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偽善者と乞い求める日々 十六月目
偽善者と功罪
しおりを挟む童話世界 ロットカップ
「──これで完了です。あとは、こちらのメモ通りに進めてください」
「ありがとうございます、メル様」
「いえいえ、お気になさらず。あとで姫様に美味しい食べ物でも分けてあげてください」
「ははっ、分かっております」
ワイン蔵の調整をやっていた。
貿易を行うということもあり、町で補っていた量以上に造る必要がでてきたからだ。
眷属たちにもできるのだが、やはり生産ということもあって俺の出番となる。
知識は眷属たちが持っていたので、それを用い魔法で生かすことにより、ある程度整った環境を築くことに成功した。
「それでは、これで失礼します」
「ああ、姫様をよろしく頼むよ」
「? はい、分かりました」
少年騎士(自称)メルの姿で、町を歩く。
それなりに整えた影響で、町にも娯楽やら嗜好品やらが増えてきた。
アイデアだけ提供して、あとは自分たちでやらせているので堕落はまだしていない。
「新しい街の建設も……うん、順調だな」
ロットカップは赤ずきんたちが住む町。
そこを増築してもよかったのだが、やはり町は多い方がいいという考えもあったので、奴隷の受け入れ先というていで増やした。
のどかな場所でのんびりと過ごしたい、そう願った奴隷たちはここへ向かっていた。
俺が来ると怯える者もいるので、遠くから離れての観察だ。
「──メル君!」
「おや、姫様ですか。それにヴァーイも」
「オメェがここに居るって、臭いで分かったからな。面倒だから連れてきた」
「わざわざすみません。本来であれば、ボクの方から出向くのが筋であるというのに」
赤ずきんを被った少女と、狼耳を生やした青年が俺の下へやってくる。
この世界の主人公と、彼女を狙うはずだった悪役だ。
「ああ、ヴァーイにお土産です。前に話していた、『三大獣王の燻製焼きです』」
「マジか! 本当にくれんのか!?」
「構いませんよ。複製品ですので、スキルが手に入るかは分かりませんが……味だけは、ボクの名に懸けて保証しましょう」
「スキルなんてどうでもいい! それより味だ、味!」
凶暴性は失われても、【貪食】としての在り方は変わらない。
やや美食家になった狼男は、貪るようにお土産の燻製に食らいつく。
「うっめぇえええええええええぇ! なんだよこの肉、噛めば噛むほど旨味が出てきてんじゃねぇかぁ!」
「ね、ねぇメル君?」
「もちろん、姫様の分も用意してあります」
「ありがとう!」
ベヒモス、レヴィアタン、ジズの肉を使った至高の一品……いや、三品だ。
三つの肉を同時に調理することで、調和されたハーモニーを生みだす。
さすがは三頭一対と呼ばれた獣たちだ。
「おいし~~~。メル君、料理も得意なんだね……少し悔しいな」
「申し訳ありません、姫様。ボクは生産神より加護を頂いておりますので、あらゆる生産活動に絶大な補正が入るのです。また、優秀な料理器具もありますので」
なんでも切れる『狂愛包丁』だからこそ、簡単に料理できたということもある。
燻製が家庭料理か、という部分で疑問が生まれそうだが……家で燻製をやる家庭も、あるにはあるからセーフと言うことで。
「おい、メルス! 他には無いのか?」
「すぐに用意できる物、というのであればあまりありませんね」
「チッ、そうかよ」
「──『古代毛象のステーキ』ぐらいしか、無理ですね」
取りだしたのは、石でできた台座の上で香ばしい匂いを生みだす肉厚なステーキだ。
ジュージューと焼ける油は弾け、火花のような輝きを見せる。
「そ、それを寄越せぇ!」
「構いませんよ……その代わり、しっかりとこれからも護衛をしてくださいね」
「分かってんよ! ほら、いいからさっさとそれをくれよ!」
「…………むぅ」
喜ばせておけば、コイツは自主的に警備をしてくれる。
赤ずきんの身の安全を守るためにも、料理の提供は必須だった。
「ね、ねぇメル君……その、いっしょに来てほしいんだけど」
「はい。分かりました……ですが、ヴァーイはどうしますか?」
「メル君がいれば、護衛は要らないよね?」
「……畏まりました」
ヴァーイは獣人なので、その気になれば匂いや気配でも探って追いつくだろう。
進んでいく赤ずきんの背を、従者として追いかけていった。
◆ □ ◆ □ ◆
そこは光が踊る幻想的な泉。
精霊たちが足を休める、憩いの場──そして、赤ずきんが自分の在り方を定めた場所でもあった。
「どうされたのですか、姫様?」
「いろんなことがあったね、メル君がこの世界に来てから」
「……姫様?」
赤ずきんは何も答えない。
ただ、独白するように口を動かす。
「意識できないけど、メル君に何度も殺された記憶を見せてもらったね。……助けようとしてくれる人がいたり、逆に殺すことに協力している人も居た。時々ね、そんな夢を見ることがあるんだ」
「……ごめんなさい」
「いいんだよ、そのお蔭で今のワタシがいるわけだし。こうして、精霊さんたちとも仲良くできた……いいことだけじゃないけど、感謝しているんだよ?」
「姫さ……むぐっ」
もう一度謝ろうとしたら、赤ずきんは俺の口を指で塞ぐ。
「ねぇ、メル君。どうしてメル君はワタシのことを『姫様』って言うの?」
「それは……姫様が精霊たちのお姫様だからですよ」
「──メル君、一度あの姿に戻って」
「……分かりました」
言われるがまま、変身魔法を解除して本来のモブに戻る。
先ほどまでと背丈が逆転し、上を見るようにして赤ずきんは話を続けた。
「メル……ううん、メルスさん。わざとワタシから距離を取っているんですよね?」
「…………そう、かもな」
「なんでですか? ワタシにやったことに、罪悪感を覚えているからですか?」
「そう、なんだろう。いくら時間が無かったとはいえ、方法はあった。それに、この今だけが幸せな未来とも言えなかった……けど、俺にはこの選択しか取れなかったんだ」
主人公ならば、もっといい方法を考え付いたかもしれない。
赤ずきんがトラウマを持たず、それでもなお幸せを掴む未来が。
だが、俺にはできなかった……いや、やらなかった。
全能の力をすべて使えば、間違いなくその未来を勝ち得ただろう。
「すまない、姫様。俺がこの問題に本気で関わり、救おうと思っていれば……けど、俺は偽善者で居たかった。望まれず、だがそれでもたしかに人を救える者に」
「…………」
「反省はする。だが、後悔はしていない。俺はこの生き方を止めないし、変わる気もないからだ。この在り方は、俺を変えてくれた。だから、もう変わりたくない……」
すべてを打ち明けるように話す。
まあ、知っているかもしれない……眷属の誰かと話せば分かることだからだ。
「ねぇ、メルスさん。あのとき誓ったこと、あれに嘘は無いんだよね?」
「…………」
「──『精霊たちと共に、貴女様の剣となり盾となると。望まれる未来を阻む障害を斬り裂き、襲いかかる厄災を払い除けようと』。この言葉に、嘘は無いの?」
「無い」
恥ずかしい台詞を引っ張り出されたが、それでも即答して意志を告げる。
運命を司る女神が定めた運命なんぞ、なんとつまらないものだろうか。
くれるというなら貰っておこう、だがそれはそこに生きる人々に返すべきだ。
「言葉に嘘は無い。姫様が望むことを、俺は叶えよう」
「……なら、名前で呼んで?」
「名前で?」
「うん、だってまだ一度しか呼んでもらってないもん」
それは名前を尋ねた時、確認のために発したものだ。
つまり、実質的に呼びかけるために使ったことは一度も無い……。
「──『シャルル・デ・メラ』」
「……なんでフルネーム?」
「いや、なんとなく」
「もう……シャルでいいよ」
赤ずきん……いや、シャルはそう言った。
名は体を表し、本質を示す。
童話の通り、『赤ずきん』と考えていたこともまた許されないことなのかもしれない。
「シャル、改めて詫びよう──すまない」
「謝らないで。みんなが救われて、誰も殺されなかった。ワタシはそれを望んだし、メルスさんはそれを叶えてくれた。なら、それ以外のことは問題ないの」
「シャル……」
「もういいよ、メル君になっても」
なぜかそう言われたので、変身魔法で再びメルの姿に戻る。
ただし、この場の雰囲気に合わせ、今度は騎士鎧などを身に纏っての登場だ。
「シャル様、これまでの非礼を詫びます。そしてこれからも、ボクを傍に置き続けてもらいたいです」
「いいよ。けど、シャル様じゃなくて呼び捨てにしてね」
「うっ、それだけは勘弁を」
「なんでよ。メルスさんの時は呼び捨てだったのに……」
意識を切り替えるのは大切なのだ。
俺の場合は<千思万考>で自在に整えられるから問題ないが、変身魔法や肉体変質系のスキルの弊害はここにある。
変身した姿に合った精神へ歪むのだ。
魂魄が肉体に馴染み、影響が精神へ及ぶ結果がそれだ……対策をしっかりと立てておかなければ確実にそうなる。
まあ、今は要するに──しっかりと役だと意識した上で入り込むことが大切ということだけ理解してほしい。
「──と、いうわけです」
「……せめて様付けは止めて」
「分かりました、シャルさん」
「むぅ……」
まだお気に召さないようだ。
年齢も今は、近いくらいに調整しているからな……ダメだったら、ちゃんと謝ればいいか──
「では、シャルちゃんと」
「ちゃ、ちゃん!?」
「……ダメ、だったでしょうか?」
「う、ううん、ちょっとメル君とは思えない呼び方だったから。……うん、そうだよね、もうちょっと距離を近づけないと」
後半は聞こえなかったが、どうやら前向きに受け入れてくれるようだ。
「よ、よろしくね……メル君」
「はい、シャルちゃん」
「~~~~ッ!」
精霊たちも何も言ってこないし、たぶん大丈夫だろう……これで、一件落着だな。
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