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偽善者と暗躍の日々 十八月目
偽善者と東の島国 その07
しおりを挟むあえて状況を振り返るのであれば──フィレルと別れたあと、少ししてからのことだ。
家々が立ち並んでできた細い道を、音を立てずに歩いていたちょうどその頃。
「──ひぃっ!」
どこからともなく、少し前に救った商人とは異なる絶体絶命の危機に出るような小さな悲鳴を耳にして、偽善者の出番かと役割を定めて現場へ急行した。
「……これは、いったい」
「誰だよ、テメェ。ここは他所者が立ち入っていい場所じゃねぇよ、見逃がしてやるからとっとと帰りな」
「た、助け──」
「黙ってろ。……ほら、何にもしてねぇよ。そこの情婦の姉ちゃんに、少しだけ夢を見させてもらうだけさ」
そこで待っていたのは、いかにも王道な女性のピンチ……というか、お嬢様の危機。
引き摺られるように俺の死角に人間サイズのナニカが倒れている時点で、もう何があったのかはお察しだろう。
男の一人が語る計画はほぼ合っている。
異なるのは少女が情婦でないこと、夢は夢でも悪夢であり見るのが少女ということだ。
「なるほど、よく分かった。では、私も遊ばせてはもらえないだろうか? 金ならいくらでも弾もう、ただ全員と遊ばせもらいたい」
「はっ? そりゃあどういうこと──」
「貴様ら全員を嬲り殺しにする。そういう遊びにつきあってもらうということだ……安心しろ、ちゃんとお代は払うさ。ただし私の金ではなく貴様らの命で、だがな」
『ギャァアア!』
男たちの見るに堪えない悲鳴が上がる。
少女もまた、さすがに流血する光景は嫌なようで目を背けていた。
しかしそれでも、すぐにハッと何かに気づいたようにこちらを見てくる気丈さはある。
「──あ、あなたはいったい……」
そして、現状に至るわけだ。
◆ □ ◆ □ ◆
脇差を振るい、その場に居る者たち全員に武技を振るっていく。
「──“活殺自在”」
暗器術の武技である“活殺自在”は、正しい場所に攻撃を加えることで生命力を減らすのではなく増やすことができる。
ただし、武技の補正がいっさいないため、暗器術だけでこれを使いこなすのは困難だ。
なので本来この武技は、暗器術そのものに補正が入る暗殺系の職業に就いている者にしか使えないと言われている……まあ、そんなの使えない奴の僻みでしかない。
「本当に驚きました。まさか、斬られたかと思えばこのように傷が癒えるとは……」
「説明しても理解してもらえるとは思っていなかった。悪いとは思うが、これしか選択が無かったと察してくれ」
「……痛みも無かったですし、この者たちの行いに比べれば……恐怖度合いを比べるとあなたの行ったことの方が怖かったですけど」
「護衛たちも癒したのだ。それで帳消しということにしてくれ」
眼で視て把握することも簡単にできるのだが、これはちゃんと技術を磨いて自力で習得した武技だ。
ミントがやってみたいとおねだりしてきたので、死に物狂いでやったんだよなぁ……。
「いずれ目を覚ますだろう。傷を癒す力は本人の底で余っていたものだ。普段からそれを引き出す武人と令嬢とでは、残っている量もまったく異なる」
「は、はぁ……」
「後処理も済んだ。そろそろ私はここから離れさせていただこう。そこの護衛たちは、間違いなく私を敵対視するだろうからな……主であるあなたのように」
お馴染みの<畏怖嫌厭>がばっちり働いていたので、普通のお嬢様だと理解できた。
まあ、すぐに意識を切り替えて丁寧な振る舞いを取ったのは凄いと思ったけど。
「も、申し訳ありません。命の恩人であることは分かっているのですが、なぜかあなたのことを信じられないと思えて……ですがあなたの行いは、私たちを救ってくれた。そう思うと自然と悪く思えないようになりました」
「……白状すれば、そういった呪いが私には施されていてな。もちろん、信じるかどうかは貴殿次第ではあるが」
「ええ、信じます。……そして、あなたにお願いがあるのです」
「話を聞こう。それからのことはその後で決めることにする」
それで構いません、とお嬢様は身の内話と願い事を告げる。
それなりにしっかりとした話だったが、話そのものに特別感じることは無い。
──偽善ができる、それだけで充分だ。
「ですので、あなたには護衛を──」
「いいだろう。ただし、一つだけ条件を付けさせてもらおう」
「……なんでしょうか?」
「私は可能な限り表に出ない。そこの護衛たちにも私のことは告げないでもらおう。それでいいのであれば、私は影として貴殿の目的が達するように助力をしよう」
要するに、目立ちたくないからやりたいようにやらせてもらうということ。
絶対に出ないというのはほぼ不可能だが、それでも護衛たちに知られても知らぬふりをしてもらう方が助かるし。
「本当にそれでよろしいのですか? 先に護衛の者と顔合わせをした方が……」
「何事もなく問題が終わる。また、彼らだけでそれに対処できるのであればそれが良かろう。それに、武人にも同様の呪いが反応すれば殺されかねん。できる限り、そういったことは避けておきたい」
「分かりました。ですが、私が呼んだ際は現れてくださいね……って、まだ挨拶がまだでしたね」
そう言うと、掌を前で重ねてペコリとお辞儀をする。
「改めて──私は『アサダ・ヤチヨ』」
「私はノゾム、苗字は無い」
「よろしくお願いします、ノゾム」
「ああ、こちらこそ」
そんなこんなで、影の護衛といういかにも燃えるプレイを始める俺であった。
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