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偽善者と再憶のレイドイベント 十九月目

偽善者とレイドラリー中篇 その12

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 邪神の力の源である邪気。
 神気が汚染されたものであり、瘴気の元となったエネルギーでもあるこの力は、さまざまなデバフを以って他者を蝕む。

 レミルはそれを完璧に防いでいたので問題なかったが……なんだか覚醒しちゃったっぽい今のレイヴンは、空気感染の概念すらどうやら学んだようだ。


「けほっ、こほっ……」

「劇毒、永眠、錯乱、狂化……いろいろぶち込んで咳だけかよ」

「よく考えたみたいだね。だけど、私には状態異常は逆効果だよ」


 夢現シリーズが一つ{夢現反転}。
 ありとあらゆるマイナス効果をプラスへ覆し、自身の糧とする能力。

 劇毒は体を癒し、永眠は目を覚まさせ、錯乱は意志を定め、狂化は思考を巡らせる。
 俺のイメージによって反転する内容を一部変更できるので、今回はこれを俺が望んだ。

 魔導“旋律源永奏楽団”によってランダムでバフとデバフが一定時間ごとに付与され、“神風吹く果てなき死兵”の力で移動に絶大な補正が施されている現在の俺。

 エネルギーの無駄遣いによる身体強化ができないので、特攻に必要なバフ効果を受け取るために反転させたのだ。


「準備完了っと。それじゃあ行くね!」

「させるかよ!」


 制御された邪気が生みだす昏い霧。
 禍々しい触手が俺を捕縛しようと伸びてくる中、俺は軽く地面を蹴り──空を翔ける。


「なんだと!?」

「あの頃とは違うこともあるんだよ。まずは一発──“覇砕拳デストロイナックル”!」

「ぐっ、防ぎきれな……がはぁっ!」

「……ちょっと固い感触だったね。ギリギリで防御できたのかー」


 眷属もよく使うシンプルかつ強力な武技を使ったのだが、レイヴンは邪気を膜のように張って固めることで防いだようだ。

 ただ本人が言っていたように、肉へ拳を喰い込ませた感触が残っていた。
 防ぎきれなかった部分はしっかりとあり、勢いよく吹き飛んでいったわけだな。


「──“推跳歩スイチョウホ”」


 ロケットのように突っ込み、レイヴンを追いかける。
 フィールドは広いため、俺の視界に入ったレイヴンはすでに起き上がっていた。


「……違う。そうじゃない、……を……してやれば……できる!」

「何をして……危なッ!」


 何かをしようとしていたので、それを止めようとした……だが頭のどこかで鳴らされた警鐘に従って動いた瞬間──俺が少し前まで居た場所にソレが生みだされていた。


「はっ、ははっ、はははははっ! スゲェなおい、邪神様の力はよぉ!」

「名前は無いみたいだけど、これは本物みたいだね──魔物を創れるようになったんだ」

「当然だ! この俺に掛かれば、こんなことどうってことない! ──さあ、生まれろ魔物ども! アイツを殺せ!」


 邪神に与えられた能力の一つに、魔物の創造というものがある。

 邪気にそういう効果があるのではなく──邪神がその能力を持っていて、邪気がもっとも効率よく魔物に変えられるエネルギーというだけの話だ。

 そうして生みだされる魔物たち。
 動物型だけでなく人型も小から大までなんでもござれ、まさにショッピングモール状態の魔物たちがいっせいに襲いかかってくる。


「懐かしの魔法だよ──“破邪光輪パジオレオール”!」

「あれは……あのときの」

「覚えていてくれたんだ。けど、容赦はしないからね──そいやっ!」


 魔力の消費量を上げ、浄化に抵抗レジストする魔物たちを消し去っていく。

 ついでにレイヴンへ使っていたが、こちらは先ほどの膜をフィルム代わりにしているようでいっさいの変動を感じなかった。

 ……ただただ膜の中に居ることで、邪気の扱いに慣れているだけだ。


「早いとこ終わらせないと、私が負けちゃいそうだね──“光速転下マッハディスプレイス”」

「何なんだ、その魔法」

「私のオリジナルだよ!」

「まだ加速すんのかよ!」


 ただの人族では対応できない超高速での戦闘で、翻弄していく。

 しかしレイヴンもバカではない……邪気を張り巡らせてセンサー代わりにすることで俺の位置を特定しようとしてくる。

 俺の肉体はバフで補強されているが、さすがに“光速転下”までは耐えられなかったようで……動くたびにどこかが鳴りだす。

 それでも痛覚を遮断して動き、レイヴンの隙を突いてトドメを刺すことを考える。


「そろそろ終わらせるよ! 私もいつまでも逃げているのは性に合わないし!」

「はっ、結界に人を閉じ込めやがったヤツが何をほざいてやがる──いいぜ、その自信ごと俺が潰してやるよ!」


 空を翔ける俺に対応し、飛行系の魔物を生みだしたり投擲したりしてきているので、もう間もなく落とされるだろう。

 その前に大きく深呼吸し、体の中に魔力と気力を同時に循環させて練り上げていく。
 二つを反発させないように、ゆっくりと同化させて一つにする。


「いくよ、レイヴン!」

「来い、劣等者──いや、メルス!」


 邪神の力に技名などなく、これまででもっとも巨大な魔物──どす黒い瘴気を口から漏らす龍を生みだす息吹を吐きださせる。

 それを突破したうえで、いくつもの防御を破壊して倒さなければならない……ならば、その期待にお応えしよう。


「はぁあああ──“鋼魔轟拳アイアンストライク”!」


 魔力を纏うその拳は、五行論で言うところの金属性の拳だ。

 魔力を籠めれば籠めるほどその強度は跳ね上がり、神鉄にすら匹敵する硬度に至ることで息吹を正面から破壊し──龍を貫く。

 そして防御網が俺を捕らえようとする。
 だが、“神風吹く果てなき死兵”の本領はここだ──どれだけ立ちはだかる道が困難であろうと、確実に攻撃を相手に届けるのだ。

 もう一つの“旋律源永奏楽団”が今もたらしているバフは、武技の再利用。
 さながら『追奏曲カノン』を思わせる効果によって、もう一度“鋼魔轟拳”を繰り出す。


「届けぇえええええ!」

「させるかぁあああ!」


 一つ、また一つと防御網を強引に突破してレイヴンに近づいていく。
 苦しげな表情を浮かべるのは、先ほどと違いどちらも同じ。

 それでも、俺は負けられない。
 想いを籠めたその拳は──すべての防御を突破してレイヴンへ到達した。


「……ごはっ」

「私の……勝ちだね」

「──ハッ、引き分けの間違いだろう」

「…………そう、かもしれないね」


 血は流れないが、俺の生命力はほぼ枯渇している。
 魔導“神風吹く果てなき死兵”は、勇敢な戦士に命懸けの力をもたらすのだ。

 体はもう限界だ。
 レイヴンの目の前でバッタリと倒れ……ることなく、“空間転位リロケーション”でレミルの腕の中へ移動してそこで力尽きる。


「く、ははっ! 用意周到じゃねぇか! ここで倒れてたら、そのままトドメを刺したのによぉ!」


 レイヴンの言う通り、先ほどまで俺が居た場所に鋭い棘が生みだされた。
 だがそれはきっと、必要のない罠だったのかもしれない……明らかな後付だからだ。


「あはは……だからだよ。じゃあねぇ、レイヴン。私はあなたを……救えたのかな?」

「満足はしたさ。だが、救えちゃいねぇよ。こればかりは……割り切れ」

「そうだね……うん、そうしよう。ありがとう、わざわざ教えてくれて」


 礼には答えず、レイヴンの体は光となってどこかへ消えていく。
 また一つ、俺は何かを失い何かを得ることができたのかもしれない。


「……帰ろうか」

「はい」


 レミルの腕に抱かれ、なんだか柔らかい感触に心を奪われつつ……この場を立ち去るのだった。


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