1,106 / 2,518
偽善者なしの捜索劇 十六月目
偽善者なしの赫炎の塔 その01
しおりを挟む赤色の世界。
とある少年が広めたその世界の識別名は、海までもが炎を宿すことが所以であった。
空は海の色を映し赤く照っており、地上に生える木々もまた葉に火を燈している。
「ここが……『赫炎の塔』……」
そんな世界に、螺旋状に捻じれた巨大な塔が存在していた。
大陸ではない、海の中から入ることができる特殊な結界の中にである。
その者はこの日のために用意した魔道具を使い、彼の地にやって来た。
ある悲願を叶えるため、すべてを投げ打ってでもこの塔に住まう者に会うために。
「凄い、海の中だなんて思えない……」
塔を囲むその空間には、海の中なのに空気が確保されていた。
それだけではない、地上の動植物が無数に生息しているうえ、燃えるような空が投影されているのだ。
「これが『賢者』の力……間違いない」
塔の主は『賢者』と呼ばれる者。
その知識はこの世界に住まう誰よりも豊富だとされており、『賢者』が知らないことは世界中の誰も知らないとされている。
この空間もまた、『賢者』が知識とそれを基に手に入れた力を用いて創られた場所。
小さな世界を創造し、生命を生みだす術を彼の者は見つけだしていた。
「きっと、ここにいるはず。待ってて、すぐに逢いに行くから」
ゴクリと息を呑み、前に進む。
扉の無い塔の入り口、その者は塔の中から漏れ出る空気を感じて足を止めた。
「──『リュナ』」
僅かに足りなかった勇気を、友人の名で自らを鼓舞して手に入れる。
再び会う光景を夢見て、その者は塔の中へと入っていく。
塔の中は吹き抜けであった。
外観通り階段もまた螺旋状、階層を示すように時折地面と水平な場所が存在する。
同様に、扉がいくつも設置されていた。
すべてが同じデザインのもので、どのような目的の場所かは開けなければ判らない。
「こ、このどこかにリュナが……」
その者は扉の多さに意識が遠退きかけたものの、逢いたい者を思い返しすぐに捜索を開始する。
叫び回ることは許されない、その者が集めた情報の中にはそれが厳重に書かれていた。
『──賢者を追いし者、彼の者を怒らせること無かれ。眠りを妨げし者には、永劫の苦しみがもたらされるだろう』
また、『賢者』はとても気難しく声にも敏感だとその情報元には記されている。
そのため、なるべく騒ぎ立てずに行動することが求められた。
「仕方ない、一つ一つ探っていくか」
危険なのは百も承知、その者はまずもっとも近くに在った扉に手を伸ばす。
ドアノブを握り、ゆっくりと後ろに引く。
「…………これは、草なのか?」
開いた先──そこに広がるのは草原。。
しかしその者は、それが草原なのかどうかが理解できずにいる。
「燃えていない……どういうことだ?」
赤色の世界にとって、自然に生えている植物は必ず火を燈しているもの。
そこに住まう人々にとって、それが普通であり当然の事象なのだ。
しかし、広がる草原に生えた植物は一つとして火を燈していない。
まるで別世界のように、異なる理が働いているかのように緑の草々が生えていた。
「! 魔物がいるのか!」
その者は目の前の光景に驚いていた意識をすぐに切り替え、自身の警戒網に引っかかった魔物が居る方向へ武器を構える。
ガサガサと草をかき分け、ソレはその者の前に姿を現す。
「ッ……! また知っているものと違う」
それはとある世界において、魔子鬼と呼ばれる魔物だ。
だが、そのことをその者は知らない。
その者が知るゴブリンという魔物は、緑色ではなく赤色の皮膚だからだ。
『『『『GUGYAAA!』』』』
「魔物であることは変わらない。ならば、倒すしかない」
その者は所持していた武具──大弓と矢を握り締め、ゴブリンとの戦闘を始める。
耳を澄まし鼻を鳴らし、相手の気配をより深く読み取って弓を構えた。
「──シッ!」
一呼吸おいて射られた矢は、ゴブリンの脳天に命中して命を奪う。
放った直後に二の矢を構え、その後方を走るゴブリンの心臓を貫く。
残った二匹は突然動かなくなった同胞を無視し、獲物であるその者を狙う。
分かっていたのか、その者はヒラリと跳躍してゴブリンから距離を取る。
獲物を見失ったゴブリンたちは、その場に立ち止まり辺りを見渡してしまう。
その隙を突くように上空で番えた矢をそのまま放ち──ゴブリンたちは全滅する。
「強さは変わらない。連携しているわけでもないし、野生のゴブリン? でも、どうしてこんな場所で?」
その者は解答を──『賢者』の研究なのだろう、ということで切り上げる。
分からないことは知ろうとすることが大切だが、そればかり気にしていても仕方ない。
自分の定めた目的を果たすため、ゴブリンに関する情報が必要だとは思わなかった。
「ここには……いない。別の扉を探そう」
辺りを調べ、自分の探し人に関する情報が無いことを理解すると、その者は入ってきた扉から出ていく。
出た場所は変わらず、視界には塔のある世界に入ってきた時に見つけていた動植物。
そのことにまずホッと一息を吐いてから、その者は別の扉に近づく。
「……行こう」
扉を開いて中へと入る。
その者の頭部では、長いウサギの耳が揺れていた。
0
お気に入りに追加
510
あなたにおすすめの小説
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
DPO~拳士は不遇職だけど武術の心得があれば問題ないよね?
破滅
ファンタジー
2180年1月14日DPOドリームポッシビリティーオンラインという完全没入型VRMMORPGが発売された。
そのゲームは五感を完全に再現し広大なフィールドと高度なグラフィック現実としか思えないほどリアルを追求したゲームであった。
無限に存在する職業やスキルそれはキャラクター1人1人が自分に合ったものを選んで始めることができる
そんな中、神崎翔は不遇職と言われる拳士を選んでDPOを始めた…
表紙のイラストを書いてくれたそらはさんと
イラストのurlになります
作品へのリンク(https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=43088028)
虚弱生産士は今日も死ぬ ―小さな望みは世界を救いました―
山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。
Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。
最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!?
ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。
はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切)
1話約1000文字です
01章――バトル無し・下準備回
02章――冒険の始まり・死に続ける
03章――『超越者』・騎士の国へ
04章――森の守護獣・イベント参加
05章――ダンジョン・未知との遭遇
06章──仙人の街・帝国の進撃
07章──強さを求めて・錬金の王
08章──魔族の侵略・魔王との邂逅
09章──匠天の証明・眠る機械龍
10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女
11章──アンヤク・封じられし人形
12章──獣人の都・蔓延る闘争
13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者
14章──天の集い・北の果て
15章──刀の王様・眠れる妖精
16章──腕輪祭り・悪鬼騒動
17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕
18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王
19章──剋服の試練・ギルド問題
20章──五州騒動・迷宮イベント
21章──VS戦乙女・就職活動
22章──休日開放・家族冒険
23章──千■万■・■■の主(予定)
タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。
モノ作りに没頭していたら、いつの間にかトッププレイヤーになっていた件
こばやん2号
ファンタジー
高校一年生の夏休み、既に宿題を終えた山田彰(やまだあきら)は、美人で巨乳な幼馴染の森杉保奈美(もりすぎほなみ)にとあるゲームを一緒にやらないかと誘われる。
だが、あるトラウマから彼女と一緒にゲームをすることを断った彰だったが、そのゲームが自分の好きなクラフト系のゲームであることに気付いた。
好きなジャンルのゲームという誘惑に勝てず、保奈美には内緒でゲームを始めてみると、あれよあれよという間にトッププレイヤーとして認知されてしまっていた。
これは、ずっと一人でプレイしてきたクラフト系ゲーマーが、多人数参加型のオンラインゲームに参加した結果どうなるのかと描いた無自覚系やらかしVRMMO物語である。
※更新頻度は不定期ですが、よければどうぞ
VRMMO~鍛治師で最強になってみた!?
ナイム
ファンタジー
ある日、友人から進められ最新フルダイブゲーム『アンリミテッド・ワールド』を始めた進藤 渚
そんな彼が友人たちや、ゲーム内で知り合った人たちと協力しながら自由気ままに過ごしていると…気がつくと最強と呼ばれるうちの一人になっていた!?
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
女神様から同情された結果こうなった
回復師
ファンタジー
どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。
ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~
三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】
人間を洗脳し、意のままに操るスキル。
非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。
「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」
禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。
商人を操って富を得たり、
領主を操って権力を手にしたり、
貴族の女を操って、次々子を産ませたり。
リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』
王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。
邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる