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偽善者と乞い求める日々 十六月目

偽善者と遷都

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 夢現空間 私室


 ──その部屋には、城がそびえている。

 いや、ツッコみたいのは分かるが、もう少しだけ待ってもらいたい。


 空間魔法によって、そのすべてを──国を収めるほどに広げられた少女の個室。
 彼女はいつも、そびえる城を一人眺めては思い出に浸っていた。


「よう、リア」

「君か……部屋を訪れるとは珍しい」

「たまにはいいだろう? もう、あそこには無いものを見に来ることぐらいだ」

「そうだね。好きに見ていってくれ──この空っぽな国をね」


 リアの部屋は、王城にあった彼女の部屋と直接繋がっている。
 その理由はシンプル、王城とそれに伴う領土をセットで夢現空間に持ち込んだからだ。

 かつて、都市の中に魔法陣を描いて空間転位で運んだのは記憶に新しい。
 それをこの場合もまた行い、どうにか夢現空間の中に終焉の島に在った城を輸送することに成功したわけだ。


「空っぽと言っても、少しずつ景観は戻ってきてるだろう」

「そうだね。荒れ果てた場所は修繕した、僕の茨は全部取り除いた。覚えている限り、記憶の通りに再現してみたつもりさ」

「前に来たときよりも、変わってるな……」

「当然だよ。時代は進歩するんだ、これで驚いてくれるだろう」


 そりゃ驚くだろう。
 窓から映る光景は、間違いなく俺にそう思わせる。
 ……童話に出てくるような美しい光景に、機械軍団が混ざっていれば。

 ぼくっ娘姫リア──好きなモノは機械。
 男の子のように育てられた反動か、どちらの感性も持ち合わせている少女である。
 街にもまた、彼女が設計に関わった機械が存在していた。


「両親も国民も……あと、魔女だっけ? も驚くよな。自国の王子様みたいなお姫様が、機械いじりが好きになって帰ってくるってことになったら……」

「そうだろうね。けど、機械があれば革新的とはいかなくても、作業工程の省略ができるようになる。裁縫なんかも、ミシンがあればでいるようになるよ」

「……まあ、経験則だから仕方ないか」


 なんという違和感だろうか。
 針で眠ってしまうはずの『眠り姫』が、ミシンで針仕事に革命を起こそうとするとは。
 まあ、それが原因だったわけだし……変えようというのは当然の結果か。


「そうだ。メルス、よければ今の国を案内したいんだけど……どうかな?」

「唐突だな……何かあったのか?」

「君とリョクの話を聞いたよ、なんでも二人で国を周るデートをしたらしいじゃないか」

「いちおうアレは、視察という名目があってのことなんだが……」


 最後にはリョクへはっきりデートと言ったので信憑性は無いが、それでも俺はアレが視察であったと主張する。
 だがまあ、リアにとってはそんなお題目、どうでもいいらしい。


「いいじゃないか。君だって、そういう目的でここに来たんだろう?」

「えっ? いや、なんとなくなんだが……」

「…………」

「おい、だからって無理やりかよ」


 もちろん、誘ってくれるのであればありがたく同行させてもらう。
 ただ、それを最初から期待して来ていたかと言えば……どうなんだろうか?


  ◆   □   ◆   □   ◆


 図らずも、かつてリアと行った仮想地球でのデートと逆の状態になった。
 リアが説明してくれる機械を見て、俺が新鮮な反応をする……主導権を盗られたな。

 ただ、無邪気に自分の作品を自慢するリアはとても楽しそうで、俺も頬が緩む思いなので特に不満はない。


「これは、車か?」

「さすがにガソリンは無いからね。ゼンマイ式で、自動で回転してくれる場所を用意してあるよ。そっちにも行ってみるかい?」

「凄いな……最大までじったら、どれくらい動かせるんだ?」

「だいたい、一時間ぐらいかな? 小国だから、それぐらいで充分なんだよ」


 こっちの世界の住民だから、ゼンマイの可能性を信じられたのだろう。
 地球でも、ゼンマイを使ってバイクを動かすといった実験があったようだが……それ以上によい方法があったので捨てられた。

 だが、この世界の素材と特殊な技術を用いることでそれが可能となる……鉱石や素材の中に、エネルギーを溜め込む性質を宿す物が無数に存在していたのだ。

 故に、彼女はそれを生みだせた。



 観光はとても楽しかったのだが、そろそろ真面目な話をしようと思う。
 一休みしようとベンチへ座ったとき、その話を始める。


「リア、もう覚悟はできているのか?」


 一瞬、動きを止めたリアだったが……すぐに小さく頷いた。
 この話題はあまりしていなかったのだが、こういった機会にでもしておかないと、いつまでもできそうにない。


「どこにあるか分からない、王国が在った跡地。そこが今も、その痕跡を残しているかは分からない……もちろん、俺も全力で逢わせる努力はするつもりだ」

「うん、ありがとう」

「魔法もあるんだ。可能性はゼロじゃない、けどそれはとても厳しい……本当に、やるつもりなんだな?」

「迷わないさ。たとえ亡くなっていても、ぼくは決めたんだ──あの地を取り戻すって」


 今、俺たち居るのはペロー王国。
 ……正確には、ペロー王国の領土に在った建物一式と土地の上である。
 クソ女神こと運命神によって、リアの居た環境ごと終焉の島に飛ばされたのだ。

 だからこそ、リアは決断した。
 たとえどれだけの時が経とうと、故郷の地に戻りここを返還すると。

 そして俺は、それに協力すると約束した。


「メルス。もしもの時は、君の力で場所を空けてほしい。ぼくはそのためだったら、どんなことだって……むぐぅ」

「野暮なことは言わないでくれ。俺は偽善者で、ハーレムの主で──リアの期待を受けている男だ。たとえどんなことであろうとも、やってみせるさ」

「メルス……順番がおかしくないかい?」

「偽善者だよ。こうして、お姫様の無茶なお願いに応えたりとかな」


 最悪の場合、そこに居る者たちを排除しなければならない……穏便にかどうかも、選択によっては殲滅だけだ。
 だからこそ、俺は偽善者としてリア優先の判断をする……他など知ったことではない。


「だからそのときには……リア、一つご褒美が欲しいな」

「……う、うん、任せてよ」


 はるか先になるだろう……それでも、必ずやるとだけ誓おう。
 今はまだ、それだけしかできない。


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