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偽善者と暗躍の日々 十八月目
偽善者と海中散歩 後篇
しおりを挟む光が失われていく久しく、どれだけ潜ったかをまったく理解できずにいる。
アンによると現在は3000m、漸深層を抜けた辺りらしい。
「これは……プランクトンか?」
「はい、マリンスノーと呼ばれる現象でございます。ちなみにですが、深海に植物性のプランクトンは存在できません……いったいなぜでしょうか?」
「なぜって、そりゃあ太陽光が無いからじゃないか? あっ、でもこの世界ならどうにかなるんじゃ……」
「お察しの通りです。そのため、わたしたちの知らない生態系の構築が、この深き海の底で行われているかもしれません」
魔力という概念が存在する自由な世界。
生態系の進化も多様に富み、俺を脅かすかもしれない強大な魔物が生まれている。
力に特化してソレなのだから、異なる方向へ魔力を運用していれば……生き抜くことも可能なのだろう。
「アン、マリンスノーとやらが起きているわけだが……これって餌として、魔物たちに判断されるんだよな?」
「少なくとも本来であれば、ですけれど。ただし、マリンスノーだけでは栄養を深海層中の魔物たちに充分な量を供給できていない可能性も高いでしょう。深海にある熱水噴出孔に集まっているかもしれません」
「なに、そのいかにも熱そうな場所」
「液体中に溶け出したさまざまな科学物質が出ているのです。主に貝やエビ、ワームなどが糧としております」
そしてそれを食べるモノがいて、その食べたモノを食べるモノがいて……と最後はそれが死に再び糧となる。
深海の食物連鎖はそのようにして成り立っており、上層へ被害を及ぼさない。
下に行けば行くほど、強い個体である可能性が高い海の底。
先ほども絶対に巨大であろう、という気配があったので一筋縄ではないかない……想像が付かないのだ。
「というかここ、まさか超深海層とやらまで届くのか?」
「…………いえ、違うようです。ついにわたしの発していたエコーロケーションに反応がございました。間もなく足が着きます」
「マジかぁっと」
「到着──深さ4500m、昏き海の底へようこそメルス様」
何もない、真っ暗な視界。
暗視でぼんやりと映るのは、瞳に生気が感じられない銀髪の少女。
……うん、アンを知らない人から見れば、幽霊と遭遇したと思うかもしれないな。
◆ □ ◆ □ ◆
何もないと思っていたのだが、歩いてみれば案外いろいろと存在していた深海エリア。
先ほど挙げられた貝やエビ、ワームが自分の上で泳いでいる光景はややシュールだったが……デカかったので何も言えなかった。
「あれ、どんだけ大きかったんだ? というか、よくあれで燃費良く動けているな」
「消費効率をよくするスキルが存在するのかもしれません。あとは、地下から生みだされる魔物も居る可能性が」
「けど、すぐに喰われるんだろう?」
「弱肉強食ですので」
ここで海の底に魚人や人魚の国がありました、なんて展開を若干求めていたが……どうやら無理そうだ。
そもそも太陽の光を届ける大樹なんかもないので、住む理由が無いのだから。
「おや、どうやらこちらへ接近してくる魔物が居るようですね。これまでに遭遇した魔物と比べればかなり弱いですが」
「生まれたが、自分に誕生した環境がヤバいと察して逃げてきたんじゃないか?」
「なるほど、さすがメルス様です」
「……むなしくて、全然嬉しくない」
当たっても、当たっていなくても魔物はこちらへ来てしまう。
そしてそれを普段糧とする魔物も、さらに来る可能性が……。
なんて予想を立てていれば、全力でこちらへ接近する魚人のような魔物が現れた。
「えっと……『ディープサハギン』、完全に深海版のイビルゴブリンだな。レベルはそれなりに高いけど……220か」
「レベル限界を突破していない種族からしてみれば、異常と言っても過言ではないレベルの高さですね」
「けどまあ、この深海では弱者だ。これってあれだな、そういうのがどうにか地上まで辿り着いて、魔王とか懼れられるパターン。凄くありそうな気がする」
「たしかに……」
そんなディープサハギンさんは、持っていた鋭い三つ又の槍を振り回して俺たちを殺そうとする……が、強化を念入りにした結界に阻まれて攻撃がいっさい届かない。
声は届かないのでパクパクと動く口で判断するしかないのだが、どうやら吶喊して突き破る選択を取ったようだ。
──だがまあ、時間切れ……この海における連鎖先が現れてしまった。
「今度は……『エンペラースクィッド』。まあ、大王イカだよな」
「こちらのレベルは250。ある意味最強のイカでございますね」
「というか、まだ深海層だぞ? これより下は、まだ強いってことなのか? さすがにこの軽装備と縛りで行くレベルじゃなかったかもしれないな」
イカが現れてからとっさに逃げ出そうとしたサハギンさんは、伸ばされた触手に捕まりそのまま喰われた……本当に一瞬の出来事であった。
そしてイカの狙いは俺たちへ……超深海の調査は一度諦め、ここにセーブポイントを設置することを決めた俺たちは、イカの相手を済ませようと可及的速やかに戦闘を終わらせる準備をする。
「アン、行けるか?」
「はい──戦闘モードへ移行、光子銃充填まで3・2・1……0」
「結界の設定変更完了──撃て」
「発射ー」
気の抜けた声と共に放たれたソレは、光の粒という言葉に相応しい速度でイカの魔核部分を貫いた。
最強のレベル250も、核を潰されてしまえば一気に弱体化する。
アンは神性機人……つまり神の気を操ることができるのだ。
たとえ相手が生物の枠の中で最強を誇ろうが、神という生物を超越した存在の力を振るえば一瞬で決着がついてしまう。
「この縛りは後日、また別の場所で行うことにしよう──“深海圧迫”」
そして俺が深海らしく、水圧を上げる魔法で粘るイカを押し潰したところで戦闘終了。
特殊な装置をこの場に設置し、俺たちは地上へと帰還するのだった。
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