上 下
1,094 / 2,518
偽善者と乞い求める日々 十六月目

偽善者と錬魔炉

しおりを挟む


 夢現空間 修練場


 レミルという前例を作ってしまったせいだろうか……逢瀬デート=試合=死合デッドという謎の公式ができていた。
 そのため俺は、死合デッド相手と拳を合わせて激しい戦闘をさせられている。


「やっぱり、メルスとの殺り合いは最高だなおいっ! わけが分かんねぇよ!」

「…………」

「そんなにしけた面見せんなよ。なあ、ほらほらもっと本気を出してくれよ!」

「ハァ……」


 本気で、と言われたので反射眼を用いて自動迎撃を行っている。
 超高速で振るわれる拳の数々、それらを最小限の動きのみで弾いていく。

 同時に、未来眼が映しだす本当の未来と演算で導きだした仮定の軌跡を<千思万考>で把握し、ズラすように動かして未来通りに事が進まないように妨害も行う。


「思う通りに動かない、腕も足も頭も! いいねいいねぇ、最高だねぇ!」

「興奮しているところ悪いが、武技だけは絶対に使うなよ」

「分かってる分かってる──フリだろ?」

「違うからな!」


 彼女──チャルの本気を受け止められるほど、俺の肉体は丈夫ではない。
 破壊と創造を繰り返し、まるで無事かのように見えるだけだ。

 だが、武技を使われると簡単な再生ではどうにもならないようなダメージを負う。
 特にチャルの武技には、神の名を持つ凶悪な技もあるので制限は必至だ。


「それじゃあいくぜ──『錬魔炉』起動!」

「──っちょ、ま……!」


 途端、俺の視界に見えていた軌跡は一気にその数を増す。
 百を超える行動の可能性、それらはちっぽけな頭脳に多大な負担を与える。

 だが、そんなことを言っている暇はない。
 チャルが使用しだしたのは、前にチューンナップしたときに組み込んだ特殊な機関。
 使用者に無限の魔力をもたらす、半永久的な増殖回路なのだ。

 彼女はそれによって、消費魔力を厭わずに好きなだけ身体強化が行えるようになる。
 ただの身体強化と侮ることなかれ、天才眷属たちによる共同訓練の結果──物語の定番である細胞レベルの強化を使えるのだ。

 物語のように上手くいかないのは、いくら浸透させようと染み渡らせるためにはそれなりに魔力が必要ということ。
 その問題が無限の魔力に解決された今──チャルを止めるものはもう何もない。


「歯車を使うなよ!」

「禁止されたのは武技だけさ! あとはどう使おうと勝手だろう!」

「せ、せめて魔法は止めろよ……」

「さすがメルス、アイシてるよ!」


 この場合、『相死てる』とかそんな訳の分からない字になっているかもな。

 俺もさすがに、そのまま負けるわけにはいかないので……同じ手を使う。


「──“久遠回路”起動」

「くははっ、楽しめるねぇ!」

「俺はお前たちみたいに、身体強化を奥までできないんだからな(──“肉体支配”)」


 なので、無理やりそれを行う。
 強制的に動かす肉体に、限界を超えた形で魔力が注がれるイメージをする。
 それだけで、支配された肉体は俺の想定以上に機能し、未完成な身体強化を強引に完璧な状態まで昇華させた。


「「──疾ッ!」」


 より激しくぶつかり合う拳。
 空気が弾ける音と共に、本当に周囲にも聞こえる音で鳴り響く──肉体の崩壊音。
 骨が砕け、筋が千切れ、至る所から血が噴きだしていく。

 飛び散る血は宙を舞い、ただ地面に落ちるだけのはず……だったが、それらは集まり球体となり、次々と何らかの形を成してチャルに向けて放たれた。


「っと、危ない危ない。わざわざ血を出しているのはそれが理由か」

「あんまりやりたくないんだ。さっさと終わらせてくれないか?」

「まあ、アンタが壊れる姿を好き好んでみたいわけじゃないからね。いいさ、なら全力でやらせてもらうよ!」

「……武技と魔法は無しだからな」


 死に逝く体を<物質再成>で戻し、使用可能状態に直してすぐに破壊させる。
 それこそ無限に、この闘いが終わるまで。


  ◆   □   ◆   □   ◆

 修理室


 念のため、検査を行うことにした。
 すでに模擬戦で何度か使われた『錬魔炉』の歯車なのだが、フルパワーを行使する機会もなくあれが初めてだったのだ。


「ったく、あんまり無茶するなよ」

「……生と死の間を彷徨い続けたアンタに言われると、説得感があるな」

「すぐにスキャンを始める。そのまま動かずにいろよ」


 装置に調べさせた結果は──異常なし。
 多少使いすぎた部分が消耗していたが、すぐに自己修復できる範囲内の消耗だったので危険というわけではない。


「とりあえず、消耗速度が加速するな。今回は普通に魔力を増やすだけだったからこの程度で済んだが、『虚崩炉』はたぶんこの程度じゃ済まないぞ」

「分かってるよ。だから、まだ全力で使ったことはないよ──ハジメテは、アンタのために取っておいているからね」

「あー、はいはい。初死因ハジメテね、うんうん」


 戦闘狂のノリに任せていては、このままおちょくられるのが見えている。
 いつものように平常な精神で、当たり障りのない会話を貫く。


「さて、前と同じようにメンテナンス機能を改良するか。ハードウェアを変えたせいか、完全に直せなくなってた……これは俺のミスだな。だから、今回は先にハードウェアの方から直す予定だ。問題ないか?」

「構わないさ。アンタ色に染めてくれ」

「それ、前にも言ってたぞ」

「そうかい? なら、もう一回やっておくれよ──『スリープモードへ移行』」


 ガラス玉のような瞳は光を映さなくなり、闇の中に意識を沈める。
 無防備な肉体はいっさい動かず、命とも呼べる核を曝け出す。


「俺色に染めるね……今の在り方からすれば充分に変わっている気がするんだが」


 複数の『導士』が機能し、他者の運命を塗り替えている。
 近くに居る眷属などは、その影響をもっとも受けているだろう。





 修理も終わり、チャルの意識が覚醒する。
 特に見た目は変わっていないが、内部を弄繰り回した結果はかなりのものだ。


「うーん、好い目覚めだねー」

「おはよう、チャル。ちなみに今の時刻は夕方だぞ」

「そうだったのかい? なら、ずいぶんと時間をかけてくれたんだね」

「大切な眷属だからな。俺色に染めるために少し時間がかかったんだよ」


 俺専用機、というとなんだかモビルなスーツとかをイメージされそうだ。
 カスタムを前回よりもかなりしたので、実感はチャルにもすぐ分かるだろう。


「……たしかに、これまでよりもスムーズに体が動くね」

「控えていたんだが、組み込む部品から俺が創り上げたものにしてみた。要するに外見はこれまで通りだが、中身はこれまでとは全然違うってことだ」

「まさに、アンタ色ってわけだ」

「魔導機人がどういう性質を持つか不鮮明だから、根本には干渉しないでちょこっと弄るぐらいにしておいたけどな」


 機人は契約者に逆らえない。
 そして、彼ら自身が選んだ契約者とは別に『機神』という強制命令権を持つ者がいる。
 俺はそれが気に入らなかったので、その命令権は剥奪してある……[眷軍強化]は最上位の契約だからな。


「結局全部なのかい」

「まあ、開発者はどうせ生きているんだ。設計図でも頂いて、それからチャルがどうなりたいかでも決めるか」

「アンタの望むままで、こっちは構わないんだけどね」

「ただの人形じゃなくて、お前の意思で動くチャルが好いんだ。俺や眷属を、自分の意志で守ってくれる……そんなチャルが好い」


 武器や機械に感情は要らない。
 そういう考えもあるだろうが、少なくともこの世界ではあった方がいいだろう。
 想いに応え、彼らは力を発揮する──善意には善意を、悪意には悪意をだ。


「切り込み隊長、これからも頼むぜ」

「……そんな出番、一度も無かったよ」

「無い方がいいだろ。平和が一番、ストレスが溜まるなら俺が解消してやるからさ」

「……なら、もう一回頼むよ」


 そんなこんなで、結局もう一度死合デートすることになったのだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪女と言われ婚約破棄されたので、自由な生活を満喫します

水空 葵
ファンタジー
 貧乏な伯爵家に生まれたレイラ・アルタイスは貴族の中でも珍しく、全部の魔法属性に適性があった。  けれども、嫉妬から悪女という噂を流され、婚約者からは「利用する価値が無くなった」と婚約破棄を告げられた。  おまけに、冤罪を着せられて王都からも追放されてしまう。  婚約者をモノとしか見ていない婚約者にも、自分の利益のためだけで動く令嬢達も関わりたくないわ。  そう決めたレイラは、公爵令息と形だけの結婚を結んで、全ての魔法属性を使えないと作ることが出来ない魔道具を作りながら気ままに過ごす。  けれども、どうやら魔道具は世界を恐怖に陥れる魔物の対策にもなるらしい。  その事を知ったレイラはみんなの助けにしようと魔道具を広めていって、領民達から聖女として崇められるように!?  魔法を神聖視する貴族のことなんて知りません! 私はたくさんの人を幸せにしたいのです! ☆8/27 ファンタジーの24hランキングで2位になりました。  読者の皆様、本当にありがとうございます! ☆10/31 第16回ファンタジー小説大賞で奨励賞を頂きました。  投票や応援、ありがとうございました!

後妻を迎えた家の侯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
 私はイリス=レイバン、侯爵令嬢で現在22歳よ。お父様と亡くなったお母様との間にはお兄様と私、二人の子供がいる。そんな生活の中、一か月前にお父様の再婚話を聞かされた。  もう私もいい年だし、婚約者も決まっている身。それぐらいならと思って、お兄様と二人で了承したのだけれど……。  やってきたのは、ケイト=エルマン子爵令嬢。御年16歳! 昔からプレイボーイと言われたお父様でも、流石にこれは…。 『家出した伯爵令嬢』で序盤と終盤に登場する令嬢を描いた外伝的作品です。本編には出ない人物で一部設定を使い回した話ですが、独立したお話です。 完結済み!

お人好し底辺テイマーがSSSランク聖獣たちともふもふ無双する

大福金
ファンタジー
次世代ファンタジーカップ【ユニークキャラクター賞】受賞作 《あらすじ》 この世界では12歳になると、自分に合ったジョブが決まる。これは神からのギフトとされこの時に人生が決まる。 皆、華やかなジョブを希望するが何に成るかは神次第なのだ。 そんな中俺はジョブを決める12歳の洗礼式で【魔物使い】テイマーになった。 花形のジョブではないが動物は好きだし俺は魔物使いと言うジョブを気にいっていた。 ジョブが決まれば12歳から修行にでる。15歳になるとこのジョブでお金を稼ぐ事もできるし。冒険者登録をして世界を旅しながらお金を稼ぐ事もできる。 この時俺はまだ見ぬ未来に期待していた。 だが俺は……一年たっても二年たっても一匹もテイム出来なかった。 犬や猫、底辺魔物のスライムやゴブリンでさえテイム出来ない。 俺のジョブは本当に魔物使いなのか疑うほどに。 こんな俺でも同郷のデュークが冒険者パーティー【深緑の牙】に仲間に入れてくれた。 俺はメンバーの為に必死に頑張った。 なのに……あんな形で俺を追放なんて‼︎ そんな無能な俺が後に…… SSSランクのフェンリルをテイム(使役)し無双する 主人公ティーゴの活躍とは裏腹に 深緑の牙はどんどん転落して行く…… 基本ほのぼのです。可愛いもふもふフェンリルを愛でます。 たまに人の為にもふもふ無双します。 ざまぁ後は可愛いもふもふ達とのんびり旅をして行きます。 もふもふ仲間はどんどん増えて行きます。可愛いもふもふ仲間達をティーゴはドンドン無自覚にタラシこんでいきます。

異世界生活〜異世界に飛ばされても生活水準は変えません〜

アーエル
ファンタジー
女神に愛されて『加護』を受けたために、元の世界から弾き出された主人公。 「元の世界へ帰られない!」 だったら死ぬまでこの世界で生きてやる! その代わり、遺骨は家族の墓へ入れてよね! 女神は約束する。 「貴女に不自由な思いはさせません」 異世界へ渡った主人公は、新たな世界で自由気ままに生きていく。 『小説家になろう』 『カクヨム』 でも投稿をしています。 内容はこちらとほぼ同じです。

婚約者が、私より従妹のことを信用しきっていたので、婚約破棄して譲ることにしました。どうですか?ハズレだったでしょう?

珠宮さくら
恋愛
婚約者が、従妹の言葉を信用しきっていて、婚約破棄することになった。 だが、彼は身をもって知ることとになる。自分が選んだ女の方が、とんでもないハズレだったことを。 全2話。

異世界に召喚されたんですけど、スキルが「資源ごみ」だったので隠れて生きたいです

新田 安音(あらた あのん)
ファンタジー
平凡なおひとりさまアラフォー会社員だった鈴木マリは異世界に召喚された。あこがれの剣と魔法の世界……! だというのに、マリに与えられたスキルはなんと「資源ごみ」。 おひとりさま上等だったので、できれば一人でひっそり暮らしたいんですが、なんか、やたらサバイバルが難しいこの世界……。目立たず、ひっそり、でも死なないで生きていきたい雑草系ヒロインの将来は……?

神の眼を持つ少年です。

やまぐちこはる
ファンタジー
ゴーナ王国のフォンブランデイル公爵家のみに秘かに伝わる、異世界を覗くことができる特殊スキル【神の眼】が発現した嫡男ドレイファス。  しかしそれは使いたいときにいつでも使える力ではなく、自分が見たい物が見られるわけでもなく、見たからといって見た物がすぐ作れるわけでもない。  食いしん坊で心優しくかわいい少年ドレイファスの、知らない世界が見えるだけの力を、愛する家族と仲間、使用人たちが活かして新たな物を作り上げ、領地を発展させていく。 主人公のまわりの人々が活躍する、ゆるふわじれじれほのぼののお話です。 ゆるい設定でゆっくりと話が進むので、気の長い方向きです。 ※日曜の昼頃に更新することが多いです。 ※キャラクター整理を兼ね、AIイラストつくろっ!というアプリでキャラ画を作ってみました。意外とイメージに近くて驚きまして、インスタグラムID koha-ya252525でこっそり公開しています。(まだ五枚くらいですが) 作者の頭の中で動いている姿が見たい方はどうぞ。自分のイメージが崩れるのはイヤ!という方はスルーでお願いします。 ※グゥザヴィ兄弟の並び(五男〜七男)を修正しました。 ※R15は途中に少しその要素があるので念のため設定しています。 ※小説家になろう様でも投稿していますが、なかなか更新作業ができず・・・アルファポリス様が断然先行しています。

王子様を放送します

竹 美津
ファンタジー
竜樹は32歳、家事が得意な事務職。異世界に転移してギフトの御方という地位を得て、王宮住みの自由業となった。異世界に、元の世界の色々なやり方を伝えるだけでいいんだって。皆が、参考にして、色々やってくれるよ。 異世界でもスマホが使えるのは便利。家族とも連絡とれたよ。スマホを参考に、色々な魔道具を作ってくれるって? 母が亡くなり、放置された平民側妃の子、ニリヤ王子(5歳)と出会い、貴族側妃からのイジメをやめさせる。 よし、魔道具で、TVを作ろう。そしてニリヤ王子を放送して、国民のアイドルにしちゃおう。 何だって?ニリヤ王子にオランネージュ王子とネクター王子の異母兄弟、2人もいるって?まとめて面倒みたろうじゃん。仲良く力を合わせてな! 放送事業と日常のごちゃごちゃしたふれあい。出会い。旅もする予定ですが、まだなかなかそこまで話が到達しません。 ニリヤ王子と兄弟王子、3王子でわちゃわちゃ仲良し。孤児の子供達や、獣人の国ワイルドウルフのアルディ王子、車椅子の貴族エフォール君、視力の弱い貴族のピティエ、プレイヤードなど、友達いっぱいできたよ! 教会の孤児達をテレビ電話で繋いだし、なんと転移魔法陣も!皆と会ってお話できるよ! 優しく見守る神様たちに、スマホで使えるいいねをもらいながら、竜樹は異世界で、みんなの頼れるお父さんやししょうになっていく。 小説家になろうでも投稿しています。 なろうが先行していましたが、追いつきました。

処理中です...