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偽善者と乞い求める日々 十六月目
偽善者と精霊契約
しおりを挟む夢現空間 無の間
『けーやくしゃー!』
「……そいやっ!」
『むー、けーやくしゃー』
神霊という種族に進化したナース。
しかしその知性は変わらず、相変わらず俺に気づくと突進してくる。
なので、ヒラリと躱すのだが……最近は知恵を付けてきており──
『そいやー!』
「ぐぼぉっ!」
虚空エネルギーを即座に構築して反射板のように使うと、こちらへ跳ね返るような機動で勢いよく突っ込んできた──鳩尾に。
『だいじょーぶー?』
「あ、ああ……心配するぐらいなら、まずそうやって突っ込むのを止めろ」
『…………むりー!』
「がはっ。そ、そうか……」
意思を持たずに彷徨っていた下級精霊。
それが今の状態に至るまで、まだ一月ぐらいしか経っていない。
人間でいえば、まだ赤子も同然……そりゃあたしかに、仕方ないんだけどさ。
「ひ、“回復”……さて、ナースよ。今回貴様を招いたのには、理由がある」
『おー』
「そもそも貴様と契約した理由、それを覚えているか?」
『うーん…………わすれたー』
「……そうだろうと思った。故に、今から説明してやるのだ」
すでに契約は交わしている。
魔力の契約線を実体化して、俺とナースを繋ぐ糸を現す。
「俺とナース、それにユラルとドゥルは精霊契約を基にした主従契約を結んでいる。これにより、エネルギーの譲渡が可能だ」
『えねるぎー?』
「そうだ。たとえばユラルとの契約により、俺は樹属性の適性を高めた。これは、ユラルの司る力が樹属性のエネルギーを非常に濃密に秘めているからだ」
『おぉー!』
契約とはそういうものだ。
従える者たちから力を借り、自分もまたエネルギーの塊を提供する。
そうすることで、それぞれ個人ではできなかったことをできるようになるのだ。
「ドゥルの場合は少し特殊だな……本質が武具にある故、契約者である俺は武具に関する適性を得た。そしてナース、貴様の場合」
『わくわくー』
「虚空神霊である貴様だ、虚空に対する適性が得られるだけだぞ」
『がーん!』
神霊である分、その適性向上率もグンバツに高いんだけどな。
俺が望んでいた以上の契約効果に、思わず一人の時に驚いてしまうほどだ。
「だが、それは副次結果に過ぎぬ。貴様には先に挙げた契約の効果──エネルギー譲渡をしてもらう」
『じょーとー?』
「俺は貴様のように虚空魔法を上手く扱えない。それは分かっている。ならばどうすればいいか、貴様からその力を頂くのがもっとも効率が良いだろう」
『ふぉー』
普通の奴に──『自分で準備するのが面倒だから、全部用意した上で自分に寄越せ』と言ったら……血祭りに上げられるだろう。
だが、精霊の系譜に連なるたちは違う。
彼らは本質的に頼られたい、生きとし生きる者に自然の恵みをもたらす精霊たちは──自己犠牲の強い生き方をしているのだ。
「貴様が虚空エネルギーを操り、俺に回す。そうすることで俺は、必要に応じてただその力をどう使いたいか考えるだけでよくなる」
『んー?』
「要するに、俺は助かるということだ」
『おぉー!』
ナースもまた、そんな精霊としての生き方からは逸脱していない。
俺への忠誠心は無いと思うが、虚空エネルギーを使いたいという願望には忠実だ。
「……試してみるか?」
『うーん!』
「では、俺にエネルギーを流し込め」
『おっけー!』
誰かに習ったのであろうと返事の仕方をすると、瞬時に練り上げた虚空の力を俺に流し込んでくる──猛烈な勢いで。
「うがぁああアああぁァァァ──ッ!」
『け、けーやくしゃ!?』
「だ、大丈夫だ……すぐに慣れる」
内部の回路がズタボロになってしまう。
俺が扱える程度の虚空エネルギーであれば最大量まで流し込んでも、耐えられるように調整は行っていたつもりだ。
だが、ナースが注いできた量はその何十倍はあるかと思えるほどに、膨大かつ濃密な塊だった。
その結果、すぐに俺の肉体は限界を訴える間もなく一瞬で崩壊──痛覚無効のスキルがあろうと、魂魄の髄まで叩き込まれたその虚無の力に悲鳴を上げてしまったわけだ。
「ごほっ、ごほっ……」
『けーやくしゃー!』
「ナ、ナース……貴様に、問題は……無かった……気にするな──がはっ!」
『で、でもー!』
すぐ<物質再成>と<澄心体認>、<肉体支配>による適合を始める。
壊れた肉体は失敗するたびに元に戻し、虚空エネルギーへの理解を肉体に叩き込んだうえで新たに運用するための回路を作りだす。
また、(未知適応)と(再編構築)を行使して<久遠回路>に虚空エネルギーをより効率よく巡らせられるように改良を申請する。
そのデータは現在進行形で収集できる、ならば生き抜くために勝手に使われるだろう。
「お、俺は少し寝る……ナ、ナースはいい加減、人化の練習をしろ」
『す、するからー! だ、だからー!』
「そ、そうか……なら、あんし、んだ……」
間もなく意識がブラックアウトする。
その前に『堕落の寝具』を呼びだし、回復できる環境を整えておく。
おっと、もう時間切れのよう──
□ ◆ □ ◆ □
《ん。今回はそこまで時間がかからない》
《でも君~、いろいろとヤりすぎよ~》
《ん。望んだ通り、さっき以上の量が来ても耐えられるようになった。ナースが心配してたから、事情の説明もした》
《まったく~、女の子を泣かせちゃだめじゃないの~》
《ん。そろそろ目覚める──ナースに謝った方がいいと思う》
□ ◆ □ ◆ □
ぬくぬくする布団の中。
掌を動かしてみると、たしかな実感が感じられた。
また、内部を探ってみると肉体を巡る回路の一部が書き換えられているのが分かる。
「う、ん~……ん?」
「けー、やくしゃー……」
「……ナースか」
今回のことを経て──俺は虚空魔法を操るための回路を、ナースは人の体を得た。
だが、俺がナースの姿を見て可愛いと思っても、欲情することはまったくない。
「武具っ娘が特殊例なだけで、まあ……普通はこうなるよな」
ローペはこの事態を予想できただろうか?
永い時を経たユラルやそうあることを望まれたドゥルとは違い、ナースは生まれたばかりの赤子なのだ。
「……まあ、眷属への教育にもなるか」
今度から、眷属が保育の勉強をしだす気がして……また、その先に起き得るであろう未来を想い、気が重くなる俺だった。
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