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偽善者と三つの旅路 十五月目
偽善者と帝国散策 その17
しおりを挟む短剣は継続戦闘に向いていない。
ティルが使えばその限りではないが、一般の使い手が振るうならばそうなるだろう。
蝶のように舞い、蜂のように刺す。
ヒット&アウェイを繰り返すか、暗殺者のように一撃で決めるかをしないと──短剣は上手に扱えないわけだ。
「だが、そうでなくとも戦える……貴様らのような愚者が相手であればな」
倒したプレイヤーたちを足蹴にし、適当な台詞を嘯く俺。
別に男にSというわけでもないので、演出として踏んづけているだけだ。
「まだ戦うのか? 死を再び経験しないと、現実すら見ることもできないのか……愚者と思ってはいたが、まさかこれほどとはな」
俺の言葉に怒り狂っている彼らの血管、そのうち切れたりしないだろうか?
少々心配ではあるが、相手を捕縛している身だし気にしない方がいいか。
「大人しく投降していれば、楽に逝かせてやれただろうに……“操魔功”」
下で罵る声がしていたのだが、さすが飽きてきたので黙らせる。
魔闘法の一つ“操魔功”、簡単に言えば操り人間製作武技だ。
「これで静かになったか……さて、互いに気楽な会話ができるようになった。そうではないか? 小悪党を束ねし者よ」
「くっ……」
「そうツンケンとなるな。愚者と違い、貴様らには覚悟があった。そのことだけは、称賛に値するだろう」
まあ、だからと言って邪魔するのであれば容赦なく屠るつもりだが。
しかし計画も順調に進んでいるし、わざわざ戦意を失った奴を殺す必要が──
「ああ、あったな」
「あぎゅっ!」
「魔道具での連絡か……自分が勝てないと悟り、報告だけでもと足掻いた結果か」
どうも、報連相が上手くできない俺です。
だって、眷属たちに言う頃にはもう別の計画がスタートしているんだもん。
喉にグリグリと刺し込んだ短剣を抜き、少量の魔力を籠めた。
すると短剣に刻んだ回路に魔力が通り、使いたい魔法が発動する。
──血魔法“血溜袋”。
与えられた『吸血毒牙』の名に相応しい、周辺の放出された血を集める魔(短)剣だ。
まずは刃に付いた血が消え、次に飛び散った血が、最後に先ほどまで集めていなかった血を吸い上げて短剣は発動を終える。
「厄介事が増えるな……その前に、貴様らを殺しておこうか」
『ッ……!』
お前が死ね、と直接的に訴えかける強い眼差し……どうしてそれをプラスのことに使えないかと思うが、人間ってやっぱりそういうものだと一人納得し、まだまだ余裕に満ち溢れた彼らの一人に短剣を突き立てる。
『────ッ!』
声にならない声を出し、そのまま絶命して粒子と化す。
その結果を見て、プレイヤーたちは少しだけ状況を理解した。
俺もそれを嬉しく思い、彼らが声を出そうと頑張れるようにアドバイスを告げる。
「俺は、相手の倫理コードを解除できるスキルを持っているぞ。貴様らは所詮、甘い世界に住む夢の住民だ……それじゃあ、まずはその幻想をぶち殺そうか」
有名な台詞もあり、完全に俺がプレイヤーだと認識しただろう。
顔をスクショし、指名手配することも考えているかもしれない……いや、そこまで高度なことは考えられないか?
今の俺は、装備は適当だし見た目も変化させている(by眷属)。
つまり、掲示板に上げられても困るのは言動だけなのだ……あとで言われたら恥ずかしいからな!
現実を理解し、それでもなお怨恨に満ちた瞳で俺を睨み付けるプレイヤーたち。
せめてもの慈悲だ、ネロの元に送ることだけは勘弁してやろうじゃないか。
◆ □ ◆ □ ◆
別に、皇帝の下まで殴り込みがしたかったわけじゃない。
やりたかったのはオークションでの落札、そして救う必要のある奴隷の救済。
「さて、よくやったなテメェら」
場所は帝国における第二のアジト──つまり、義侠団の大きな屋敷の中だ。
そこに在るこれまたデカい座敷で、今回落札した奴隷たちと組織の一員が揃っている。
「どうせ俺たちに品を真面目に売る奴なんていねぇんだ。なら、少しぐらい乱暴になっても手に入れてぇものに力を入れるべきだろ」
先代のボス──『オジキ』や『兄貴』も、この場に当然のように座っている。
彼らの前にも、そして奴隷たちの前にも一人分の食事を用意してあった。
「改めて……よくやったな、テメェら。救われねぇ奴らが救われた、めでてぇことだろ。だから、俺はこの場を設けることにした」
お祝いはしておくべきだろう。
俺が仮初の主となって、初めての大掛かりな仕事である。
負傷者を出すこともなく、俺の指示した通りの達成度だった。
「そっちの奴隷たちも、まずは飯を食ってからだ。こんな場所が嫌だって思う奴も居るだろうが、今は奴隷の主として命令しておこうか──『食いたいだけ飯を食え』」
首輪は外していない。
魔法やトーの力を使えない現状では、やりすぎは厳禁である。
あとで問題なしと判断された者だけを解放し、残りはその用途に応じて命令でそのまま目的の場所に派遣する予定だ。
杯(酒またはジュース入り)を掲げさせ、一声上げる。
この場に居る誰にとっても、いちおうは不幸ではない展開を勝ち得た。
ならばこの言葉を捧げよう。
「さぁ、宴の始まりだ──乾杯!」
『──乾杯!』
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