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偽善者と乞い求める日々 十六月目

偽善者と牧場

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 夢現空間 牧場


 いろいろとある俺の夢現空間だが、なぜか家畜を育てられる環境まで存在する。
 予想としては、(獣人神の加護)辺りが働いているんだとは思うが……不思議でいっぱいな世界だ。


「クエラム!」

「メルス、来てくれたのか」

「いや、育ててもらっているのはこっちだしな。最近は眷属の所を転々としてるし、順番的にクエラムかなって」

「おおっ、それは……それは凄くいいぞ!」


 なんだかジゴロみたいなクソ発言だが、喜ぶクエラムの表情に物凄く心が痛む。
 うん、俺という偽善者&ハーレム願望しかないド底辺カス野郎にとって、眷属とは家族であり清涼剤であり……己自身を見つめ直す鏡でもあるのかもしれない。


「ちなみにだがクエラム。その格好、似合っていると思うぞ」

「うむ。さすがはメルスの作った作業着だ、一度として不満を抱いたことはない!」

「そ、そうか……うん、ありがとう」


 地味めな灰色の作業服のはずだが、着ている者がかなりの美女なためか、それすらも映えていた。
 何より、いろいろと強調がな……はい、控えめに言っても最高です。


「メルス、見ての通り己はしっかりとここを管理できているぞ」

「さすが聖獣様ってことだな」

「ふっふっふ、今は違うではないか。そう、己の種族名は──【聖魔獣王】だぞ!」


 バーンと胸を張って自慢するクエラム。
 そのさい、当然のように揺れるものが……あっいえ、なんでもありません。


「問題が起きたことは?」

「初めの内は少々あったが、慣れない環境へのストレスが主な理由であった。組み換え自体に問題は無かったぞ」

「やっぱり大丈夫か……これなら、交渉の材料に使えるかもしれない」


 クエラムにここを任せている理由。
 それは、遺伝子組み換えをやってもらっているからだ。

 地球でも、クローン動物を生みだしたり品種改良をするという実験は何度も行われている……まあ、クローン動物に関しては、俺の知る限り法律で禁止されたんだが。

 だが異世界でそんなことを気にしては、一生ホムンクルスには出会えない!
 第一段階、というかテストケースとして家畜への改良をクエラムに任せているのだ。


「交渉? ああ、分け与えるということだったな。そうだ、牛乳を飲んでいかないか?」

「……俺、あんまり好きじゃないんだがな」

おのが保証する。この乳は好い乳だ!」

「…………その言い方、外ではするなよ」


 幸いにして、神が認めた最高品質の家畜を俺は持っていた──エリアボス討伐で手に入れた『豊穣牛の卵』から生まれた牛だ。
 無限に旨い乳が出てくるのだが、育て方でその品質が変動してしまう特殊な牛である。

 まあ、それを解析して野生で捕まえた牛や創造した牛に、クエラムが遺伝子改変を行うことでどうなるかを実験しているのだ。
 今のところ、まだ絞れるほど成長していないので、しっかりと生きているかの確認が主な実験的面である。


「んぐっ、んぐっ……物凄く美味いな」

「そうだろうそうだろう。メルスの貸してくれた、この手袋のお蔭でもあるがな」

「『牧畜の手袋』は、あくまで補助でしかない。クエラム、お前自身が丹精込めて働いていてくれるからこその結果だろ」


 牛乳嫌いの者なら分かると思うが、あの嫌に口に残る感覚が無いのだ。
 代わりに染み渡るのは生クリームのような甘く、すぐに消えていくのど越し……ファンになるな、これは。


「これでソフトクリームを作ったら、さぞ人気になるだろうな」

「おおっ、ソフトクリームか! 知っているぞ、あの巻くアレだな!」

「たとえが微妙だが……まあ、これだな」


 普通の材料で集めたソフトクリーム。
 常にグラのため、“時空倉庫ストレージ”の中に保存していた物を取りだしてクエラムに渡す。


「メルス、冷たくて美味しいのだな!」

「そう焦らずとも、いくらでもある。ゆっくりと食べろよ」

「……メルスは食べないのか?」

「ん? まあ、バニラはあんまりだが、それ以外の味ならいいぞ」


 俺もまた、チョコ味のソフトクリームを食べ始める。
 また、その場にベンチを取りだして置き、二人でそこに座って話す。


「終焉の島に居た奴にはだいたい話しているが、まだ大陸の中にお前たちから聞いたような場所は見つかっていない。何かしたいとしても、まだそれはできない」

「……そうか」

「嫌なことを思いださせるのもあれだが、このさい訊いておこう。クエラムは、ティルの国を襲った帝国をどうしたい?」

「…………」


 当時、聖獣であった子供のクエラムは帝国に攫われて人(獣)体実験を強制的に受けさせられていた。
 意思なども奪われ、最後はティルの国を破壊する魔獣兵器として使われる。

 破壊自体はティルの決死の封印でどうにか最小限で済んだものの、彼女を家族から引き剥がしてしまったのは自分のせいだと悔やむ時期もあったな。


「己は……ティル次第だ。己が使われたのはティルの国であり、己を止めたのもティル。結局のところ、己がどれだけ恨もうと憎もうと、ティルが居なければ現状に辿り着くことはできなんだ」

「だから、選択はアイツに任せると?」

「そうではない! それでは責任放棄だ……ただ、この出会いすべてを思えば恨む必要も無かったと思っただけのこと。己は聖獣、つまりは獣。人族のように、一つのことにいつまでも縛られはしない」

「クエラム……」


 まあ、要するに自分自身は特にどうとも思わなくなったので、ティル次第でその内容に協力するということだろう。
 獅子は我が仔を谷底に落とすって言うし、わりとシビアな考え方なのかもしれない。


「お前だって、何かを想っていいんだぞ」

「……メルスや眷属のことであれば、いくらでも想える。だが、曖昧な記憶と残滓のようにこベり付いた悪意に、今の己は必要性を感じられない。復讐に意味なんてない、獣である己はそう思った」


 負の感情は連鎖する。
 誰かを殺せば誰かが恨み、復讐を果たせば新たな憎しみが生まれる……そうして人々は殺し合い、連鎖を今に至るまで続けてきた。


「帝国に思うところは無い。ただ、同朋たちには少しあるのだ。メルス、いつか二人っきりでどこかへ行くと約束したな」

「ああ、どこへでも。そして、どんなことだろうと」

「順番など後回しでもいい。聖獣の寿命は膨大なものだ……家族の問題が解決したら、二人で己の故郷を巡ろう」

「分かった……約束だ」


 つまり、ご両親への挨拶ということだ。
 そのときは、しっかりと受け入れてもらえるように励まないとな。


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