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偽善者と乞い求める日々 十六月目
偽善者と壁として
しおりを挟む夢現空間 礼拝堂
「…………」
礼拝堂で祈る少女が一人。
遠くから見た時、まず目に入るのは背中に生えた白い翼だろう。
そして、次に見るのは彼女の頭──その上で輝く光の輪である。
「また祈っているのか?」
「メルス様……」
「俺に天使の格を上げる手段があったら……そんな風に悩ませることは無かったのにな」
「い、いえ。こ、今回は別のことを祈りに来ただけですので!」
そう、今回という部分で分かると思うが、俺の言った理由で祈ることもあるのだ。
御使いであるレミルは──条件を満たさない限り、ずっと成長できないから。
「御使いは文字通り使いの天使。下界に降りている間は、成長はすれども進化することはない。それは神の決めるべきこと……面倒な仕組みだよな」
「……はい」
「使命であるフーラとフーリの封印が外されたうえ、俺に隷属したことでいろいろと業がな……天魔の頃から守護のお蔭で堕天はしなかったけど、かなり不味いことだったしな」
「この選択に、間違いはありませんでした。レン様に……その、説得されましたが、今では皆さんと過ごす日々をとても充実したモノに思えています」
レミルはもともと、レンが俺の肉か……もとい盾として働くために洗の……つまり教育が行われた天使である。
あの頃は少しでも戦力が欲しかったし、いろいろと精神もアレなテンションだったし。
そんな小さな出来事を経て、レミルは俺の眷属として『迷宮学校』で講師として働いてくれたりしている。
他の眷属も講師をすることがあるが……一番多いのはレミルだな。
「ところでメルス様……一つ、お頼みしたことがあるのですが」
「なんでも言ってほしいが……真面目な話みたいだな」
「はい。これから、いっしょに来てほしい場所があります」
「分かった」
少しぐらい顔を赤くしてくれているかと思いきや、振り返ってこちらを見る表情はとても真剣で……こちらも相応の態度で応える必要があるとすぐに理解できた。
そのせいか、『侵化』を使っていた影響もすぐに消え失せる……眷属のためなら、あらゆることをやる所存である。
◆ □ ◆ □ ◆
闘王技場
そんなこんなで場所を移動した。
俺とレミルは向かい合い、それぞれ武具を握り締めて所定の位置と視線を重ねる。
「似合ってるぞ、その装備」
「……このような機会を設けていただいたうえに、こうした装備まで」
「好いんだよ。正直に言うが、装備差だけで俺が勝てる。性能テストも兼ねて、今回はこれを使ってほしい」
「ありがとうございます」
これまでの眷属にも配っていたが、何度かバージョンアップさせた装備──そのレミル版である『拿掠』シリーズ。
名前とは裏腹に、その見た目はレミル自身の美しさもあってとても好い。
基本は甲冑なのだが、所々にビニールのように半透明な素材で編まれたドレスが構築されている。
色は甲冑部分が白銀でドレスが蒼色、素材はすべて貴重な物……普通のプレイヤーたちにとっては、だが。
「それじゃあ──始めるか」
「はい──いつでも」
レミルは両手にそれぞれ大きな盾を持つ。
同時に、自身の周囲にいくつもの武具が生みだし宙で待機させた。
それが彼女の戦闘スタイル。
自身は鉄壁の盾となり、巧みに武具を操ることで攻めずに勝つことができるのだ。
俺はそれに二振りの剣で挑む。
それぞれ虹色と透明の煌めきを宿し、俺のやる気に呼応して文字通り輝いている。
「俺から行くぞ」
「分かりました」
了承を得て、模擬戦は始まる。
ただジグザグに動いて迫り、レミルの首目がけて透明の剣を振るった。
「ふっ!」
レミルは近い方の盾を構え、剣に向ける。
巧みな操作によって、剣は吸い込まれるように盾の中心に命中し──俺の中からナニカが失われた。
「っ……これが『拿掠』か」
「さすがメルス様の力です。少量でこれほどまでに満ちるなんて……」
「分かってはいたが、ずいぶんと成長したものだな。さすが、盾役だよ」
「今はまだ、名目上のですがね!」
待機していた武具たちが、空を翔けて俺の下へ飛んでくる。
すぐに剣を振り回して捌くのだが──当たるごとに何度も力が抜けてしまう。
「武具でも使えるのかよ!」
「合わせるだけでしたら、何度も練習しましたので」
レミルが身に纏う『拿掠』のセット装備効果──それは完全防御時の、身力の掠奪だ。
簡単に言えば、もっとも耐久度が減らない場所で防御できれば相手から力を奪い取れるのだ……つまり、無限に戦えるわけだな。
今回の模擬戦に武技は使わない。
レミルは俺に証明をするんだとか、だから俺も可能な限り全力でそれに応える。
「奪われても<久遠回路>があれば、いずれ回復するわけだぞ!」
「そうなる前に終わらせましょう。もっともこの時間は、とても素敵なものですけど」
「二人でいっしょに居るよりもか?」
「もちろんそれが一番ですが……メルス様に自分のことを分かってもらえる。何をしていたかを身で知ってもらえるのです。とても素敵ではありませんか」
戦闘狂、じゃなかったはずなんだが……。
飛来する短剣を弾くが、再び完全防御が成立したのか体からエネルギーが奪われる。
回路を巡らせるには、増幅するための燃料が必要だ……それすら無ければ炉に火が灯ることはない。
「悪いな、レミル。負ける気はしないさ」
「もちろんです。ですが、私とてあっさりと負けはしませんよ」
「……そうだな。だからこそ、今のレミルなら充分にできそうだ」
「えっ……?」
動揺した、そう感じて勢いよく迫る。
慌てた表情で武具を操るが──俺が着く方が速い!
「終わりだ」
「いいえ、まだです!」
「おっと」
レミルの大盾には、緊急時に結界を構築できるような術式を組み込んである。
スー先生監督の下で創り上げた一品であるため、回路に魔力を注ぐのがどれだけ雑でもかなりの硬度が保障される名盾だ。
「『結界展開』!」
「っ……!」
「武技ではありませんよ?」
「そう、だな。なら、こっちもただ防がれるわけにはいかないな!」
虹色を宿す剣は、属性魔法を強化する。
無色に輝く剣は、対応行動を無視する。
──その双方を駆使して、盾を突破しなければならない。
虹色に宿すのはもっとも速度を上げるのに長けた、黄色の輝き。
透明な剣は道を切り開くべく、一瞬で強化された肉体によって縦と横に振るわれ、一時的に結界に十字の穴を生みだす。
「トドメだな」
雷の速度で黄色く輝く剣を突く。
猛烈な勢いで文字通り突き進んだ剣は──甲高い音によって動きを止められる。
「んなっ!」
「まだ、終わりませんよ」
「……御使いでそこまでやれるなら、熾天使になったときが楽しみだよ」
「ふふっ、俄然やる気が湧いてきました」
受け止めきれない剣ではなく、それを操る俺の腕を直接破壊してきた。
大盾は完全防御に失敗し、片方に無視できない大きさの罅ができる。
だがそれでも、もう片方が空いていれば俺の腕など容易く壊せるだろう。
「最高だよ、レミル。盾役は合格だな」
「ありがとうございます」
「約束は果たそう。もし、俺独りじゃどうしようもなくなったら──守りたいモノを守れなくなったそのときにはレミルを呼ぶ。……けど、今日はここまでだな」
「お願いしますね……メルス……様」
唐突だが、予測できたこと。
連続して完全防御を発動させ続けた集中力の代償は、このような急なダウンだった。
「お疲れ様、レミル」
「めるすさまぁ……」
「ゆっくりと寝ていれば治る。いっしょに居るから、今は休め」
「わ、わぁりましたぁ……」
なかなか見ないレミルの舌足らずな台詞。
それを見てほっこりしながら、彼女の頭を膝に載せて時が過ぎるのを楽しむのだった。
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