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偽善者と乞い求める日々 十六月目

偽善者と迷宮視察 後篇

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 いくつもの迷宮を巡っていった。
 偽善の過程で拾い上げ、迷宮に住まわせたモノが守る場所がいくつか存在する。
 そこに行くたび、俺はなぜか深い感謝をされてしまう。

 レンはただ、そんな俺と守護者たちのやり取りを見て微笑んでいた。
 もしかしたら、彼らの逢いたいという気持ちを代弁していたのかもしれない。

 実際に訊いてみたら、半分はそうだと言われてしまう……はぐらかされると思っていただけに、そのときは唖然としてしまった。
 すぐに表情を取り繕ったのだが、それが受けたのか逆に笑われてしまう。


「なあ、レン」

「どうかされましたか、主様マイマスター?」

「結局、会う奴全員がハナのことを気にしているんだが……大丈夫なのか?」

「ええ、心配はございません」


 すでに俺たちはここ──『凶楽の花園』へ足を踏み入れていた。
 色鮮やかな花々が咲き乱れ、入場した俺たちをその色と香りで迎え入れてくれる。


「ハナは侵入者……それもここのルールを守らない者には辛辣です。しかし、仲間や厳格な者と認めた相手には、礼儀を以って対応します。もちろん、主様にはそれ以上の想いを籠めて接しておりますよ」

「それ以上って……」

「本性を知った者の中には、あまり好ましくないと考える者もいるかもしれません……ですが、私たち迷宮の属する者や眷属の中にはハナの態度を不遜だと考える者は居ません」

「なんでだ?」


 可愛いからです、とレンは答えた。
 まあ、たしかにハナは可愛い……だからこそ、いろいろと気になってしまう。


「とりあえず、会えば分かるか」

「左様にございますね」


 うだうだ言っていてもしょうがない。
 何よりここの守護者であるハナには、この迷宮内に限り超高性能な索敵機能があるのですぐに気づかれる──今までは、相談もあったのでそれなりの力で隠れていた。

 それを解除した途端、花々が揺れ動く。
 漂っていた甘い香りは、より濃密で嗅ぎ心地のよいものへ。
 地面が引き伸ばされるように増えると、そこに巨大な種が出現する。

 フィルムの早回しのように成長してくその種は、やがて蕾となって花を開く。
 そして、その中には一人の少女が──


「ようこそいらっしゃいました、わが君。そしてレン様」


 深い緑を連想させる髪色、妖しく輝く紫色の瞳──色鮮やかに花を飾ったドレスを身に纏い、背中からは半透明な花々でできた妖精の翼を生やしている。

 背丈は120ほどしかないが、足から生えた巨大な花々が踏み場となり、身長を補い俺と顔を合わせていた。


「悪いな、視察で全迷宮を巡っている所だ」

「わが君は悪くなどございません。どうか、この迷宮でお二人の素敵な時間を過ごしていただければ幸いです」

「ハナ、感謝します」


 レンと共に感謝を伝え、花園の中を歩いて回る……価値がありすぎて絶滅してしまった貴重な花など、レアすぎる植物の数々が俺たちを迎え入れてくれる。

 それといっておかしな様子はないんだが、あくまで俺が居る時の対応の仕方だ。
 毒などいっさい存在しない、ピュア度マックスなハナ状態である。


「探らなくてもいいか」

「主様がそれでもよいのであれば、私にも暴こうとする気概はありません」

「そういう毒のある部分も含めて、可愛いのがハナの好いところだからな。綺麗な花には棘があるっていうし、少しぐらいのエッセンスは必要だよな?」

「花ではなく、薔薇ですよ。正しくは──美しい花、でございます」


 いずれにせよ、ハナに悪気はない。
 あくまで素の接し方が、少々人とは違っているだけなんだ。


  ◆   □   ◆   □   ◆

 千尋山


 未だに解放されていない、究極難易度を誇る(予定の)迷宮。
 誰もいない場所、リョクと向かった天空の城以上に人が近づかない聖域。

 仕様の問題で、眷属であろうと裏技を用いてショートカットすることはできない。
 彼女たちにはテストケースとして、能力をセーブした状態で挑んでもらっているが……それでもなお、踏破はまだされてないのだ。


「そして、俺とレンだけが入れる……ある意味特別なデートスポットだな」

「何もありませんね」

「そりゃあ、誰も来ないからモチベーションがな。だから、今はこれで勘弁してくれ」


 指を鳴らして、<箱庭造り>を行使する。
 大地が揺れ動き、文字通り真っ新な世界に鮮やかな色が生まれていく。


「あとは……こうだな」

「まるで神のようですね。いえ、今の主様は神でもありましたね」

「ただの無職だよ、俺は」


 沈みゆくが青い空を橙色に染め上げ、太陽が無かったつい先ほどまでとは違った光景をレンに見せる。


「けど、満足はさせられる……と思う。レンは俺に、何を求める?」

「迷宮核である私は、迷宮の繁栄と存続を願うべきなのでしょう。少し前まで、たしかにそれが一番の願いでした」

「今は……違うのか」

「そうですね。宿していなかった人格を与えられ、感情を頂き、肉体を……そして、このような物まで」


 呪いのような強制力で、左手の薬指に嵌められた俺特製の指輪。
 プロポーズのような恥ずかしいやり取りを経て、それは彼女の指に収まった。


「迷宮ではなく、主様とその周辺の者たちがよりよい未来を得られることを……。人形である私が、想うようになった願いです」

「レンが望むのであれば、仰せのままに。願う限り、繁栄と存続を続けようじゃないか」


 誓いの証を示しておこう。
 沈みかけの夕日がシルエットとなり、俺たち二人が重なり合う姿を映しだした。


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