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偽善者と三つの旅路 十五月目

偽善者と疫病魔殿

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 瘴気と称していたのは、具現化した呪いや病気の塊だ。
 触れただけで対象を蝕み、内側から滅ぼしていく死の風。

 体の奥深くまで侵入しようとするのだが、一定量を侵された患部は傷ついたその身体が正常だと定義されてしまう。
 つまり、傷の治癒や肉体の復元が不可能と強制的に改変されるわけだ。


「だから、こうするしかありません、ね!」


 新たに用意した木刀で、そのまま自身の右脚を切り落とす。
 まだ侵蝕されていない付け根まで切断することで、再度行使した“肉体復元レストーション”は正常に効果を示した。


「──“上昇台風スーパーセル”!」


 嵐気魔法“上昇台風”。
 超巨大積乱雲とも呼ばれる嵐を生みだし、瘴気へとぶつける。
 大量の雹や霰、強風や豪雨が吹きつけ、凄まじい竜巻や落雷、洪水が放たれていく。

 かなりの魔力を籠めたからか、それともこの魔法で対処しようとした者が昔居なかったのかは分からないが……それでもしっかりと瘴気の侵蝕を食い止めてくれている。


「“無重力ゼログラビティ”、“光速転下マッハディスプレイス”」


 体に掛かる重力をゼロにしたうえで、この身に光の粒子を纏う。
 凄まじい速度で少年に接近し、そのまま握り締めた木刀を振るう。


「“居合イアイ”(──“峰打ちミネウチ”)」

『…………』


 魔力を操作し、抑え込んだ“上昇台風”の一部を木刀の鞘代わりとしてみる。
 そして抜き放った光速の斬撃──それを瘴気はあっさりと受け止めた。

 また、銃弾のような形状に瘴気を変えて高速で放ってくる。
 光速で動いているため回避には成功したものの、その動きを瘴気は学習しているためそう長くは持たない。


「“後飛跳躍ボンナリエール”」


 木刀を刺突剣のように構え、後方へジャンプするための武技を行使する。
 わざと制御に失敗し、過剰なまでに後ろへ下がれるようにした。


「……ふぅ」


 発動後の硬直はすぐに対価を払って解除。
 形状を棘のように鋭くした瘴気を、アクロバティックに躱していく。


「よっほっそわぁっと!」


 転移は使わず、ただ魔法の補助を受けた肉体のみで避けていった。
 なんだか遊戯のようでもあって、少しだけ頬が緩んでしまう。

 そんな様子を、少年はジッと見ている。


「……さて、いかがでしょうか?」

『…………』

「そうですね。戦えてはいますが、証明はできていませんでした」


 俺が少年に示すのは、自らが瘴気に勝ち得る者だということ。
 そのための布石はすでに整えてある、あとは実行するだけだ。


「さて、それじゃあ見せようか」

『…………』


 魔法を解除し、武器を片付ける。
 無防備になった俺に首を傾げる少年だが、その意思とは関係なく、瘴気は隙を見せた俺の命を奪おうと仕掛けてきた。


「無駄です」


 闇色の奔流が俺を呑み込む。
 病気や呪いの基となったのは、少年に掛けられていたすべての状態異常だ。
 それが彼の中で蓄積、変異を起こして生まれたのが解除不可能な疫病である。

 だから対策はシンプルに──耐性を得ればいいだけの話だ。
 すでに落とした右脚を解析にかけ、どうすれば耐えられるのかを調べてある。

 無効化すら無効化する恐ろしい状態異常が備わっていたが、それすらも打ち消す強靭な肉体があれば撥ね退けられると分かった。


「神体スキル──“神耐”。まさか、至るとは思いませんでしたが」


 反転しても今回はアレだったので、耐性スキルのレベリングを高速で済ませている。
 なぜか(英勇耐性)スキルまで上がった時は少々驚いたが、無事所有していたすべての耐性スキルのカンストを果たし、(未知適応)が上手く作用して進化……いや、神化した。


「適応しました。この体に、貴方の力は通じません」

『…………』

「はい。約束通り、このように」


 真っ直ぐ進んでいく。
 瘴気は主の下へ行かせまいと必死に抗うおうとするが、どれだけ疫病を振る舞おうと俺の体にいっさいの害は及ばない。

 物理的な干渉は可能だが、両手に木刀を握り締めた今の俺にはそちらも無意味だ。


「──“斬々舞キリキリマイ”」


 さまざまな属性や破邪の力もあって、瘴気は一瞬で吹き散らかされていった。
 道は開かれ、その先には少年のみ。


「約束を果たしましょう。今、そこへ」

『…………』


 先ほどと似た状況に陥ったが、振るわれる魔手はすべて捌いていく。
 切って斬って伐って……集中し続け、木刀が壊れないように進む。

 瘴気は二種類、蝕むだけのモノと攻撃してくるモノ。
 片方は“神耐”によって、もう片方は物理的な排除によって無効化する。


「完全な無効化とまではいきません。ですがこうすれば……ほらね」


 神気を注ぎ、神体をも強化する。
 こちらの能力はあらゆる干渉を無効化するという、かなりチート……神様らしい力だ。
 ただし消費が凄まじく、現人神として存在している俺ではすぐに底を尽く。

 瘴気は変わらず仕掛けてくるが、溜め込んだ神体によって弾き返す。
 ガリガリと神気が減っていく、しかしそれが無くなる前に──到達した。


「私……いや、俺はメルスだ。これから、よろしく頼むぞ」

『…………』


 そして、手を交わす。
 結んだ手はやがて、粒子となっていく。
 また、黒い魔本が勝手に出現すると、空白の一ページに文字が記される。


「……まずは“浄化クリーン”だな」


 ちょっと残った神気を混ぜ込み、全力でこの場を綺麗にしていく。
 清浄化する力は凄まじく、瘴気はいっさい残らず消滅した。

 また、結界を解除すると、遠くからリッカの反応が近づいてくる。


「さて、行きますか」


 リッカの下へ俺も向かう。
 黒い魔本を掴み、いっしょに持っていく。
 開かれたページ、そこには魔法陣と共にこう記されていた。

 ──『疫病魔殿』パンデモと。


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