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偽善者と乞い求める日々 十六月目
偽善者と忘れ事
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何もない真っ黒な世界。
闇よりも昏い闇に染まった、彼女が君臨する領域──かつては鎖に結ばれていた、小さな少女の牢獄。
「──しねーなのだ!」
「いや、いきなりなんでぶぅっ!」
「ええい、問答無用! いろいろと忘れているのではないのか、そち!?」
「わ、忘れていること?」
この場の黒とは違う、純粋な黒い髪と瞳。
それらを持った少女にして邪神──リオンはぷんぷんと頬を膨らませて俺に跨り、何度も拳を振るってきた。
きっとこの様子を誰かに見られていたら、間違いなく事案に……あっ、そういえば神々が観ているんだっけ?
「そちのやるべきことはなんなのだ!」
「……偽善?」
「そうだけど違うのだ! たしかにそうだけれども、他にもあるのだ!」
「他、と言われてもな……そうなると、眷属との約束を叶えるぐらいしか」
最近、そうした約束がまた増えたしな。
破るわけにはいかないし、そもそも破りたくないのでどうにか叶えるつもりだが……そのすべてを瞬時に思いだせるか、と訊かれれば答えはNOだな。
「そうなのだ! いろいろと、一度はやるべきこととして捉えたことを思いだすのだ」
「一度は考えたこと? …………!」
「思いだしたのだ?」
「そうか、あれか──宝珠型の武具を渡したアイツらと、冒険するって……痛ッ!」
馬乗りのままフルボッコである。
痛いというよりくすぐったい気分になるのだが、それを言ってはリオンが可哀想なのでそのままジッと見つめておく。
「な、なんなのだ、その目は? とても不憫な者を見ている目なのだ」
「そ、そんなこと……ないぞ」
「なら、目を合わせるのだ」
「…………」
結果、少しだけ気持ちよい加減になった。
閑話休題
殴りから蹴りに移行し、なんだか危うい状態になりかけたが……互いに反省し、一度リセットしてから話を戻した。
「大神のことか?」
「それもあるのだ。だが、それ以外にも忘れているものがあるのだ」
「……ちょっと待ってくれ」
奥の手である{夢現記憶}から膨大な量の記憶をダウンロードする。
それを<千思万考>を用いて纏め上げ、彼女が求める解を見つけだす。
「──空間の裂け目だ」
「正解なのだ。一度発見して以降、ソレを見つけたのだ?」
「いや、まだだ。というか、何をすれば裂け目が見つかるのか分かってないんだ」
「……いい加減、わざとらしく『だ』を付けるのではないのだ」
おっと、バレてしまったみたいだ……じゃなくてバレてしまった。
一度咳払いをしてから、再度話を戻すことに努める。
「そもそも大神が俺を呼んだとして、それに応じなきゃいけない理由があるのか?」
「あるのだ。そちは二柱の大神様たちより注目されているのだ。そちを支えてくれたその恩義もあるのだ、故にその地へ向かう必要があるのだ」
「……面倒だな。リオンは、リオンとしてそこに行くべきだって思うか?」
「どういうことなのだ?」
邪神らしくない邪神は、子供のように首を傾げる。
恐怖をもたらすという感じが、まったくしないんだよな……。
「反逆の邪神『ドミリオン』として、俺にそうしろと言っているのか? それとも俺たちの家族にして女神──リオンとしてそう言ってくれているのか……どっちなんだ?」
「そ、それは……って、女神!?」
「女の神様に女神って言わないで、いったい誰に女神って言うんだよ」
「そ、それはそうなのだ……けど、違和感が半端ないのだ」
何より、と言って体を震わせるリオン。
「普段より運命の女神を『クソ女神』と罵るそちが言うと……ゾクッとするのだ」
「別に他の神に他意はないぞ。俺のやりたいことを邪魔する……というか、眷属のしたいことを阻むヤツをどうかと思うだけだぞ」
「……それを考えると、そちたちにかかわっている運営神に属するわれも悪態を吐かれる対象なのだ」
「眷属になった時点で、関係はリセットだ」
そうじゃなきゃ、戦闘で出会いが始まった奴らはほとんどアウトな気がする。
それこそ出会ってそうそうにビームをぶっ放した銀龍なんて……というか、アレや二機目の元劉帝は殺してチャラだったな。
「それで、回答は?」
「……邪神としてなのだ」
「神の定めか? カカに聞いても何も教えてくれないんだよな」
「世界が違っても神は存在するのだ。ある程度微細な違いはあれど、大きな定めに関しては変わらないのだ」
邪神にそんなルールは関係ない。
カカに聞きたいことは分からないが、神に関することを知りたいなら教えてもらえる。
「定めについてはいずれ資料に。それで、リオンとしての回答は?」
「──大神様の権能は、われらの権能をはるかに超えるものなのだ。それは格の高さだけでなく、操れるリソースも以上に多いのだ」
「ふむふむ、それで?」
「……なんだか今日のそちは、とても『いぢわる』な気がするのだ」
ふむ、前にもどこかで聞いた気がする。
まあ、その会話相手がリオンと話したのかもしれないな。
「つまり、何が起きるか分からないのだ。危険があり、それ以上の恩恵があるかもしれないのだ……どうするかどうか、それを選ぶのはそちなのだ」
「……個人の見解を聞きたいんだが、リオンはどっちがいい?」
「行ってはほしい、だが危険なのだ」
「なら、答えは一つだな」
求められて、だが難しい。
だからそれをやらない……なんて答えはもう捨てた。
リオンは望んだ、会ってほしいと。
ならばそれは、眷属からの願い──叶えないという理由はなくなった。
「いつか行こう、そこへ。けど、一人は心細いからな……リオン、いっしょについてきてくれよ」
「……いや、しかしなのだ。そのような場所にわれが行くのは……」
「説得するさ。最近は約束ばっかりしているからな、一つや二つ増えたって大丈夫だ」
「…………そうか、では頼むのだ。一度お会いしてみたかったのだ」
約束は増えていくばかり。
だけど、増えていくたびに紡がれる関係に俺は満足していた。
そして、その期待に応えたいと想う。
強い【希望】を抱くことこそ、人生を前向きに考える初歩中の初歩だしな。
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