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偽善者なしの捜索劇 十六月目
偽善者なしの赫炎の塔 その15
しおりを挟む白虎の間
『死ねぇえぇ!』
唯一の例外、課題を定めた四獣──白虎。
荒れ狂う暴風、突き刺さる無数の金属、彼の者は全力を以って侵入者と相対している。
「なぜ、私たちは戦っているのだ……」
「…………どうやら他の皆さんは、鍵を無事に手に入れられたようですね。私たち以外は戦闘以外の試練を課せられたようです」
「本当になんでなのだ!」
『なあ、早くかかってこいよ! テメェらが欲しい鍵は、俺を満足させてねぇと一生手に入らねぇぞ!』
ということです、とリュシルはニコリと笑みを浮かべてシュカの方を向く。
真っ白な虎は血走った目で狂い咆え、周囲の風と金属を操り彼女たちを殺そうとする。
「白虎は金属を操るのですが、今の四行においては風属性を担当しています。そのため、どちらも使えるようになっていますね」
「くっ、どちらもやりづらい」
長弓での攻撃を得意とするシュカに、遠距離からの攻撃を阻害する風属性と防御力の高い金属は厄介だった。
実際、強化した矢を射っても一度として白虎の体に届いていない。
「では、私がやりましょう──“錬成”」
地面を触媒にリュシルはある術を使う。
それは(錬成術)、錬金術の上位に位置する物質改変術であり、叡智あるものに相応の繁栄を約束する遺失技術。
そして、出現する無数の傀児たち。
錬金術が科学を突き詰め、魔法のような技術に至る術なのであれば──錬成術はその技術を以って夢を現実として成立させるのだ。
鍛え上げ、高めるのが本来の意の錬成。
それをより高度な技術として可能とし、不老不死すらも可能にした術──それが錬成術なのだ。
「こ、これは……」
「錬成術ですよ。魔法の実験をしていたら、いつの間にか習得していました。そんな経緯はともかく、かなり便利ですので」
『チッ、人形じゃ血が出ねぇだろうが!』
「いいえ、出ますよ──ベットリとね」
勢いよく鋭い鉤爪を振るう白虎。
切り裂かれた傀児は本来、土塊に還るだけだった──しかし現実は異なり、中から黒い液体がぶちまけられた。
『クサァッ! おい、テメェ! いったいこれはなんだよ!』
「何って……ガソリンですけど?」
『ガソ、リン?』
「こういうことです──“着火”」
何気ない生活魔法。
ただし、彼女の膨大な魔力を以ってその耐久度が強化されているため、暴風と金属の盾が有ろうとすべてを熔かして進んでいく。
そして、小さな火種は白虎──いや、ガソリン塗れの黒い虎の下に辿り着いた。
火花が散り、白虎にとって取るに足らない脆弱な炎が生まれる。
しかしそれは、自身の魔法抵抗力によって一瞬で消える……はずだった。
『ガ、グガァアアアアァアアアア!』
「も、燃えますねぇ……」
「予想外なのか!?」
「わ、私も知識に及んだことを実践してみようと思っただけで……こ、こんなに燃えるだなんて思ってなかったんですよ!」
リュシルが生みだした傀児の中には、ガソリンだけでなく三フッ化塩素という成分がカプセルに閉じ込めた形で混ぜられていた。
一度燃えたモノすら燃やし、そうでないモノであろうと燃やす凶悪な物質が故に、その存在を危険視された──軍事兵器でもある。
地球においてこれは、製造コストの高さや取り扱いの難しさなどの要因もあって使われずにいるが──錬成術によって一瞬で、それも容易に扱えるのであれば話は別だった。
「と、というかこれは消えるのか?」
「…………あはははっ」
「おいっ!」
「だ、大丈夫ですよ。こういうときの魔法はちゃんと用意してます──“鎮火”」
科学の力もその上位法則である魔法には敵わず、燃え盛る業火は強制的に奪われる。
真っ黒に汚れていた虎は、その皮膚を焦がし今はその色が染み付いていた。
「これでよし」
『これでよし、じゃねぇよ……ぶっ殺す!』
「えっと、満足しましたよね? あなた、ずいぶんとボロボロですし、戦闘行為は充分に行ったつもりですけど」
『こんなもんは闘いなんて言わねぇよ! ふざけんな、どうやっても許せねぇ……テメェらを八つ裂きにして腸を抉りだして、食い散らかして地面に埋めてやるよ!』
怒り狂う白虎。
試練など関係ない、自分に楯突いた愚か者に裁きを降すのだ……そう信じていた。
「近接戦闘がお好みでしたか? 仕方ありません、少し待ってください」
「……それは?」
「これまでに造った傀児を登録した、名付けて『真理の傀児書』です。ここから白虎が満足できそうな傀児を召喚します」
「おおっ、それは頼もしい……ただ、危険ではないのか?」
何度も(彼女にとって)死線を潜り抜け、気安い口調で会話できるようになった二人。
バッサリとリュシルの自信ありげな声を断ち切り、不信感を醸し出す。
「勝つか負けるかと訊かれれば、それは間違いなく勝利です。しかし、あの白虎が無事かどうかという質問には……答えられません」
「なんだかもう、その解答だけで先の未来が見えてきた気がするよ」
「まあまあ、シュカさん。そう思えるようになっただけ、マシだと思ってください」
そう言って、パラパラと紙を捲り求める召喚陣があるページを探す。
白虎が相対する存在──それは、彼女が手塩にかけた傀児たちの一体。
「さて、満足させてあげましょう」
「不安だ、物凄く不安だ……」
そして、その予感は的中するのだった。
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