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偽善者と暗躍の日々 十八月目

偽善者と海中散歩 中篇

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 クラゲの誘引に美を感じたり、お山の双球に至福を感じたり……まあ、普段と変わらないことをやりながら、海の中を結界を用いて下へ下へと進んでいく。


「少しずつ光が届かなくなっていくな……凄い体験だ」

「そういえばメルス様は、海の中を泳いだことがないのでしたっけ?」

「ああ、学校のプールがせいぜいだな。水着イベントで入ったのが初体験で、現実リアルじゃ一度も無い」


 あのときもまた、海の上を歩いたり結界で陣取りをしたりと……少々ファンタジーなことをしすぎたせいで違和感がな。

 普通に海で遊ぶ、ということをやっていない影響が出てしまっていた。


「不思議に思っていたが、光が来なくなるとこんなにも海の中って暗くなるのか。暗視があるとはいえ、心細くなるよ」

「ご安心を。それを支えるために、わたしは今ここにおります」

「アン……」

「メルス様……」


 なんていちゃつきながら、どんどん深く潜り続ける。
 叩きこんだ知識によれば──暗くなるのはだいたい200mくらいからで、そこからはどんどん冷えていくらしい。

 互いに念のためクーラー系のドリンクを飲み寒さへの耐性を付けてから、どんどん奥底へ沈んでいく。


「アン、深海ってそもそもなんだっけ?」

「先ほどわたしたちがいちゃつき始めた辺りから、下層すべてを深海と呼びます。中深層は1000mまで、漸深層はそこからさらに3000m。メルス様がイメージする深海とは、その倍──6000mのことを言い、それよりも下を超深海層と呼びます」

「き、規模が大きすぎてよく分からない。富士山二つ分とか想像付かないんですけど」

「我々眷属が通常のサイズで肩車をしたとしても、顔を水面に出すことができない深さということです」


 全然説明になっていないのだが、とにかく深いということはよく分かった。

 ソウとかシュリュとか、それなりにデカい眷属は居るのにそれとは……海の神秘度半端ないなぁ、おい。


「そして、現在の位置はすでに中深層。今はギリギリ光のある弱光層ですが、間もなく光が無くなる無光層となります。メルス様、中には光で誘き寄せてしまう魔物もいるため、発光は可能な限り控えてください」

「あ、ああ。だからこその暗視だな。アンの方は問題ないか?」

「わたしはメルス様さえ隣にいれば問題ありません。なおかつこの肉体は、暗視機能も搭載されておりますので」

「……今の、前半必要だったか?」


 俺の照れが抑制されない程度に、言葉を選び言ってくるアン。
 そうこうしている間に光が完全に失われてしまったが、その便利な暗視補正によって俺の眼にはしっかりとアンが映っている。

 というか、光は無くとも魔力はたっぷりの水の中にあるからな。

 それうえその気になればソナーの真似事もできるので、感覚が狂うようなことはおそらくないだろう。


「そういえば、魔物が出てこなくなったな」

「そのようですね。たしか……エリアボスは討伐されたのでしたね?」

「ああ、そうだ。竜というか、海蛇っぽい感じの魔物だったな。知性は無かったと思う。いちおう竜語で話しかけてみたけど、無視されたから」

「メルス様に怯えて逃げた、ということではありませんね。おそらくは、わたしたちの知覚範囲外に居るのでしょう。襲ってこないのは、魔力とメルス様の<畏怖嫌厭>を警戒しているから……と考えられます」


 怯えているのではなく、嫌がっている……というわけか。
 嫌われているだけならばぶっ殺しに来そうなものだが、今回の縛りはそれなりに魔力を用意してあるのでいちおう戦える。

 本能でそれを察した魔物たちは、嫌いではあるが面倒事を避けて近づいてこないということだろう。


「それか、もう一つ……単純にここら一帯に魔物が存在しないという可能性もあります。周辺警戒を行っていないため、そういった仮定もございますよ」

「……ああ、うん。この後の展開がなんとなく分かった」

「あえて言わなかった、分かっていても誰も言わずにいた状況を口にした場合はこうなる場合が多いかと」

「分かってて言ったのね」


 因果律とか運命とかそんな感じのレベルで分かる、フラグという概念の恐怖。

 ありえないはずの状況を、言霊一つで発生させる……頭の中でガンガン鳴り響く警鐘が
何よりの証拠だ。


「スキルが無くとも分かるって……アン、この状況でどうやって戦おうか? 外に出たら確実に水圧が掛かるよな」

「出た瞬間、100kgほどの圧が掛かるでしょう。まあ、わたしもメルス様も少し動きづらくなるだけでしょうが」

「その程度でどうにかなる肉体スペックはともかくとして、何も抵抗しないとなると魔力が減り続けるだけだからな……かと言って、アンを外に放り出して対処させるわけにもいかないし……」

「結界の内側から外側に、魔力のみを通すことは可能ですか?」


 その質問にはコクリと頷く。
 さすがに光子的なモノを現状で透過させろと言われると微妙だが、魔力であれば結界越しに放つことも可能であろう。


「ではさっそく──“幻ノ君ファンタズマ”」


 アンが何かを海の中へ放つと、それへ向けて強大なナニカが物凄い勢いで飛んで──泳いでだが──いくのが知覚できた。


「なに、今の……?」

「オリジナルの魔術です。本物に近い虚像を外へ飛ばしました。試作段階でしたが、もう少しすればメルス様にも提供できるレベルとなるでしょう」

「頼む、頑張ってくれ」

「お任せください。必ずや、最高の魔術を提供いたしましょう」


 まあ、使い道は分からないのだが……アンの手作り魔術というだけでも、充分手に入れる価値があるんだよな。


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