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偽善者と再憶のレイドイベント 十九月目
偽善者とレイドラリー中篇 その11
しおりを挟む鳴り止まない幻聴が響く中、新たに発動された魔導“神風吹く果てなき死兵”。
これがいったい何を意味するのか……少々胸が痛いが、日本人なら分かるだろう。
「歌を蘇生用に変更してっと……よし、それじゃあ行こうか」
トントンと爪先を床に当てて音を出すと、子供のかけっこでよく行われるスタンディングスタートの姿勢から──駆け抜ける。
「パーンチ!」
「……ハッ? うぼろぁああ!」
「キーック!」
「ぐぎゃぁああ!」
俺自身は凄まじいほどの追い風を受けて加速し、レイヴンの肉体に著しい損害を与え続けている。
逆にレイヴンは向かい風によって視界を狭められ、そのうえ殴られたり蹴られたときの飛距離が伸びていた。
「調子に……乗んじゃねぇよ!」
「調子になんか……乗ってない! こっちはこっちで命賭けてんだけど!」
向かってくる大量の邪気製の武具や触手。
今は妖女なので後者は全力で回避していくが、前者に限っては──そのまま肉体を貫いていく。
「けど、効かないもんねぇ!」
「なっ──!?」
「今の私はあなたを倒す間はずっと不死の状態。同格の解除方法──魔導とか神の力でもない限り、これはずっと続いていく」
「げぶぅうう!」
武具に刺されて動きが止まった……そう見せかけ、一瞬でそれらを吹き飛ばし、足払いからの膝蹴りを叩き込んだ。
俺の体に刺さっていた武具による痕はすぐに消え、万全な状態となって再びレイヴンへ接近していく。
「なら、近接戦で!」
「この体、小さいけど身のこなしはそれなりに楽なんだよ。小回りが利くし、何より潜り込みやすい──“回し蹴り”」
「うがぁああああ!」
風の補助を受けているので、さらに速度は向上している。
避けて躱して近づくと、ピョンと跳ねてグルリと足を一回転──頭を蹴り飛ばす。
「ほらほら、このままだと一方的に嬲り殺されるんじゃないの?」
「だからぁ──調子に乗んなって言ってんだロうガぁアアあ!」
少しずつ、声帯に変化を起こすレイヴン。
違和感は高まり、それと同じようにして瘴気の禍々しさも増大していく。
「ありゃ、パワーアップ……でも、どうせならもっと早くやってくれないと意味なかったかな? 今の私には、弱点なんて一つもないからね」
「ンなわケねぇダロうが!」
瘴気の質を高めて生みだされた邪気。
神の代行者たる使徒の力によって振る舞われたそれは、これまで以上に苛烈な勢いで俺に襲いかかってくる。
だが神風の力はそれ以上だ。
紙一重で攻撃を躱し、どうしても避けきれないモノは風で吹き飛ばす。
次第に苦しげな顔を浮かべるのはレイヴンのみ……俺は何事もなく彼に近づくと、耳元に小さな声で呟く。
「降参……する?」
「すルワけねェだロウがァアアアアアア!」
「また同じ展開なのかな……いや、どうにかするか──“精神安定”」
「ぐがぁ……ああ?」
狂いかけていた精神を調整し、とりあえず正常な言語能力程度は取り戻しておいた。
暴走していると最終的にクソ面倒な形態になるので……こっちの方が楽なのだ。
「おい、いったい何をした」
「邪神の使徒の力を使えてないから、その手伝いをしただけだよ……まさか、愚者だの劣等者だの言っていた相手からのサービスが受けられないほど小さな器なの?」
「…………ハッ、言ってくれるな。だがちょうどいい、お蔭で頭がすっきりしやがった」
どうやら運営神側で組み込んだ、強制戦闘の命令も抑えられたようだな。
そこまでの期待はしていなかったが、僥倖というべきか?
「それじゃあ、二回戦を始めようか──音楽一部変更、『諧謔曲』に」
「なんだ、この虫唾が走る音は……」
「効果はランダム、何が起こるか分からない不思議な曲だよ……私たちの戦いにはちょうどいいかもね」
再び勢いよく突っ込んでいく。
そもそも“神風吹く果てなき死兵”の効果は、突撃する意思があるほどその者にサービスを施すようにしてあった。
回避成功率向上、防御力向上、装備損傷率低下などなど……直撃するまでにアクションが失敗しないようにするための特典がいっぱいである。
「レミル……失敗したら、レミルが私を蘇生してね」
「ッ……!? 無茶をしないでください!」
「そう言っていられない相手なんだから、仕方ないじゃん。それに、運がよかったら生き残れるよ……きっと」
かつての『神風』も全員が死んだわけではない……それに則った結果、ある種ランダムで命運が決まるようになった。
相手は邪神の力の一端を借り受けた信者。
それも、神の力によって強化された状態。
勝てるのだろうか──いや、勝たなければならない。
守りたい者が居るのだから……なんて、いかにもな台詞が浮かんだな。
「お待たせ……偽善者メル、推して参る」
「へっ、そうこなくちゃな──邪神教中級信徒レイヴン……テメェの魂を邪神様に捧げてやるよ」
もうこれ以上魔導は使わない。
くべていた魔力を異なる用途で用いれるようになり、さらなる成長を遂げることが期待される。
過去との決別、救えなかった相手との再戦が何をもたらすのか……その結果は誰にも分からないだろう。
ただ、後ろで俺に祈りを捧げてくれている天使の(ような)者のために──必ず勝つと誓って突き進むだけだ。
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