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偽善者と還る理 十七月目

偽善者と貫くこと

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 天の箱庭

 初志貫徹、とは難しいものだ。
 人間は変わり変われる生き物であり、他者との関わり合いはそれを自然に促す。
 人の数だけ出会いがあり、その分の変化があるだろう。

 そしてそれは、時に信念を歪めてしまう。
 物語でいうところの──『闇堕ち』といった概念はこういうところに通じている。
 そこまで深くなかろうと、人としての在り方なんて変貌しやすいものだ。

 通常、そんな変化は二十歳までに起きることが多いんだとか。
 多感的な年頃というのもあるが、周囲の情報で成長していく時期だから、というのも理由なのかもしれない。

 だがそれ以上の年齢になろうと、徹底的にこれまでの環境と異なった場所で生活をしていくと、強制的にそういった考え方や在り方に変化が起きていくんだとか。


 えっ、何が言いたかだって?
 要するに、そんな環境としてこのAFOという世界は最適だということだ。


「──よいしょっと」

「……全然当たりません」

「ますたーに仕えている私が、ますたーより弱いんじゃ仕えている意味が無いよ」

「そんなことありません。メルには……美味しいデザートを作るという、崇高な使命がありますよ」


 あまり嬉しくない崇高な使命とやらだ。
 偽善者ではなくパティシエを目指しているのであれば、知らない甘味が無数に存在するこの世界は宝の山だと思うんだろうが……俺は別に、ただ偽善をしたいだけだからな。


「あんまりやる気にならない?」

「強くはなりたいんですけど……相手がメルだからか、本調子になれません」

「むぅ、なかなかひどいことを言われた気がするんだけど……そうだね、なら頑張ったらご褒美に高級アイスを」

「──“気絶打ショックスイング”!」


 唐突にやる気……いや、殺る気になったクラーレの棒の軌跡を、思考加速スキルを用いて躱していく。
 武技を補正付きで使ってしまったので、動きがとても単調だ。


「ますたー……」

「ハッ! ち、違うんです!」

「何が違うのかな?」


 ポコリッ、と俺も棒を持って軽くクラーレの頭を叩く。
 音はそれなりに軽快なのだが──


「──~~~~~~~~ッ!?」

「“剛気功”に加えて、“貫魔功”も籠めているからね。痛みに抵抗はできないよ……もちろん、固有の回復を使っちゃダメだよ」

「……ひどいです」

「もう、強くなりたいんでしょ? だからこうして、二人っきりで修業しているのに」


 さて、今さら状況の説明だ。
 現在頭を抱えて痛みに苦しむクラーレが、突然俺を強制召喚した。
 そしてこう言う──『強くなりたい』と。

 俺はそれに応え、時空間の速度を彼女に影響が出ない程度に遅めて修業を始めた。
 精神と日寺の部屋並みに修業ができる、そしてやるべきこともたくさんある。

 ならば俺は主が望むままに、自分が教えられることを可能な限り伝授するだけだ。


「けど、私でいいの?」

「うー……何がですか?」

「私より教えるのが上手い人は、たくさんいるんだよ? そういう人たちに教わる方が、ますたーのためになると思うよ」

「そ、それは……そうです! わたしは、メルの何でも使える戦い方をやりたいのです」


 まあ、それなら一番教えるのが上手いのは俺だろうな。
 眷属はだいたい一点特化だし、武術特化ぐらいにジャンルが広い奴もいるにはいるが、それでも魔法を用いる方法ができていない。


「何でも、か……」

「はい、何でもです!」

「ふーん、なら搦め手も全部だよね?」

「……へっ?」


 ニンマリと微笑む俺。
 妖女姿でのスマイルがどう映ったのか分からないが、なんだかクラーレの表情が少し引き攣った気がする。


「た、戦い方ですよ!」

「ますたー、戦いとは武器を交えなくても戦いなんだよ? 弁論が言葉の戦いであるように、あらゆることが戦いに通じているの」

「むぅ、むむむむむ……」


 妙に可愛らしい唸り声をあげ、俺の詭弁に悩み始めるクラーレ……俺もメルを続けるなら、いずれアレをやるのだろうか?


「け、けど、何をするんですか?」

「ますたーが交渉を上手くできるとは最初から思ってないし……」

「うぐっ」

「私と同じで少し不器用だし……って、どうしたのますたー、大丈夫?」


 不器用、といってもいい意味でと追加で伝えようと思ったら、すでにクラーレのライフはゼロになっていたようだ。
 ガックリと落ち込む様子に、少々やりすぎたかと思ってしまう。


「ますたーにやってほしいのは、料理だよ」

「料理ですか?」

「ますたーが料理をマスターしてくれたら、私はデザート係から解放されるからね。張り切って料理をマスターしてね」

「……どうして、料理なんですか?」


 今、そのほとんどの理由を開示した気がするんだが……まあ、それっぽい理由もちゃんと用意してあるからいいけどさ。


「ますたーは回復職だからね。魔力が尽きた時でも回復ができるように、料理が作れ
るようにするべきなんだよ」

「……調合や錬金術ではなくて?」

「ポーションや薬よりも、料理の方が効率が良い場合が多いんだよ。何より、戦闘するする人ならバフ効果が多い方がいいでしょ?」

「むぅ、むむむむ……」


 うん、なんだか押し切れそうだ。
 戦闘訓練の次は、お料理教室だな。


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