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偽善者と暗躍の日々 十八月目

偽善者と東の島国 その15

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 東都城は混沌に満ちていた。
 至る所で骸たちが暴れだし、城や兵士たちに被害を及ぼしているからだ。

 アンデッドなため、簡単には倒せず浄化の『術』でなければ止めることができない。

 しかし、一部の者はそのアンデッドたちに不可解な視線を向けていた……まるで、興味深そうな存在を眺めるような観察眼だった。

「賊は何人だ?」

「十も超えておりません。ただ、例の女に送りだした者と一致しております」

「……なるほど、裏ではやることはしっかりとやれる女子であったか。俺の目もこんな場所に居る内に濁ったようだな」

 騒動を察知し、目を覚ました公方──オダ・ノブヒラは自らの密偵の話を聞く。

 頭に過ぎるのは裏に疎そうな気真面目な少女、煮ても焼いても扱うことのできないため殺そうとしたはずが……生き残った者。

「それで、あの女子とこの騒動はどうなる」

「間もなくすべての不死者を捕らえることができます。光の術を用いれば容易く倒せるようなので、扱える者を集めております」

「女子は?」

「今、新たな使いを出しました。すぐに戻ってくるかと」

 そう言外に伝えてくる密偵に頷く公方。
 しかし安心感などいっさいない相貌で、辺りを警戒していた。

「……何を?」

「勘だな。やはり、あの女子だけでは辻褄が合わない。何か、異物が紛れ込んでいる」

「すぐに捜索を──」

「必要ない」

 サッと手を挙げて動きを止めさせると、力強く膝を叩いて座布団に座る。

「居るのだろう? もう、すでに」

「な、何を……ッ!」

「やはり居たか……」

 ノブヒラの眼前で影が揺らめく。
 警戒していたはずの密偵を出し抜き、唐突に現れたその姿を目に焼き付ける。

「──初めまして。それとも、先ほどぶりとでも伝えるべきだろうか?」

「面識があったであろうか?」

「いや、一方的なモノだ。祈念者に対するとても素晴らしい考え、聞かせてもらったよ」

「……お主のような者が居たならば、すぐに気づいたはずなのだがな」

 漆黒の装束に身を包む忍び。
 それを目の前にし、放たれる存在感に無意識ながら唾を呑み込む密偵。

「さて、貴公は何者か? アサイ家の使いというわけではないだろう」

「……何者か、難しい質問だ。私は混沌と混迷をもたらす者、そう定められた者とだけ伝えておこう。遺憾ながら、上で見ている者たちからはそう評価されているらしい」

「ほぉう、ずいぶんと面白い客だ。たしかにこの感覚、凡夫には感じぬモノである」

「そう思ってもらえて幸いだ──さて、そろそろ彼の殺意を止めてもらえぬかな?」

 くっ、と呻く密偵の足元では影が蠢き、その挙動を足元から生える黒い手が這い寄ることで静止させていた。

 現れた瞬間から殺気を放つ密偵を、忍びが強引に止めていたのだ。

「ふははっ、コイツをそんな方法で縫いとめておくとはな。もういい、この場を離れて終息を手伝ってこい」

「し、しかし!」

「……二度は言わぬぞ。止めてこい」

「ぎょ、御意……御武運を」

 密偵は解かれた影に舌打ちして、その場から存在を消す。
 残ったのは公方と忍び──対談が始まる。

  ◆   □   ◆   □   ◆


「改めて、俺はオダ・ノブヒラ。彼の第六天魔王、波旬のオダ・ノブナガの血を引く者である。魔王、と言っても先祖を除いて真の魔王となった者は一人もいないがな」

「ただの忍び、今はそう呼んでくれ」

「そうか……では忍びよ、単刀直入に訊いてやろう──お前は敵か?」

「否、否定する。私は使い。主に仕える、忠実な駒……祈念者のな」


 俺がそう言うと、再び殺気が放たれる。
 行っている者が違うのもあるか、半端ないほどにレベルの威圧だな。


「祈念者の、か……それが何を意味し、何が起きるのかは理解できているのか?」

「少なくとも、貴殿に私は殺せぬよ。さて、取引をしよう」

「取引か……それは互いに対等な相手としかやらぬものであろう。俺と貴公が、対等な関係であると?」

「貴公、そう呼んでもらえる程度の関係は築けそうだ」


 ニコリとスマイルを浮かべようと、残念ながら頭巾の一部が口元を覆っているのでそれは見てもらえないだろう。

 それでも笑顔です、と言わんばかりの表情でそう告げておく。


「東の公方よ、面白いことをあの娘に言っていたな──禁忌とやらに触れたこの俺を、どのようにして止めるのか、と……もしその方法があるのならば、貴殿は止まるのか?」

「止められると思うのか? 祈念者は何度殺しても蘇り、その猛威を振るう。俺の考えも所詮は時間稼ぎ、ただ死人を撒こうが影響などないだろう」

「そうだろうな。祈念者が生まれる地が隣の大陸に在る以上、この地を祈念者が訪れることは必然とも言える。しかし、祈念者とてそれなりに理解力はある……ただ、死して詫びることのできない愚者なだけだ」


 死んでも死んでもそれをただの現象としか受け入れられず、同じことを繰り返す……良くも悪くも単純で、明快な意志コンテニューを基に動いているだけなんだよな。


「死なぬことを除けば、ただの力を持て余す子供の癇癪でしかない。故に貴殿には、とあることを提案しよう」

「……提案だと?」

「ああ、とびっきりの提案──すべてをひっくり返す面白い物をな」

「それはとても──愉しそうだな」


 俺とノブヒラ公は、夜が明けて日が昇るまで語り合った。
 影傀儡たちは遠隔で片付け、逆に強化した個体に粘らせたりして時間を稼ぎ、この場に誰も来ないようにしたうえで。

 ──そして、ヤチヨお嬢様の安全を確保したうえで、あることに同意してもらった。


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