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偽善者と還る理 十七月目
偽善者と死者の都 その02
しおりを挟む案内されたそこは、とてもアンデッドたちの長が居るとは思えない場所だった。
そこは田舎にひっそりと建てられた、小さな箱……あるいは教会とも呼べるような建物に思える。
「あの……どうして教会なのかな?」
「偉大なる『還魂』様は、我らの迷える魂をお導きになろうとしております。故に我らが『還魂』様のために御殿を造りたいと申した際……こちらを御所望になったのです」
「ふむふむ、そういうことなんだ」
「はい。初めはそういったものを必要とせずにいたのですが、救われている我らからすると大変申し訳なく……」
御殿といっても、大工の技術が無いのでそれも錬金術によるものだったのだろう。
まあ、これまでの話を聞く限り、『還魂』はとても心が広いようなので……うん、本当にどんなヤツなんだ?
教会(モドキ)に入ると、そこにはたしかな神聖さが感じられた。
まあ、リュシルの集めた情報によれば、すべての『超越種』は本来、神々によって特殊な役割を与えられた存在なんだよな。
そう思えば、その気配も納得だ。
どの神が、という細かい部分は俺には分からない……だって、俺に神が個別で力を与えたことなんて大神しかないんだもん。
「では、ここから先はあなただけがお進みください。偉大なる『還魂』様は、あなたをお待ちになっています」
「あなたたちが伝えたの? それとも、この街すべてに知覚網があるの?」
「さて、それはどうでしょうか」
教えてもらえなかったが、『還魂』自身が教えてくれるだろう。
扉の先に居る気配は、決して縛りプレイで遊んでいる俺では敵わない圧倒的な力の差を感じさせた。
「ふふっ、だけど今の私はメルだもんね」
最悪、死ぬことはないだろう。
死ぬような思いはするだろうが、それでも眷属との別離だけは絶対に起きない。
だからこそ俺は、俺ではなく私として会うことを選んだ。
「それじゃあ、行ってきまーす!」
「……ええ、お気をつけて」
どうして気を付ける必要が? などと、今さら問う必要もない。
ゴクリと生唾を呑み込んで、両開きのドアに手を当て──それを開いた。
◆ □ ◆ □ ◆
そこに居たのは少女だった。
祭壇の上に立ち、ただ献身的に祈るその姿は──魔物ではなく、聖女のように思える。
ただし格好はそうではなく、黒いヴェールや黒無垢のようなドレスを纏っているさまを見ると、儚い未亡人のようにも感じられた。
ヴェールによってその多くの情報は分からないが、ヴェールの下から映るその髪色は、黒であり白であり灰色であり……神聖な力も相まってとても輝いている。
「あら、そこにいるのは……」
鈴のように響く美しい声が、俺の耳へするりと入ってきた。
不死者であり『還魂』の名を抱く少女は、ヴェールに覆われた顔をこちらに向ける。
「あなたが……『還魂』?」
「はい。そうです、私が『還魂』のアイドロプラズム──気安くアイちゃんとでもお呼びください」
「なら、私はメルちゃんでいいよ。よろしくね、アイちゃん」
そう伝えると、なんだかパアッと表情が明るくなった……気がした。
ヴェールで隠されているんだから、分からないはずなんだけどな。
「まあ、本当に私をアイちゃんと呼んでくれる方がいたなんて……これは奇跡ですね」
「奇跡じゃなくて現実だよ。アイちゃんがそう呼んでほしいなら、何度でも友愛を籠めてそう呼ぶよ──アイちゃん」
「ふふっ、ありがとうございます。では、短い間でしょうがよろしくお願いしますね──メルちゃん」
ヴェールが完全に口まで隠しているので分からないんだが、それでもヴェールが揺れたのでおそらく笑っている。
俺が変身魔法を使ったうえでこの場に居ることは、理解しているはずなんだがな。
「えっと、まず最初に訊いておきたいんだけど……私の状態は分かっているかな?」
「はい。魔力で肉体を変質しておられるようですね。望まないのであれば、こちらの方で解呪して差し上げますが……いかがなされますか?」
「それには及ばないよ。私はこれを自分で唱えたわけだからね」
「えっと……そういうご趣味が?」
うん、困惑させてしまったか。
そりゃあそうだよな、まるで俺自身がそうあることを望んでいるみたいだよな。
「そうじゃない、そうじゃないんだよ。えっと、これにはいろいろと複雑な事情があってね……一つひとつ説明していくと、あんまり時間が足りないんだよ」
「そうでしたか……残念です」
「けど、また来るから。そしたらそのとき、全部話すことにするよ」
「それでしたら、その時間をぜひお待ちしております」
うんうん、要領が悪い俺が話すと、一か百がぐらいでしか説明できないからな。
今回の邂逅で話せるのはこれぐらいか、間もなく夜が訪れる……アンデッドたちは、これからが活動時間だろうけど。
「そうだ、一つだけ訊いてイイかな?」
「はい、内容によりますけれど」
「えっと、アイちゃんはどうしてそんなに可愛いのかな? 私、てっきりアイちゃんは他の『不屍者』みたいな感じだと思ってたよ」
「ふふっ、それはですね……そうあれと、望まれたからですよ」
要するに、需要があるからだ。
そりゃそうだ、おじいさんに弔われるよりも美少女に弔われたいよな。
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