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偽善者と乞い求める日々 十六月目

偽善者と錬魔炉

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 夢現空間 修練場


 レミルという前例を作ってしまったせいだろうか……逢瀬デート=試合=死合デッドという謎の公式ができていた。
 そのため俺は、死合デッド相手と拳を合わせて激しい戦闘をさせられている。


「やっぱり、メルスとの殺り合いは最高だなおいっ! わけが分かんねぇよ!」

「…………」

「そんなにしけた面見せんなよ。なあ、ほらほらもっと本気を出してくれよ!」

「ハァ……」


 本気で、と言われたので反射眼を用いて自動迎撃を行っている。
 超高速で振るわれる拳の数々、それらを最小限の動きのみで弾いていく。

 同時に、未来眼が映しだす本当の未来と演算で導きだした仮定の軌跡を<千思万考>で把握し、ズラすように動かして未来通りに事が進まないように妨害も行う。


「思う通りに動かない、腕も足も頭も! いいねいいねぇ、最高だねぇ!」

「興奮しているところ悪いが、武技だけは絶対に使うなよ」

「分かってる分かってる──フリだろ?」

「違うからな!」


 彼女──チャルの本気を受け止められるほど、俺の肉体は丈夫ではない。
 破壊と創造を繰り返し、まるで無事かのように見えるだけだ。

 だが、武技を使われると簡単な再生ではどうにもならないようなダメージを負う。
 特にチャルの武技には、神の名を持つ凶悪な技もあるので制限は必至だ。


「それじゃあいくぜ──『錬魔炉』起動!」

「──っちょ、ま……!」


 途端、俺の視界に見えていた軌跡は一気にその数を増す。
 百を超える行動の可能性、それらはちっぽけな頭脳に多大な負担を与える。

 だが、そんなことを言っている暇はない。
 チャルが使用しだしたのは、前にチューンナップしたときに組み込んだ特殊な機関。
 使用者に無限の魔力をもたらす、半永久的な増殖回路なのだ。

 彼女はそれによって、消費魔力を厭わずに好きなだけ身体強化が行えるようになる。
 ただの身体強化と侮ることなかれ、天才眷属たちによる共同訓練の結果──物語の定番である細胞レベルの強化を使えるのだ。

 物語のように上手くいかないのは、いくら浸透させようと染み渡らせるためにはそれなりに魔力が必要ということ。
 その問題が無限の魔力に解決された今──チャルを止めるものはもう何もない。


「歯車を使うなよ!」

「禁止されたのは武技だけさ! あとはどう使おうと勝手だろう!」

「せ、せめて魔法は止めろよ……」

「さすがメルス、アイシてるよ!」


 この場合、『相死てる』とかそんな訳の分からない字になっているかもな。

 俺もさすがに、そのまま負けるわけにはいかないので……同じ手を使う。


「──“久遠回路”起動」

「くははっ、楽しめるねぇ!」

「俺はお前たちみたいに、身体強化を奥までできないんだからな(──“肉体支配”)」


 なので、無理やりそれを行う。
 強制的に動かす肉体に、限界を超えた形で魔力が注がれるイメージをする。
 それだけで、支配された肉体は俺の想定以上に機能し、未完成な身体強化を強引に完璧な状態まで昇華させた。


「「──疾ッ!」」


 より激しくぶつかり合う拳。
 空気が弾ける音と共に、本当に周囲にも聞こえる音で鳴り響く──肉体の崩壊音。
 骨が砕け、筋が千切れ、至る所から血が噴きだしていく。

 飛び散る血は宙を舞い、ただ地面に落ちるだけのはず……だったが、それらは集まり球体となり、次々と何らかの形を成してチャルに向けて放たれた。


「っと、危ない危ない。わざわざ血を出しているのはそれが理由か」

「あんまりやりたくないんだ。さっさと終わらせてくれないか?」

「まあ、アンタが壊れる姿を好き好んでみたいわけじゃないからね。いいさ、なら全力でやらせてもらうよ!」

「……武技と魔法は無しだからな」


 死に逝く体を<物質再成>で戻し、使用可能状態に直してすぐに破壊させる。
 それこそ無限に、この闘いが終わるまで。


  ◆   □   ◆   □   ◆

 修理室


 念のため、検査を行うことにした。
 すでに模擬戦で何度か使われた『錬魔炉』の歯車なのだが、フルパワーを行使する機会もなくあれが初めてだったのだ。


「ったく、あんまり無茶するなよ」

「……生と死の間を彷徨い続けたアンタに言われると、説得感があるな」

「すぐにスキャンを始める。そのまま動かずにいろよ」


 装置に調べさせた結果は──異常なし。
 多少使いすぎた部分が消耗していたが、すぐに自己修復できる範囲内の消耗だったので危険というわけではない。


「とりあえず、消耗速度が加速するな。今回は普通に魔力を増やすだけだったからこの程度で済んだが、『虚崩炉』はたぶんこの程度じゃ済まないぞ」

「分かってるよ。だから、まだ全力で使ったことはないよ──ハジメテは、アンタのために取っておいているからね」

「あー、はいはい。初死因ハジメテね、うんうん」


 戦闘狂のノリに任せていては、このままおちょくられるのが見えている。
 いつものように平常な精神で、当たり障りのない会話を貫く。


「さて、前と同じようにメンテナンス機能を改良するか。ハードウェアを変えたせいか、完全に直せなくなってた……これは俺のミスだな。だから、今回は先にハードウェアの方から直す予定だ。問題ないか?」

「構わないさ。アンタ色に染めてくれ」

「それ、前にも言ってたぞ」

「そうかい? なら、もう一回やっておくれよ──『スリープモードへ移行』」


 ガラス玉のような瞳は光を映さなくなり、闇の中に意識を沈める。
 無防備な肉体はいっさい動かず、命とも呼べる核を曝け出す。


「俺色に染めるね……今の在り方からすれば充分に変わっている気がするんだが」


 複数の『導士』が機能し、他者の運命を塗り替えている。
 近くに居る眷属などは、その影響をもっとも受けているだろう。





 修理も終わり、チャルの意識が覚醒する。
 特に見た目は変わっていないが、内部を弄繰り回した結果はかなりのものだ。


「うーん、好い目覚めだねー」

「おはよう、チャル。ちなみに今の時刻は夕方だぞ」

「そうだったのかい? なら、ずいぶんと時間をかけてくれたんだね」

「大切な眷属だからな。俺色に染めるために少し時間がかかったんだよ」


 俺専用機、というとなんだかモビルなスーツとかをイメージされそうだ。
 カスタムを前回よりもかなりしたので、実感はチャルにもすぐ分かるだろう。


「……たしかに、これまでよりもスムーズに体が動くね」

「控えていたんだが、組み込む部品から俺が創り上げたものにしてみた。要するに外見はこれまで通りだが、中身はこれまでとは全然違うってことだ」

「まさに、アンタ色ってわけだ」

「魔導機人がどういう性質を持つか不鮮明だから、根本には干渉しないでちょこっと弄るぐらいにしておいたけどな」


 機人は契約者に逆らえない。
 そして、彼ら自身が選んだ契約者とは別に『機神』という強制命令権を持つ者がいる。
 俺はそれが気に入らなかったので、その命令権は剥奪してある……[眷軍強化]は最上位の契約だからな。


「結局全部なのかい」

「まあ、開発者はどうせ生きているんだ。設計図でも頂いて、それからチャルがどうなりたいかでも決めるか」

「アンタの望むままで、こっちは構わないんだけどね」

「ただの人形じゃなくて、お前の意思で動くチャルが好いんだ。俺や眷属を、自分の意志で守ってくれる……そんなチャルが好い」


 武器や機械に感情は要らない。
 そういう考えもあるだろうが、少なくともこの世界ではあった方がいいだろう。
 想いに応え、彼らは力を発揮する──善意には善意を、悪意には悪意をだ。


「切り込み隊長、これからも頼むぜ」

「……そんな出番、一度も無かったよ」

「無い方がいいだろ。平和が一番、ストレスが溜まるなら俺が解消してやるからさ」

「……なら、もう一回頼むよ」


 そんなこんなで、結局もう一度死合デートすることになったのだった。


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