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偽善者と乞い求める日々 十六月目
偽善者と上塗り
しおりを挟む第一世界 リーン
自然フィールドでは主に、農作物の収穫や森林の伐採が行われている。
魔物では無い生物などを外界から集めて、できるだけ自然というものを再現しようとしているので、まあそれなりに緑豊かだ。
「メルス様!」
「……メルス様」
「お前ら、こっちに居たのか。いつもお仕事ご苦労様だ」
「い、いえ……そんなことはありません」
「……やりたくて、やってること」
「そうか。それなら、やりたいようにやってくれるのが一番だ」
他の村人たちにバレないよう、認識阻害を施してフーラとフーリに接触する。
なんだか神格化された自分を崇めるって、崇められる側が疲れるんだよな。
つい先日、そんな人々へのサービスは済ませたのだから今回は省かせてもらう。
「フーラかフーリ。どっちが先でもいいが、今日の予定は空いてるか? 今日明日で、二人と遊びたいんだが……」
「い、いいんですか?」
「……仕事」
「俺は大丈夫だ。だから、二人で話し合って順番を決めてくれ。二人同時にでもいいが、どうせならそれは別の機会にな?」
その後、少ししてやっている作業を終えた二人は両親にその旨を伝えに行く。
俺も同席したのだが、やはり母は強しという言葉の意味を身を以って教えてくれる父親の姿がそこにはあった。
そして、彼女たちの都合を考えて昼を挟んだ午後の時間。
「お、お待たせしました」
「いや、そう慌てなくてもいい。その気になれば、時間なんて好きなだけ用意しよう」
「ほ、本当ですか?」
「魔法もあるが、こういう機会が一度だけとは決まってないだろ? 満足できなかったらもう一回、ただそれだけだ」
今回はフーラと出かけることになった。
村までそう遠くは無いので、遠くからフーリが見守っているのが確認できる。
「もう、フーリったら……」
「姉が男に何をされるのか、心配なのかもしれないぞ」
「メ、メルス様にでしたら……その、どのようなことでも……」
「…………」
そういえば、『迷宮学校』の方で保健体育の授業はどこまで教えたのだろうか?
やりすぎはアウトだが、それなりに性知識が無いとフーラみたいな発言が出てしまう。
「そ、それじゃあ行くか。フーラ、行くとしたらどこに行きたい?」
「メルス様が連れて行ってくれる場所であれば、どこであろうと構いません」
この娘、結構危ういんじゃないか?
これで俺がラブなホテルにでも連れて行ったら、どうする気なのだろうか……いや、出会ってからもう成長してるし、こっちの世界だとセーフゾーンもだいぶ広いんだよな。
「まあ、とりあえず森を散策するか」
「はい!」
これまでにどこかを散策することを選んだ眷属と異なり、場所を指定していっしょに歩くという選択肢は取りがたい。
俺にそういったセンスは皆無で、女の子が喜ぶ場所なんて分からないからだ。
ただ、少し前に『赤ずきん』の世界であるロットカップを訪れた時、森の中は少し綺麗だと思った……だから今回は同じような場所へ行くことに決めた。
俺もそれなりに、地形の創造には苦戦したものだ……できるだけ国民に喜んでもらえるように、風景の設置にはこだわったつもりではあるが、先ほども言ったがセンスはゼロ。
何かで観たような景色しか、再現することはできなかった。
「凄いですね……温かい光です」
「俺の世界でも、こういう場所は落ち着くって言われてたよ。自然の中で、太陽の光が程良く入ってくるからな」
「そうなんですか? けど……そうですね、ポカポカしてきました」
ここは剣と魔法のファンタジー世界だ。
その気になれば、精神論すらも現実に帰ることができる。
まあ、この場合は本当に、精神が落ち着き陽光で体が温まるようにしてあるだけだが。
かつてリョクから聞いた話では、ここは老人たちの憩いの場でもあるらしいぞ。
そんな場所を二人で歩きながら、いろいろな話をしていく。
たわいない世間話や、眷属になったことで起きたこと……また、村の人々が今の現状をどう思っているのかを。
「そうか……不満は無いのか」
「ありえません! 私たちが、メルス様の国であるリーンに不満を抱くことなど……感謝しています、あの場所から助けていただいたこと。お蔭でフーリや両親といっしょに暮せています」
「フーラの声が届いたからだよ。もし、それがなかったら俺はお前たちに気づくこともなくあの場から離れていたかもしれない」
偽善者なので、救いの声という重要な案件が無ければ適当に動くことしかない。
だがあのとき、たしかにフーラが想う声が届いた──だからこそ、俺は偽善者としてあの場に現れた。
「助けられた、お前たちを。決して法に則っていては救えなかったから、少々強引な方法になったが……誰一人、欠けることなくあの場に居てくれてよかった。あっ、悪いな。そもそも捕まることがダメだったか」
「いえ……先代の国王様には、頭を下げてまでしてお詫びしていだだきました。王様が本当に心優しい人だということは、理解できます……しかし、国が動いて私たちを奴隷にしようとした事実は変わりません」
「粛清はしたから、今のルーンはクリーンな国だけどな。ただ、どれだけ歴史を上塗りしようと、埋もれた過去は変わらない……その想いは、別に忘れなくても構わないさ」
時すでに遅し、という言葉がある。
手遅れやもう修正の効かない段階に入っているという意味だが、感情と理性は別もの。
たとえその想いをぶつけたくても、すでにぶつけたかったものはない……忘れようと理性は励もうが、感情は当時の想いをいつまでも引き摺り続ける。
「どうするかはフーラや村全体の問題だ。俺はそれを肯定するし、偽善者としてルーンとの折り合いも付ける。滅ぼしたいなら、そういつでも言ってくれ」
「さ、さすがにそこまでは……」
「そうか? まあ、選択は自由だ。俺は誰の味方でもなく偽善者だ、その範囲内でなら手伝ってやるよ」
「あ、ありがとうございます」
賢い少女だ。
選択肢を与えられてもすぐに選ばず、選んだ場合をしっかりと考慮するだけの知性を有している……昔の俺、そういうの全然考えずに適当に生きてたからな。
「本当、環境が人を育てるのかな?」
「……もう、私は成長したんですよ」
「じゃあ、止めるか?」
「…………いえ、このままがいいです」
頭を撫でたのだが、少し頬を膨らませて怒る……演技をするフーラ。
手を放そうとすると、そっと俺の手を掴んで頭に押し付けてきた。
「そうか? なら、続けるが……別のことでもいいんだぞ?」
たとえば、食べ物とか……と言おうとした俺の体は、グイッと何かに引っ張られるようにしたバランスを崩して地面に倒れる。
「では、メルス様──こうさせてください」
そういってフーラは、俺の頬にそっと口づけを残した。
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