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偽善者と乞い求める日々 十六月目

偽善者と機動要塞 前篇

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 第四世界 機動城塞


 それは動いていた。
 動くはずのない物が動き、あらゆる場所を駆け巡っていく。

 それは城塞だった。
 そびえ立つのは巨大な城壁、囲まれるようにして建てられているのは機械仕掛けの城。
 侵入者を、入場者を拒むその高機動は、並大抵の者には突破できない。

 そんな要塞の砦に立ち、隣に立つ太陽のように温かな髪を持つ少女と語らう。


「これがデスト□イヤーか……」

「何を仰っているので?」

「いや──アイリスが造ったここ、なんか凄いなって思ってさ」

「ふふっ、そうですね」


 この迷宮は今言った通り、アイリスが前世でDungeonMasterOnlineにおいて使っていた迷宮だ。
 イメージ的には『咆哮(英語)』を強化したような巨大な城だ。

 俺と彼女──フィレル、そしてアイリスは現在そんな迷宮にやって来ていた。
 レンとの視察において、ここともう一つにはまだ来ていなかったからである。


「まさかあの娘が、このような城を築いていたなんて……昔の城も、それなりに不思議な場所だとは思っていたけど、こっちはそれ以上に不思議な場所ですよね」

「ああ、空飛ぶ城だったんだっけ? その気になれば、あの城も今なら浮かび上がらせることもできるんだよな」

「いつか、お願いしますね」


 アイリスはその昔、一定のルートでしか進めない空飛ぶ国家の移動制限を解除した。
 自由に飛べるようになったその国は──何かする前に、神々の裁きを受けてしまう。

 アイリスは自身の魂魄を保存していた。
 電脳世界に自らの肉体ごと逃げることに成功し、裁きから脱することに成功する。
 だが、その時間を稼いだフィレルは……その身を十字架にはりつけにされていた。


「……ああ、懐かしいな」

「どうされましたか?」

「いや、なんだかフィレルと初めて会ったときのことを思いだしてな……」

「~~~~!?」


 彼女は吸血鬼と龍のハーフ。
 永い時間封印され、十字架によって生き永らえさせられていた体と心は、吸血鬼としての本能を強く揺さぶっていた。

 フィレルは吸血衝動に駆られると……いろいろと言動が荒くなる。
 今はとてもお淑やかで、まるで深窓の令嬢のようだが……俺の場合、第一印象があっちだったからな。


「あ、あのときのことは忘れてください!」

「いや、俺は{夢現記憶}……あの頃はまだ、【完全記憶】だっけ? を持ってたし」

「うぅ……あの頃はいろいろと精神的に危うかったのです。旦那様がこういったお方とも知らず、あの娘がどうなったかもまだ分かっていませんでしたので」


 俺のことはともかく、アイリスが知識の海に逃げるなどと理解できる者は少ない。
 奥の手だったようで、そのことについて誰にも話していなかったため、そうした認識の差が彼女へ精神的なダメージを与えていた。


「まあ、なんにせよ二人とも今はいっしょに居られるわけだし、問題なしだな。忘れることはできないぞ、だってそういうことも含めて『フィレル=エルグーン』との邂逅なんだからな」

「……旦那様は『いぢわる』です」

「俺がそういう奴だって知ったんだろう?」

「そうでした……」


 ガクッと肩を落とすフィレル。
 なんだか『意地悪』のイントネーションに悪意が無かった気がするので、こういった返しにしておいた。

 口元が綻んでいるので、きっとその選択は間違っていないだろう。



 城塞は文字通りどこへでも進む。
 陸はタイヤ、海はスクリュー、空はプロペラを回すことで移動ができるからだ。

 そして、そんな機動兵器は現在広大な砂漠の中を前進していた。
 ──『孤剋の沙漠』、ボッ……ソロ活動に対する耐性が無ければ突破しがたいフィールド型の迷宮である。

 だが、『機動城塞』には特別な権限が俺たち【迷宮主】によって与えられていた。
 そのため乾いたこの大地を走ることができるし、そもそも他の迷宮に入れている。


「機動力と他の迷宮への強制干渉力に極振りした? 本当、何をどう考えたんだろうか」

「迷宮を動かし、どこへでも行けるようにするなんて……聞いたことがありません」

「中に人でも住んでいれば、というか国だったら不味かったな。幸い、コイツみたいな迷宮はまだ存在しないらしいし、コイツ自体も日の目を見させる前にここに封印できた」

「……というより、ここで再建したのは旦那様たちですけどね」


 アイリスの迷宮について、彼女とカナタを加えて話していたことがあってな。
 話の弾みで迷宮を一つ造ることになり、本物の迷宮核ダンジョンコアを使って造ることになった。


「いいじゃないか。アイリスはなんだか嬉しそうだったし、今もはしゃいで迷宮の管理をしているだろう?」

「そうですが……」

「いいじゃないか。やりたいことをやれる、それがどれだけいいことか……今のフィレルは理解できるんだろう?」

「……そうですね」


 先ほど吸血本能の話をしたが、その際の力の強さもあってフィレルは少々力に酔っていたらしい。
 気性が荒かった彼女は、アイリスとの接点から少しずつ今の性格になったんだとか。

 父と母は吸血鬼と龍。
 ただの未進化個体ではなく、神祖と呼ばれる神気すら操る吸血鬼と太陽の力を我が物にした古の龍……そうなるのも仕方がない。


「ですが、さすがにあれは……」

「まあ、うん。少しぐらい、楽しませてやる方がいいだろう」

「はい、そうします」


 乗ったころにはまだあった太陽は、完全に沈み星々が空を飾っていた。
 月が冷たい光を浴びせ、俺たち──いや、フィレルを美しく照らしていく。


「旦那様、月が綺麗ですね」

「……分かってていってるのか?」

「はい、もちろんです」


 ペロリと唇を濡らし、俺の方を熱い眼差しで見つめてくる。
 情欲、というかなんというか……月が出たことでその想いも高まったのかもしれない。


「頂いても、よろしいでしょうか?」

「いいぞ、もう準備はしてある」

「……では、いただきます」


 綺麗な歯を俺に近づけ──鋭い犬歯を首元に突き立てた。
 しばらく血を吸い上げ、悶え続け……数分が過ぎた頃に首元から離れる。

 そして、彼女が見せた表情──それはとても妖艶で、月に照らされる姿はまさに吸血姫といった相貌であった。


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