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偽善者と還る理 十七月目

偽善者と星の銀貨 その02

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 困っている者に救いの手を差し伸べる少女ではあるが、この話の救えない点は──ただの一人として、少女の善行に感謝の意を伝えていないことにある。

 たとえそれがどういった経緯で行われたことであろうと、その振る舞いによって生理的欲求が満たされたのは事実。
 しかし人々がそれを当然のこととして認識し、貰うだけにしていたことだろう。

 故に神は少女に贈り物を届けた。
 同朋に優しくできない、より辛さを与えるだけの人族ではなく……感情云々を無視して客観的事実から少女の貢献が、その行為に値すると評価できた──神族が。

  ◆   □   ◆   □   ◆

 曰く、少女は神託に従っているらしい。
 見聞を広め、さまざまな経験を積んで十年と数年、ようやくその内容を実行できる歳になったため、動きだしたんだとか。


「神は私に言った、その身をすべて捧げるべしと……だから、私は誰かを救う……困っている人に、手を差し伸べて……」

「そうでしたか。ちなみにですが、そのようなお考えを持つ神はどういったご存在なのでしょうか?」

「──献身の神『ディーサ』……」

「そうでしたか、異国の者でして寡聞に存じ上げなかったのですが……これからはその名前をしっかりと憶えておきましょう」


 てっきりここで、クソ女神の名前が出てくると思ったのだが……さすがに直接的な干渉はしていないようだ。
 主人公である少女に託宣したのがクソ女神なのであれば、問題もすぐに解決したが……これでは無理そうである。


「しかし、貴女はそれでよろしいので? すべてを捧げるというのであれば、それは見に纏う物だけではなく、これまでの人生で会得してきたものすべて、ということになってしまうはずですが……」

「構わない……それが、神のご意思……」

「……そうですか」


 今の彼女に俺の声は届かない。
 確立した世界があり、少女は神をその中で最上位に設定しているからだ。
 いっさいそこに入り込めていない俺の意見など、聞く必要すら皆無なわけで。


「──あっ……」

「どうされましたか……おや」

「行ってくる……」


 少女が見つけ、向かった先。
 そこには貧しい恰好をした男が一人、行き倒れていた。
 彼女はその男に回復魔法を施すと、それこそ献身的に体調を調べ始める。

「大丈夫……?」

「ね、ねぇ、君。何か食べるものを持っていないかな?」

「パンがある……」

「ならば、それをおくれ。お腹が空いて堪らないよ」

 厚かましいことこのうえない願い。
 報酬や対価を伝えることもなく、ただ少女から品だけを頂こうとするその精神。
 俺だったなら、パンに何か盛ったうえで提供すると思うが……彼女は違う。


「──はい……」


 先ほど俺が渡したパンを服のポケットから取りだすと、スッと男に提供する。
 それを一瞥した男は、引っ手繰るようにそれを奪い口に含む。


「水もあるね」

「はい……」


 生活魔法らしき魔力の流れがすると、少女の掌にふわふわと水の球が浮かんでいた。
 それを男の方へ向けゆっくりと飛ばすと、がっつく犬のように水を飲み干す。


「冷たすぎる。次は気を付けるんだね」

「はい……」

「まったく、これだから──もがぁっ!」

「なに、してるの……?」


 少女が訝しんでいるのは俺の奇行──男の口内へパンを押し込んだ件についてだ。
 強引に捻じ込まれてたせいで息が詰まったのか、真っ青な表情で虚空に手を伸ばす。


「なに、してるの……?」

「いえ、二度質問せずとも分かりますよ。ただ少し、パンの量が足りていないと思いましてね……この年頃の男性は、もう少し食べなければ満たされません」

「そう、なんだ……ありがとう……?」

「いえいえ、貴女のお手伝いができたのであれば幸いですよ。ほら、とても嬉しそうに舞いまで踊ってくれています」


 フィニッシュ、と言わんばかりに手をピシリと伸ばして頭から地面に倒れ伏す。
 再び回復魔法を行使する少女、しかし男の顔はどこか満足げだ。

 ……そりゃそうだ、思うところがあって最近作った──加護の恩恵全開なパンだし。


「彼の願いは果たされました。この表情、これ以上欲しいものもないでしょう」

「どうかな……?」

「人間は三つの欲求を本能的に求めます。彼はその一つである食欲を満たしたうえで、次に睡眠欲を満たそうとしているでしょう。そのまま静かにしてあげることこそが、彼のためでもありますよ」

「……分かった……」


 まあ、何かを要求しようにも口はすでに塞いであるし、寝ているから何も言えない。
 与えることで少女は何かを得ようとしている……だからこそ、その選択を修正する。


「お邪魔でしたか? こうして勝手なことをして、やりたいことを拒む私は」

「けど、それがあなたの望み……なら、私はその『機会』を与えたい」

「……なるほど、理由を教えていただき感謝します。ええ、私は貴女を見届けたい。神の御心のままにした先に、何があるのか……それを見せてください」

「分かった、やってみる……」


 コクリと頷く少女。
 言ったことに嘘はないし、別に真実を隠しているわけでもない。
 本心のままに、彼女の先が気になった──俺もいちおう、神がやらせたいことがあると言われてしまった身だからな。


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