず荒魂化しているらしいのだ。
俺は現在、その界廊を少し離れた場所から観察している。
門として機能している巨大な渦を、二人組の冒険者が守護していた。
「故に強き者に依頼しようとしていたわけだが……ふむ、アヤツらを殺しては怒られてしまいそうであるな」
最悪、記憶に処理を加えて通過することもできるのだが……今の縛りでは、そういったことをすることもできない。
何か別の方法を考え、実行しなければ。
灰色の脳細胞が回転し、俺なりの答えを見つけだす。
「…………気づかぬほどに素早く入ることにしようか」
脳筋感MAXなアイデアだが、誰も不幸にならない方法だろう。
身体能力を魔力と気を併用して高めると、スキルとは別で身に付けていた独特の走法で一気に駆け抜ける。
暗殺者の職業スキルにあったのだが、起動中は極限まで音を鳴らさず死角に入りやすい移動が可能となるのだ。
「──“縮地”、“推跳歩”」
そして行使する二つの武技。
──“縮地”はスキルであり、同名の武技が存在する。
武技の場合、ある程度自由性を持つが長距離の移動には向かない長さ。
スキルの場合、レベルに比例して一度に進む距離を伸ばせるが……動きを変えづらい。
今回はその距離を“推跳歩”で調整するので、可変しやすい武技版を行使した。
「──で、────でよぉ……ん?」
「おい、どうかしたのか?」
「い、いや……何か現れた気がするんだ……けどまあ、気のせいか」
「おいおい、脅しなんて止めてくれよ。こんな辺鄙な場所に来るようなヤツが、お前の探知を超えられるわけないだろう」
などと言っている様子を<八感知覚>が耳にしていたが、今は気にしている暇はない。
二つの武技に加え、今は無き暗殺者の職業スキルを再現しているのだ。
これ以上、凡人の処理能力だけで認識しているのも疲れる。
あとで甘い物を食べよう……そう考えて、渦の中へ飛び込んでいった。
◆ □ ◆ □ ◆
界廊(自由世界──妖界)
一本の道があるだけの、それ以外すべてが混沌に満ち溢れた場所だった。
上も下も右も左も、前も後ろもふとした瞬間に切り替わっていく。
相当な知覚能力を持っていなければ、永遠に迷うこと間違いなしのうねりっぷりだ。
「ここが界廊であるか……ふむ、場所そのもの以外にはあまりおかしなところは無いように思えるのだがな」
たしかなのは、道筋の先に異なる世界が広がっていることだけ。
もし道を踏み外せば、少なくとも同じ場所へ戻ることはできなくなるだろう。
「…………ん? 某が入ったことで、防衛機能でも働いたのか?」
界廊の至る所から、突如いくつも生命体の反応を感知しだす。
俺も対抗するように、二本の長刀を抜いて戦闘に備える。
「む? これまた面妖なモノたちであるな。これが妖怪……ということはなかろう」
『…………』
「何なのであろう、この奇怪な化け物は。もしや、これが荒魂化の原因であるか?」
『……怨』
複数の闇を身に纏ったナニカ。
さまざまな形を──人や動物、果ては植物や道具型をしたそれらは、皆一様にぶつぶつと呟いている。
『……呪』『……怨』『……邪』『……死』『……怒』『……憂』『……哀』『……虚』
「ふむ、悪徳の塊。それがここを通るすべての妖怪たちを荒ませているということか。ならば刀を変えるべき……ッ!」
『『『『『『『『……殺』』』』』』』』
迫り来る無数の闇。
それらを、気によってコーティングした二振りの刀で捌いていく。
「力を奪う能力まで……なるほど、余程の手練れでなければ抗うこともできぬか」
『……諦』
「諦めろ、とでも言いたいのであるか? 悪いが某は、その先へ用があるのでな。このまま通らせてもらおう──“聖線回路”」
『……聖!?』
擬似的な聖具を生みだす武技、武器を抜き替える暇が無かったので代用してみたが……思いのほか、正解だったようだ。
俺の魔力を変換して生みだされるごく少量の聖気に、闇のナニカたちは怯えを示す。
それだけでも充分、すぐに刀のうち一本を破邪刀に抜き替えて構えを取る。
『……滅!!』
「くかかっ、見逃してくれるのであれば某も貴殿らを無視しよう。だが、もし戦うのであれば……いったい、どれだけの犠牲が生まれるのであろうな?」
『…………退』
「ふむ、理性はあるのだな。安心するがよいぞ、某は追い打ちもせぬ。ただ、偽善のし甲斐が無いのである。いずれ貴殿らをどうにかしてほしい、そう願う者が居らぬ限りは放置しておいてやろう」
偽善者なのだから、予め障害を取り除いてもいいのだけれど……思うところもあって、あえて放置した。
ジリジリと俺から離れるソレらは、やがて暗い影に溶けるようにして消えていく。
『──いいか、妖怪ってのは多種多様だ。お前たちや俺のように人族を模した奴、動物を模した奴、植物を模した奴……珍しい奴だと道具や建物みたいな奴もいる』
一つ目小僧は、説明会の際このように言っていた……そして闇のナニカは同様にさまざまな姿をしていた。
ここに理由があるのかもしれない。
そんなこんなで、放置を選んだ。
「さて、気配は……無いな。では、その先へ向かうとしようか」
向かうべき場所は分かっている。
目指すは妖怪の世界である妖界、そして偽善を行う対象探しだ。
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