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偽善者と乞い求める日々 十六月目
偽善者と小さな世界
しおりを挟む夢現空間 図書室
基本的に、彼女はここに居る。
時々助手によって手入れが行われ、それでもなおボサボサな灰色の髪を伸ばす少女。
意外とこの世界でも珍しいオッドアイを持つ、永い時を生きる魔人族の女。
白衣を身に纏う彼女は、その碧と蒼の瞳をジト目にしてこちらを見ていた。
「あの……物凄く嫌な視線なんですけど。年齢のことでも考えてません?」
「正直、眷属で一番の年長者って誰なんだろうな。やっぱり、カカかリオンかな?」
「やはり、神ですし……って、そんなに分かりやすく話を逸らさないでください」
「まあ、眷属以外も考察に含むならいろんなヤツがいるけどな。大悪魔だったり、神代の方舟だったり……」
召喚陣で呼びだすこともできるが、わざわざ確かめることでもないか。
わざとらしく話を流したのがバレたので、彼女──リュシルは頬を膨らませ、こちらを見上げるようにして睨んでくる。
「もういいです。それよりメルスさん、どうしてこちらへ?」
「ん? 眷属同士で情報共有しているんじゃないのか」
「あっ、すみません。何かの連絡がありましたか? 最近は『超越種』と『超越者』の関連性について調べていましたので。す、すぐに確認しますね」
「あっ、いや……」
止めた方が、という声は間に合わない。
すぐにボッという効果音が付きそうなほどに、顔を真っ赤にするリュシル。
何を共有したのかは……うん、本人が自分で言うと思う。
「あ、あの……その……!」
「お、落ち着けって。こっちの方が恥ずかしくなってくる」
「そ、それってやっぱり! ……うぅ、こうなるって分かってたら、マシューにも居てもらったのに……」
本当、何を知ったんだろう。
顔から火が出る思いが、きっと今の彼女のような心境だろうというのは、なんとなく俺でも理解できた。
「す、すぐに着替えて……いえ、その前にまず髪の手入れを……あうぅ」
「そ、そのままでいいから……ちょっと待ってろ。俺がやってやる」
「メ、メルスさんがですか!?」
「もちろん、女性の髪や体に気安く触るわけじゃないがな──“清潔”っと」
俺もその辺は弁えている。
まずは少しばかりほこりが付いていた髪や衣服に、魔法を使ってそれらをすべて排除していく。
「少し濡らすが、大丈夫か?」
「は、はい」
「“放水”、それに“温風乾燥”」
「ふわぁ……」
風呂上がりに何度も練習した魔法だ。
一つ目は生活魔法における、水の生成を可能とする魔法。
二つ目は火属性と風属性を合成した、いちおうはオリジナルの魔法だ。
たぶん、似たような魔法がプレイヤーたちによって何度も使われているだろうけど。
「これでお仕舞いっと。リュシルもこれ、覚えたらどうだ?」
「…………」
「おい、大丈夫か?」
「ハッ! ……そ、しょうでしゅね! お、覚えてみましゅ!」
語尾は気にしないでおく。
ただ、いずれ記憶を見た時……マシューがどんな反応をするかは気になるな。
「なあ、リュシル」
「ふわっ、ふぁひぃ!」
「……“精神安定”」
「あ、ありがとうございます。すみません、いきなりテンパってしまって」
「いや、俺も{感情}が無い状態で同じ立場に立たされていたら……きっとそうなってただろうし、気にしなくていいさ」
この世界の人々は、誰も彼もが美男美女という地球のモブに厳しい世界だ。
そんな中、合法ロ……年齢という問題を超えた可憐な少女と話すことができたなら。
普通の俺はこの時点でアウトだな。
「まあ、ネロの場合はただずっと研究の手伝いをしてただけだし。リュシルのそれを手伝うってことでどうだ?」
「いえ、ほとんど纏まりかかっていますので大丈夫です。どちらもレベル制限を超え、特殊な力を持つ存在……そして、何らかの神より神から加護か呪縛を受ける。これが超越するための条件と推測されます」
「リアは運命神と針の神から呪縛、俺は生産神の加護。リュシルは……」
「探求神様と研究神様の加護ですね。当時はまだ、義侠神から呪縛を受けてませんし」
そして、特殊な力。
俺は[眷軍強化]、リアは不老の体、リュシルは[神代魔法]……もしかしたら、力の方はまだ未覚醒かもしれないが、これらの可能性がかなり高い。
何より──(種族限界突破)スキル。
超越種の方にこれがあるか分からないが、リアとリュシルにはこのスキルがあった。
……俺は例外として、リアのそれを模倣して習得したんだけどな。
「そうだ……リュシル、これ要るか?」
「なんですか、この本?」
「クソ女神と俺の考え方は、一部を除いて似ているからな。参考になると思って、俺なりの解釈で創ってみたんだ」
まだ開いていないオークションで手に入れた魔本も含め、俺は二冊を有している。
それらの違いを照らし合わせれば、生産神の加護によって生みだすことができた。
「名付けて『小さな世界』。<箱庭造り>の力が付与されているから、天地開闢もすぐにできる。とりあえず、行ってみるか」
「えっ? ま、まだ覚悟が──」
「レッツゴー!」
本を開いた瞬間、図書室全体を照らすような眩い光が放たれる。
俺たちの体は魔本の中に描かれた魔法陣を介し──吸い込まれ、取り込まれていく。
◆ □ ◆ □ ◆
???
名も無き世界は真っ新だ。
よく訪れる空間に似ているが、それを意識して創造したのだから仕方が無い。
「メルスさんは、私がこれを持ってどういう風に使うと思うんですか?」
「これを量産する気はないから、リュシルに預けておくんだが……<禁忌学者>の完全記憶能力に何か効果があるかと思ってな」
「……これ、どうすればいいんですか?」
「今日はこれの説明で、丸一日使うことになりそうだな……」
後で言うつもりだが、ここでなら彼女の研究もより深く試すことが可能だろう。
──神髄、その生成とそれによる新たな神の創造とかつての神の復活についてを。
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