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偽善者と乞い求める日々 十六月目

偽善者と鏡の湖

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 リーン


「…………」
「…………」


 翌日、フーリを迎えに行った俺だが……当然そこには、フーラも居るわけで。


「……どうしたの?」

「な、なんでもないぞ!」

「そ、そう! フーリ、別に何もなかったんだからね!」

「……何も言ってない」


 俺の精神は常に一定を維持しているはずだが、フーラに釣られて動揺してしまう。
 というか、他者と感情を共有できる能力もあるからな……勝手に発動しているのかもしれない。


「そ、それよりもだ、フーリ。今日はどこに行きたいんだ?」

「……お姉ちゃんと同じ場所」

「そうなると、森に行くことになるが……本当にいいのか?」

「フーリ、メルス様ならどこでも連れていってくれるわよ。私のことは気にしないで、行きたい場所に行ったらどう?」


 お姉ちゃん(妹)至上主義……というか、若干のシスコン疑惑があるこの姉妹。
 フーラはフーリの方が優れていると思っているし、フーリはフーラの方が優秀だと感じている──どっちも凄いんだけどさ。

 まあ、姉である分フーラの方がいろいろと考えることが多いのだが……妹であるフーリは姉よりも少し執着した考えをしている。
 彼女たちの身に起きた、奴隷云々の問題などもあって少し変化はあったらしいが──根本的な面は変わらない。


「……分かった。メルス様に任せる」

「おっと、俺に飛んできた」

「メルス様……お願いします」

「ん? ああ、フーリに最高だったと言わせれるような一日にしてやるよ」


 姉離れ云々とかヤバい精神状態……というわけでもない、ただ姉が好きなだけだ。
 ついでに言えば、【英雄】という面白い運命を用意した俺にも感謝してくれている。

 そう感じてくれているお礼を、今回はする予定だ。




 主張は変わらなかったので、とりあえず森に移動した。
 ただし、フーラが居た木々の隙間から日射しが射し込むような場所ではなく、少々開けた空間にだ。


「……湖?」

「来たことはあるだろ?」

「……お姉ちゃんと、他のみんなといっしょに遊びに来た」

「まあな。そういう風に使ってほしい、俺も最初から考えて用意した場所だし」


 なんとなくピクニックにピッタリな場所をイメージしてもらいたい。
 綺麗な湖は空の景色を鏡映しに投影し、中で泳ぐ魚たちは空を泳いでいるようにも思えるのどかな空間。

 魔物や愚物(知性皆無な魔物)が入ってこないように結界を構築してあるので、小さな子供だけでも遊べるようなスポットである。


「……なんでここ?」

「ふっふっふ、俺がただ子供が遊べるような場所にするためだけにこういう場所を用意したと思うか?」

「……釣り?」

「あっ、うん。それもそうなんだが……他にも仕掛けが用意されているんだよ」


 ちなみに、<複製魔法>で用意したレアで美味しい魚がここでは泳いでいる。
 釣りでしか釣れないようにプログラムしてあるので、反則はできないぞ。


「実は、偉い人の一部が知っているんだが、もしものときのための避難通路が、この世界にはいくつか用意されているんだ」

「! ……気になる」

「そうだろう? フーリは【英雄】だし、もしかしたらここを使うかもしれない……そんな必要は無い方がいいが、せっかくだからここを案内してやろう」

「……お願いします」


 避難通路に行くためには、特別なアイテムが必要となる。
 眷属の場合は、それを必要とせず鍵を開くこともできるのだが……正攻法を教えておくのもいいだろう。


「まずはこれ──『鏡の雫』。これをこの湖に垂らす」

「……変わらない?」

「すると、ここが一時的に異空間へと繋がる道になる。……下を見てみろよ」

「……変わらない」


 まあ、そうだろうな。
 見られてバレるようでは、避難場所として使えない。
 一瞬でフーリをお姫様抱っこして、そのまま湖を覗き込む。


「それじゃあ、ちょいと失礼」

「! ……恥ずかしい」

「今は俺とフーリの二人っきりだ。それじゃあ、行ってみるぞ」

「……えっ?」


 フーリのキョトンとした表情を無視して、そのまま湖の中へ飛び込む。
 すると驚きで目をギョッとさせるが……今度は別の意味で驚くことになる。


「なに、ここ……」

「鏡の世界ってやつだな。リーンの世界を反転させた場所をここに構築してある……細かい説明はできないが、知りたいなら図書室に資料が飾ってあるぞ」

「……見にいく」


 うん、劇場版ドラ◯もんとしてな。
 あれでやっていた、鏡の世界を再現してみた特殊な世界だ。
 一部の場所には常時干渉可能で、連絡手段や先も挙げた通り避難通路として使える。


「ああ、人は居ないぞ。この世界には今、俺とフーリしかいない……面白いか?」

「……面白い」


 フーリならそう言ってくれると思った。
 誰も居ない場所、静かな空間……姉が居ない場合、彼女はそういった場所を好む。


「なあ、フーリ。何か、やってみたいことはあるか?」

「……お姉ちゃんの手伝い」

「うん、それは大いに結構なんだが……個人としてやりたいことはないのか?」

「……無い」


 フーリには具体的な目標が無い。
 姉のためになりたい、そう願うのは構わないが……それ以上に、何か抱いてもらいたいと考えている。


「俺もさ、具体的な夢なんて無かったんだ。偽善者をやりたいな~って思って、けどどうすればいいか分からなくて……いつの間にかこの歳になっていた」

「…………」

「こっちに来て、いろんなことをして、いつの間にか王様になっていた。けど、具体的な夢は無かった。お前たち眷属を、幸せにすることは決めているんだが……俺自身が、どうなりたいかがな……」

「……メルス様は、幸せじゃないの?」


 首を横に傾げ、そう尋ねてくる。


「幸せ、なんだろうな。みんなといっしょに居られて、その時間が誰にも奪われない。守りたい国民が居て、笑ってくれている……これが幸せなんだろうな。うん、あの頃よりも楽しく生きていられる」

「……メルス、様?」

「おっと、急にどうした?」

「……分からない。けど、なんとなく」


 突然、俺を屈ませると──頭をポンポンと優しく叩いてから撫で始めるフーリ。
 なんとなく、その目には母性的な何かがある気がするんだが……大丈夫だよな?


「……なんとなく、やりたいことが分かった気がする」

「なんでこのタイミングか分からないが……まあ、おめでとう」

「……お姉ちゃんとも相談したい」

「それはもう少し後でな。とりあえず、この世界に来た目的を果たさないと」


 忘れてた、と本気で言うフーリ。
 面白いって言ってくれたはずなんだが……少々落ち込む俺であった。


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