上 下
1,085 / 2,518
偽善者と乞い求める日々 十六月目

偽善者と鏡の湖

しおりを挟む


 リーン


「…………」
「…………」


 翌日、フーリを迎えに行った俺だが……当然そこには、フーラも居るわけで。


「……どうしたの?」

「な、なんでもないぞ!」

「そ、そう! フーリ、別に何もなかったんだからね!」

「……何も言ってない」


 俺の精神は常に一定を維持しているはずだが、フーラに釣られて動揺してしまう。
 というか、他者と感情を共有できる能力もあるからな……勝手に発動しているのかもしれない。


「そ、それよりもだ、フーリ。今日はどこに行きたいんだ?」

「……お姉ちゃんと同じ場所」

「そうなると、森に行くことになるが……本当にいいのか?」

「フーリ、メルス様ならどこでも連れていってくれるわよ。私のことは気にしないで、行きたい場所に行ったらどう?」


 お姉ちゃん(妹)至上主義……というか、若干のシスコン疑惑があるこの姉妹。
 フーラはフーリの方が優れていると思っているし、フーリはフーラの方が優秀だと感じている──どっちも凄いんだけどさ。

 まあ、姉である分フーラの方がいろいろと考えることが多いのだが……妹であるフーリは姉よりも少し執着した考えをしている。
 彼女たちの身に起きた、奴隷云々の問題などもあって少し変化はあったらしいが──根本的な面は変わらない。


「……分かった。メルス様に任せる」

「おっと、俺に飛んできた」

「メルス様……お願いします」

「ん? ああ、フーリに最高だったと言わせれるような一日にしてやるよ」


 姉離れ云々とかヤバい精神状態……というわけでもない、ただ姉が好きなだけだ。
 ついでに言えば、【英雄】という面白い運命を用意した俺にも感謝してくれている。

 そう感じてくれているお礼を、今回はする予定だ。




 主張は変わらなかったので、とりあえず森に移動した。
 ただし、フーラが居た木々の隙間から日射しが射し込むような場所ではなく、少々開けた空間にだ。


「……湖?」

「来たことはあるだろ?」

「……お姉ちゃんと、他のみんなといっしょに遊びに来た」

「まあな。そういう風に使ってほしい、俺も最初から考えて用意した場所だし」


 なんとなくピクニックにピッタリな場所をイメージしてもらいたい。
 綺麗な湖は空の景色を鏡映しに投影し、中で泳ぐ魚たちは空を泳いでいるようにも思えるのどかな空間。

 魔物や愚物(知性皆無な魔物)が入ってこないように結界を構築してあるので、小さな子供だけでも遊べるようなスポットである。


「……なんでここ?」

「ふっふっふ、俺がただ子供が遊べるような場所にするためだけにこういう場所を用意したと思うか?」

「……釣り?」

「あっ、うん。それもそうなんだが……他にも仕掛けが用意されているんだよ」


 ちなみに、<複製魔法>で用意したレアで美味しい魚がここでは泳いでいる。
 釣りでしか釣れないようにプログラムしてあるので、反則はできないぞ。


「実は、偉い人の一部が知っているんだが、もしものときのための避難通路が、この世界にはいくつか用意されているんだ」

「! ……気になる」

「そうだろう? フーリは【英雄】だし、もしかしたらここを使うかもしれない……そんな必要は無い方がいいが、せっかくだからここを案内してやろう」

「……お願いします」


 避難通路に行くためには、特別なアイテムが必要となる。
 眷属の場合は、それを必要とせず鍵を開くこともできるのだが……正攻法を教えておくのもいいだろう。


「まずはこれ──『鏡の雫』。これをこの湖に垂らす」

「……変わらない?」

「すると、ここが一時的に異空間へと繋がる道になる。……下を見てみろよ」

「……変わらない」


 まあ、そうだろうな。
 見られてバレるようでは、避難場所として使えない。
 一瞬でフーリをお姫様抱っこして、そのまま湖を覗き込む。


「それじゃあ、ちょいと失礼」

「! ……恥ずかしい」

「今は俺とフーリの二人っきりだ。それじゃあ、行ってみるぞ」

「……えっ?」


 フーリのキョトンとした表情を無視して、そのまま湖の中へ飛び込む。
 すると驚きで目をギョッとさせるが……今度は別の意味で驚くことになる。


「なに、ここ……」

「鏡の世界ってやつだな。リーンの世界を反転させた場所をここに構築してある……細かい説明はできないが、知りたいなら図書室に資料が飾ってあるぞ」

「……見にいく」


 うん、劇場版ドラ◯もんとしてな。
 あれでやっていた、鏡の世界を再現してみた特殊な世界だ。
 一部の場所には常時干渉可能で、連絡手段や先も挙げた通り避難通路として使える。


「ああ、人は居ないぞ。この世界には今、俺とフーリしかいない……面白いか?」

「……面白い」


 フーリならそう言ってくれると思った。
 誰も居ない場所、静かな空間……姉が居ない場合、彼女はそういった場所を好む。


「なあ、フーリ。何か、やってみたいことはあるか?」

「……お姉ちゃんの手伝い」

「うん、それは大いに結構なんだが……個人としてやりたいことはないのか?」

「……無い」


 フーリには具体的な目標が無い。
 姉のためになりたい、そう願うのは構わないが……それ以上に、何か抱いてもらいたいと考えている。


「俺もさ、具体的な夢なんて無かったんだ。偽善者をやりたいな~って思って、けどどうすればいいか分からなくて……いつの間にかこの歳になっていた」

「…………」

「こっちに来て、いろんなことをして、いつの間にか王様になっていた。けど、具体的な夢は無かった。お前たち眷属を、幸せにすることは決めているんだが……俺自身が、どうなりたいかがな……」

「……メルス様は、幸せじゃないの?」


 首を横に傾げ、そう尋ねてくる。


「幸せ、なんだろうな。みんなといっしょに居られて、その時間が誰にも奪われない。守りたい国民が居て、笑ってくれている……これが幸せなんだろうな。うん、あの頃よりも楽しく生きていられる」

「……メルス、様?」

「おっと、急にどうした?」

「……分からない。けど、なんとなく」


 突然、俺を屈ませると──頭をポンポンと優しく叩いてから撫で始めるフーリ。
 なんとなく、その目には母性的な何かがある気がするんだが……大丈夫だよな?


「……なんとなく、やりたいことが分かった気がする」

「なんでこのタイミングか分からないが……まあ、おめでとう」

「……お姉ちゃんとも相談したい」

「それはもう少し後でな。とりあえず、この世界に来た目的を果たさないと」


 忘れてた、と本気で言うフーリ。
 面白いって言ってくれたはずなんだが……少々落ち込む俺であった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

DPO~拳士は不遇職だけど武術の心得があれば問題ないよね?

破滅
ファンタジー
2180年1月14日DPOドリームポッシビリティーオンラインという完全没入型VRMMORPGが発売された。 そのゲームは五感を完全に再現し広大なフィールドと高度なグラフィック現実としか思えないほどリアルを追求したゲームであった。 無限に存在する職業やスキルそれはキャラクター1人1人が自分に合ったものを選んで始めることができる そんな中、神崎翔は不遇職と言われる拳士を選んでDPOを始めた… 表紙のイラストを書いてくれたそらはさんと イラストのurlになります 作品へのリンク(https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=43088028)

虚弱生産士は今日も死ぬ ―小さな望みは世界を救いました―

山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。 Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。 最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!? ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。 はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切) 1話約1000文字です 01章――バトル無し・下準備回 02章――冒険の始まり・死に続ける 03章――『超越者』・騎士の国へ 04章――森の守護獣・イベント参加 05章――ダンジョン・未知との遭遇 06章──仙人の街・帝国の進撃 07章──強さを求めて・錬金の王 08章──魔族の侵略・魔王との邂逅 09章──匠天の証明・眠る機械龍 10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女 11章──アンヤク・封じられし人形 12章──獣人の都・蔓延る闘争 13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者 14章──天の集い・北の果て 15章──刀の王様・眠れる妖精 16章──腕輪祭り・悪鬼騒動 17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕 18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王 19章──剋服の試練・ギルド問題 20章──五州騒動・迷宮イベント 21章──VS戦乙女・就職活動 22章──休日開放・家族冒険 23章──千■万■・■■の主(予定) タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。

俺と異世界とチャットアプリ

山田 武
ファンタジー
異世界召喚された主人公──朝政は与えられるチートとして異世界でのチャットアプリの使用許可を得た。 右も左も分からない異世界を、友人たち(異世界経験者)の助言を元に乗り越えていく。 頼れるモノはチートなスマホ(チャットアプリ限定)、そして友人から習った技術や知恵のみ。 レベルアップ不可、通常方法でのスキル習得・成長不可、異世界語翻訳スキル剥奪などなど……襲い掛かるはデメリットの数々(ほとんど無自覚)。 絶対不変な業を背負う少年が送る、それ故に異常な異世界ライフの始まりです。

モノ作りに没頭していたら、いつの間にかトッププレイヤーになっていた件

こばやん2号
ファンタジー
高校一年生の夏休み、既に宿題を終えた山田彰(やまだあきら)は、美人で巨乳な幼馴染の森杉保奈美(もりすぎほなみ)にとあるゲームを一緒にやらないかと誘われる。 だが、あるトラウマから彼女と一緒にゲームをすることを断った彰だったが、そのゲームが自分の好きなクラフト系のゲームであることに気付いた。 好きなジャンルのゲームという誘惑に勝てず、保奈美には内緒でゲームを始めてみると、あれよあれよという間にトッププレイヤーとして認知されてしまっていた。 これは、ずっと一人でプレイしてきたクラフト系ゲーマーが、多人数参加型のオンラインゲームに参加した結果どうなるのかと描いた無自覚系やらかしVRMMO物語である。 ※更新頻度は不定期ですが、よければどうぞ

VRMMO~鍛治師で最強になってみた!?

ナイム
ファンタジー
ある日、友人から進められ最新フルダイブゲーム『アンリミテッド・ワールド』を始めた進藤 渚 そんな彼が友人たちや、ゲーム内で知り合った人たちと協力しながら自由気ままに過ごしていると…気がつくと最強と呼ばれるうちの一人になっていた!?

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

女神様から同情された結果こうなった

回復師
ファンタジー
 どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。

処理中です...