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偽善者と還る理 十七月目
偽善者と雲のソファー
しおりを挟む天の箱庭
メンバーが女性だけで構成された特殊なギルド──『月の乙女』。
彼女たちは新たな力を得るため、しばらくの間ヴァナキシュ帝国に滞在していた。
運営神と結びついている地は、祈念者が活動しやすいように環境が整えられている。
そうして居心地を良くした方が、祈念者たちがその地に滞在する──そしてそれを観察し、干渉することができるからな。
しかし、つい先日ギルドのメンバーであるクラーレが特訓を求めたように、すでに彼女たちは帝国で行える成長方法をある程度済ませてしまっていた。
レベルの上限を解放し、新たなスキルを習得した少女たち……より強大な力を手に入れた『月の乙女』は今──
「……結局、私が作るんだね」
向上したレベル、そして身体能力を生かしてお菓子を食らっていた。
俺は同じく料理スキルの技術を向上させた生産班の新人たちと共に、初期メンバーにして戦闘班の者たちが満足がいくまで甘味を生みだし続ける。
「さすがメルです! このケーキ、ふわふわでもちもちで美味しいです!」
「そうね。売り物にしたら、きっと凄いことになりそうよ。レシピを売るだけでも、一躍時の人ね」
「いや、売らないからね。ますたーたちとは別に食べてくれている人はいるけど、それでも作る数は減らしたいからね──はい、お代わりのパンケーキだよ」
「うむ、さすがはメルだ。このシロップ、どのようにして作っているのだ?」
「う~~ん、美味しいは正義だね」
「シロップは聖霊に頼んで作ってもらっているんだよ。美味しいのは<正義>だけど、これぐらいで満足しないでほしいな」
下拵えは生産班がやってくれるので、俺は仕上げの部分だけやっている……この世界だとそれだけでも、生産神の加護が機能して高品質に昇華されるのだ。
「本当、この世界でも現実でもメルの料理が一番美味いわ……それにこっちだと、どれだけ食べてもあっちで太らない」
「食べ放題だね~」
「──いや、太るからね。この世界だと運動が激しいからそう思えないだけで、何もしていない人は太るんだよ」
ピシッと凍り付く少女たち。
いや、分かっていただろうに……少し前に『ユニーク』でそういう話をしていたぞ。
「戦ったり、生産をしたりで魔力を使っているから大丈夫だと思うけど、あんまり食べすぎて消化できないほどカロリーを溜めこんだらどうしようもないよ。特に私の料理は、カロリーを気にしないで作っているし」
「メ、メル! な、なんて恐ろしいものをこれまでわたしたちに……」
「なんのことかな? 嫌なら食べなくていいし、代わりに全部私が食べればいいんだよ」
「くっ、なんて非道なことを……」
まあ、普段から作っている料理は錬金術によってゼロカロリーにしているし……考えていないだけで、工夫はしているつもりだ。
それに、この世界ならば適当に魔力を使用するだけでエネルギーなど消費される。
──それでも太る奴は、そういう病気か生活を好んでいるだけだ。
「さて、追加のバニラアイスケーキが完成したけど……食べる人は?」
『はいっ!』
「──全員だね。はいはい、今均等に六等分するからね……そろそろみんなも休憩しようか、そろそろ胃袋が限界だろうし、私一人でもどうにかなりそうだから」
『分かりました!』
生産班を休ませ、単独で料理を行う。
これまでは控えていた少々人外染みた動きで手早く加工を済ませ、仕上げたデザートを運んでいく。
「これで最後になるよ。食べ終わったら、自分たちで皿は洗ってね」
『はーい』
「それじゃあ、私はちょっと外の空気を吸ってくるよ」
キャピキャピした甘い空気から逃れるように、ギルドハウスの外へ出た。
そこには小さな草原、そして青い空が視界いっぱいに広がっている。
「ちっぽけだねー」
浮島を少女たちのために作った俺だが、それでも世界はまだまだ広い。
もっと巨大な浮遊大陸なんてものがあるらしいし、空の色が異なる場所だって在る……この世界には、まだまだ未知が溢れている。
「──どうしたんですか?」
「あっ、ますたー」
「じゃんけんでお皿洗いをする人が決まりました。わたしは勝ちましたので、こうしてメルを追いかけてきました」
「そうなんだ……そうだ、座る?」
はい、と答えたクラーレのために、椅子を用意する──雷雲生成スキルをかつてプールで行ったように、雲のソファーにしてみた。
「じゃじゃーん、雲のソファーだよ」
「うわぁ! す、座っていいですか?」
「もちろんだよ。ささっ、座って座って」
元が雷雲なので、その気になればマッサージ椅子ならぬマッサージソファーにすることもできるのだが……若いクラーレにそういうことをするのはさすがにマナー違反ということで、普通の白い雲にしてある。
そんなソファーに二人で座ると、空を眺めながら語り合う。
思えばいろいろとあったわけで……クラーレは、無様だった俺を救ってくれたっけ。
「そういえばますたーは、どうしてノゾムを救おうとしたの?」
「困っている人がいたら、助けるのが当たり前じゃないですか」
「……それを当たり前だって言えることは、本当に凄いことなんだよ」
「メルは偽善者ですしね。でも、いいと思いますよ、偽善者も。わたしはそんな素敵な偽善者さんに、友達を助けてもらいました」
ニコリと笑顔でそう言ってくれる。
クラーレは俺がその言葉に、どれだけ心を打たれたのか分かっているのだろうか……これからも、彼女がそう思ってくれるように、サポートを続けていこう、そう決意した。
「ますたー、これからもよろしくね」
「はい、頑張っていきましょう!」
不思議と、『何を』とは訊く気にはならなかった……妖艶とかそういう意味ではなく、可愛らしくペロリと舌を出すクラーレの真意がなんとなく分かってしまったから。
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