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偽善者と乞い求める日々 十六月目
偽善者と世界史
しおりを挟む第四世界 迷宮学校
講師としていく眷属も居るが、生徒として通う眷属もまた存在する。
やはり長い年月を封印されていたため、常識というモノに齟齬が感じられる場合があったからだ。
「──と、いうわけで本日は俺ことメルス先生による特別授業を行う」
「メルス……どうしてここに?」
「いちおうは講師だからな。ミシェルが学校に居たから、モノのついでだ」
訊ねてくる藍色の瞳の少女──ミシェルへ俺はそう答え、すぐに授業を始める。
眷属だからといって、さすがに授業でまで贔屓なことをする気はない。
──そんなことせずとも、彼女たちは頭脳明晰だからな。
「さて、この場に居ることから分かるように今日は実技では無い。ただ、たまには内側に籠もらず外に目を向けてみようということになった。なので、今回は外の世界について勉強していこうか」
絵もまた生産の一つ。
ありがたき恩恵を受け、俺は大なり小なり差のある球体を無数に描いた。
「惑星は丸い。それはすでに授業で学んでいるだろうから、省いておく。天動説と地動説云々の話は、科学や地学の先生にでも任せておく案件だ。俺が示すのはそこじゃなく──無数に存在する世界そのものについてだ」
一番大きな球体に丸を付ける。
そこに、いろんな絵を描いていく。
「呼び方はいろいろとあるが、とりあえずは『自由世界』と呼んでおこう。ほとんどの生徒たちはこの世界で生まれ育ち、俺という誘拐犯によって──この世界に移された」
人々の絵を丸で囲い、四角で囲まれた絵の中に矢印を伸ばしていく。
「ここが、今居る世界──『夢現世界』だ。ここは第一世界から第四世界の『天魔世界』と『赤色の世界』、そして『魔本世界』という場所が結び付いて存在している」
四角の隅から線が二本延ばされ、炎だらけの惑星と開いた本の絵に線が結ばれた。
名称はずいぶん前に決まったんだが、わざわざ言う暇がなかったからな。
「とまあ、俺の世界では考えられないくらい複数の世界が合体している現状だが……今回は俺が住んでいた世界──『地球』について軽く教えてやろう」
地球の絵をパパッと描いて、日本列島辺りに花丸を付ける。
「太陽系地球型惑星……だったか? 俺たちの星はそう呼ばれ、何不自由なく生きてこれた。そして、ここが俺の生きた国──日の本の国『日本』だ」
四角で囲った横長の長方形の中に、赤丸を書いて生徒たちに示す。
「リーンやラントスの一部に使われている技術は、主に俺の世界の技術だぞ。だからこそ先に進みすぎて、少々トラブルになったな」
異世界物の作品でよくあるが、技術チートのやり方が雑すぎて国に悪影響を及ぼすという出来事……あと一歩間違っていたら、それがうちの国でも起きるところだった。
幸い、優秀な人々が解決してくれたが……開発はほどほどにしなければならない、と考えを改め直すようになったできごとだよ。
「──と、ここまで格式張った授業的な説明でやってきたが……正直わけが分からなかっただろう? とりあえず、地球と日本だけ覚えておけ」
俺の出身世界ということで、なぜかテストへ出すらしいし。
たしかに歴史の授業だと、偉人の出身国を訊かれるらしいが……違和感がいっぱいだ。
「さぁ、ここからは自由に質問していい時間にしよう。一定数の質問をするか、時間が過ぎたら終わりにするから。はい、それじゃあ挙手をしてくれ!」
こういうとき、成長すればするほど手は挙がらなくなるものだが……うちの生徒たちはとても純真で、思うがままに質問をぶつけてきてくれた。
──ただ一人を除いて。
放課後のチャイムが鳴り響く。
演出として用意した夕焼けが映え、教室の中を茜色に染め上げる。
彼女の持つ朱色の髪が同じように輝き、とても綺麗だ。
「ミシェル、お疲れ様だな」
「いつものこと。メルスだって、昔はちゃんと学校に行ってたでしょ?」
「……ああ、そうだったな」
学校、退学になってなきゃいいけど。
大規模に事件が起きたデスゲームじゃないし、俺以外にAFOから転移した奴なんてまだ一人も知らない……事件性なしってことで咎められているかもしれない。
「帰ったとき、大変そうだな」
「……元の世界に帰りたい?」
「いや、約束をしてな。いつか地球を案内するって……ミシェルも行きたいか?」
「うん、行ってみたい」
やり方はそのときに決めるとしても、絶対に不可能というわけじゃない。
運営神と運営たちがどうやってやり取りをしているのか……ここを暴ければ、たぶんだが可能になるだろう。
「さて、ミシェル君にメルス先生から個人授業を行おう。ああ、割と真面目な話だから聴いていてくれよ」
「うん、分かった」
「それじゃあ始めよう──大陸についてだ」
黒板を使うのは飽きたので、ホログラムを投影して授業を始める。
アマルとナックルたちに調べさせた、現時点で集まった『自由世界』の情報をこの場に生みだす。
「この世界は正直広い……広すぎるといっていいほどにだ。おそらくだが、眷属の中に同じ大陸の出身者は一人か二人ぐらいしかいないと言ってもいいぐらいに」
「どうして?」
「いろいろと仮説はあるが、そうあることが求められたからだと思っている。さまざまな環境を用意して、その場所で適応できるかどうか……苛酷な場所に関しては、赤色の世界みたいな場所でだな」
大陸の一つをピックアップして、ミシェルに再度伝え始める。
「たとえばここ、アマル曰く無数の迷宮が乱立する場所らしい。おそらく、カナタたちが居た場所だと思われる」
「見つかったんだ」
「まあ、アイツは『どうでもいい』と言ってたけどな。もともと異世界の出身で、ずっと引き籠もってたから大陸内部での思い出なんて一つもないからな」
「そうなんだ」
その迷宮すべてが、彼らの世界にあったモノだとは考えづらいが……もしかしたら一部はそうかもしれない。
「そしてここ、ナックル曰く獣人が人口の八割を占める獣人国家らしい。だからこの世界やミシェルの大陸とは違い、獣人でないことで差別されるような環境になっている」
「…………」
「場所によって認識が違う。強者が弱者として、大衆が少数民族として扱われる。在り方が違い、そこに育つ者の考え方が違う」
「……何が言いたいの?」
目が少々怯えてしまっている。
過去はどれだけ拭おうと、すでに起きたことであり逃れることはできない。
「この世界は嫌いか?」
「……好き」
「この世界を、そこに住む人たちが怖いと今思っているか?」
「……思ってない」
最初の頃はそうだった。
しかし時間をかけて、ゆっくりと慣らすことで今のように学校へ通える程度には状態も安定していったのだ。
「──勇者と魔王は、必ずどの大陸にもその伝承が残る。だが、語られないとなればそこには必ず理由がある」
「!」
「条件もだいぶ絞り込めた。理由がどうあれ捨てようと、それでも祝福は慈愛だった。ころころと言うことが変わって悪いが……探す気はないか?」
「…………」
思うところはあるだろう。
だが、それでも偽善者として……何より家族としてこうする。
──できるのであれば、親とは好い関係を結んでおきたいからな。
「俺たちはミシェルの家族だ。少なくとも、そう思っている」
「私も……そう思ってる」
「見つかったら、もう一回訊く。真実を探す気があるのかどうか……きっと、そう悪くはないさ」
「…………」
頭を軽く撫でて、教室から出ようと……考えていたのだが、手を掴まれる。
「どうした?」
「行く」
「そうか……大丈夫か?」
「誰かといっしょになら、大丈夫」
体の震えはない、目に怯えもない。
血の気はまだ引いているが、それでもやる気が瞳に宿っている。
「できるなら……メルスと」
「仰せのままに、お嬢様。俺で宜しければ、どこへでも」
「お願い、私も知りたい」
「ああ、任せておけ」
こうしてまた、約束が一つ増えた。
……いつになったら解決するんだか。
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