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偽善者と乞い求める日々 十六月目
偽善者と趣味探し
しおりを挟む夢現空間 修練場
思い返せば、後半の強者とは戦ってばっかりだった気がする。
カナタが正攻法ではなく迷宮を用いた勝負だったとはいえ、リオン以外はずっと戦闘で解決していた……リオンにも殴られたけど。
まあ、そんなこんなで死合をやるわけだ。
相手は黒髪黄眼のアオザイを着た女性……ただし、首元からチラリと髪と同じような漆黒色の鱗が見えている。
「其方……疲れておらんか?」
「いや、こうも連戦だとな。チャルとも何戦かやってたんだ」
「ふむ……昨日は使命のために外へ出ていたからな。すまぬ、知らなんだ」
「はははっ、気にしないでくれ。疲れてるのは精神だけで、肉体の方は健在だからさ」
昨日同様逃げるサンドバックに徹し、シュリュとの戦闘を行っていた。
そのときの動きを反省として活かし、本日はただ避けるだけでなく能動的な反撃もいっしょにやっている。
能動的な反撃、と言われても分かりづらいと思うが……要するに、わざと攻撃を受けるような動きをして隙だらけの攻撃を誘発するということだ。
だが、どうやらシュリュはそういった闘い方は好まないようで……。
動きを止めると、戦意を消して俺の下へ近づき──そのまま抱え上げた。
「へっ?」
「望まぬ戦いはせずともよい。朕も、それに悩まされた」
「シュリュ……」
「ただ、朕は闘う以外の交流を知らぬ。故にこうしていた……だが、其方にまでそれを強要する気はない」
なぜかお姫様抱っこをされている現状。
いろいろと恥ずかしかったので──真っ先に変身魔法で妖女へ変身する。
「……女子になるのか」
「……メルになる方が、ショタになるよりも多くなってきたからね。いや、少年版も名前はメルだけどさ」
「そんなことはどうでもいい。それより、一つ知りたい」
「ん、何を?」
修練場から離れるのか、出口に向かって進むシュリュ。
腕の中に居る俺を覗き込みながら、何やらモジモジとしつつ訊ねてくる。
「……朕はどうすればよいのだ?」
「どうするって……何を?」
「いや、先も言った通り……覇道しか知らぬ故。劉帝として生きてきた朕に、男を知る機会など……」
「ああ、そういうことなんだ」
メルに変身しているので、いちおう口調は女の子っぽく……別に肉体に精神が汚染されているわけじゃなく、ただの練習だ。
そんな声を発し、シュリュの頭をよしよしと撫でる。
初めは少しビックリしていたが、すぐに何がしたいのか理解して頭を下げた。
「こういう風にやればよいのか?」
「うーん……別にどうしろ、っていうことはないんだよ。今の私がこういう風に喋るのに理由が無いように、シュリュが私とどうしろという決まりはないの。自分がやられたら嬉しいこと、それを考えたらどうかな?」
「朕がか………………浮かばぬな」
「あはははっ。最初はいろんなことをやってみることが大切かな? 一つ一つやっていけば、何か自分にピッタリなことが見つかるんだよ。好きなのか嫌いなのか、感覚的なことが多いけど……まずはやってみるべきだね」
自分で見つけた趣味というものは、何物にも代えがたい一生の楽しみとなる。
たとえ体を動かすことであり、肉体が老いて行いづらくなろうと……本当の趣味であれば、見るだけでも好いと思えるだろう。
「それじゃあ、今日はシュリュの趣味でも探しにいこうよ! 夢現空間だけじゃなくて、いろんな場所に行ってみるんだ! きっと、何かいいものが見つかるよ」
「うむ、では頼む」
「うん、分かったよ。じゃあ、そろそろ私を降ろして──」
「それとこれとは別の話だ。其方を運ぶような機会は、そうないのだからな」
満足げな表情を浮かべるシュリュを、こちらとしても邪魔するわけにもいかない。
なのでできるだけ、周りにバレないような形状に変身する。
「むぅ……今度は人形か」
[ぬいぐるみだ。まあ、気にせずこれからを楽しもうじゃないか]
「……其方がいるだけでも、好しとしておくべきか」
吹きだしのように表示された文面に、何やら不服な表情を浮かべて歩を進めた。
……何をすればいいんだろうか?
◆ □ ◆ □ ◆
とりあえずいろんなことをやってみた。
普通に戦闘したり、魔法を練習したり、研究を手伝ったり、本を読んだり……。
世界を変えて歩いてみたり、過酷な環境に足を踏み入れてみたり、迷宮を踏破したり、本(映像再生機能付き)を読んだりと……。
だが、どれもシュリュにはしっくりとこなかったようで首を傾げていた。
ぬいぐるみとなって遠くから見ていたが、違和感を感じていたようだ。
くーーー
「…………」
「もうそんな時間か」
「……すまない」
「いや、構わないから。生理現象はどうしようもないんだから」
淡い光と共に変身が解除され、俺の肉体はいつも通りのモブ容姿となる。
お腹を鳴らす眷属のため、すぐにできたての料理を提供しようと動きだす。
「……料理か」
「ああ、そういえばやってなかったな。よければいっしょに試してみるか?」
「い、いいのか?」
「包丁は使えるだろう? まずはやってみることが大切だ。……ここでやるのが初体験でいいならだが」
現在位置は迷宮『死戦の大地』。
入口から出口まで、一定数に達するまで無限に魔物が生みだされる戦闘狂が好んでやってくる蠱毒のような場所だ。
来た理由は省くとして、俺たちは結界の中で籠城をしていた。
そんな中、取りだしたキッチンセットで料理を始めるのだから訊かざるを得ない。
「構わぬ。それより、ぜひやってみたい」
「そっか。なら──これに着替えてくれ」
「これは……エプロンか?」
「『新米料理人セット』。これを着ておくことで、料理スキルの習熟度が上がる。それに補正も入るから、初めの内は大人しく着ておいた方がいい」
なお、レベルが上がればさらに上位の装備が着れるようになる。
最終的には『神業料理人セット』になるんだが、これは俺とあと一人しかまだ着れる者がいないのでカットしておく。
そんなこんなで料理が始まる。
初めは包丁が指に当たるなどのトラブルがあったものの、この世界には魔力があり気の操作が普通なので当たり前のように弾いて無効化していた。
それ以外の問題は特に無く、料理もそれなりの出来の品が完成する。
「ん……美味いな。初めて作ったとは思えない味だ……って、どうしたシュリュ?」
「其方の腕には遠く及ばぬ。この味には、圧倒的な差があるな」
「けど、それが面白いだろう? 到達する場所があって、目指すべき対象がいる……それは凄く恵まれている。──楽しいか?」
「! ……楽しい、な」
料理は愛情、とはどこで聞いた言葉だっただろうか?
まあそれだけとは言わないし、愛情は時に憎しみに変わることもあるなどと言ってはいけないことを言う気もない。
ただ、シュリュは料理を楽しんでいた。
植物を育てるような、命を育むことではない──命に責任を取る、シュリュはそのことにナニカを掴んだようだ。
「また、作ろうな」
「うむ、ぜひとも」
一度目を使命に生き、二度目に意味を見出さずに逝き、三度目を歩むシュリュ。
彼女がこの三度目の人生を、どうか好いものだと思えることを祈ろう。
「そういえば、故郷のことだが」
「これまでの眷属の話は聞いている。だが、朕は特に構わぬ。すでに死んだ身、今のことは今を生きる者に委ねるのが筋であろう」
「……そうか」
「其方にもいずれ分かる。何を選ぶのか……朕は其方たちを選んだだけのこと。今は料理に専念することにしよう」
劉の帝王は料理に目覚めた。
いずれ厨房に、彼女の料理が出される日もそう遠くはないかもな。
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