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偽善者と三つの旅路 十五月目

偽善者と帝国散策 その12

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『い、一億Y……。13番さん、お、おめでとうございます』


 気づいたとき、そんな司会の引き攣った声が聞こえていた。
 薄靄がかかっていた意識を晴らし、周りを見るとアイリスが心配そうにこちらを見ているのが分かる。


「……アイリス、何があった?」


 たしか、魔本が舞台に上げられているのを見て……そこで意識が落ちている。
 そして気づけば、司会が引くような額でそれを落としていたようだ。


「メルス。蝕化、だっけ? それをしていたみたいだよ」

「マジか、もうリミットを超えてたか」

「リミット?」

「任意で使える侵化と違って、俺が強く想うと勝手に暴走するんだよ。それがリミット」


 まあ、いわゆる感情の爆発ってヤツだ。
 対応する想いが強くなりすぎると、忠実にそれを叶えようと働くようになる。
 その際は髪色も変化するので、アイリスでも分かったのだろう。


「まあでも、オークションのルールに則っている辺りは真面目だよな。あくまで俺基準、平凡な想いで良かったよ」

「少し口調が荒くなってたし、ワタシの呼び方も変わってたよ……その、大胆だったね」

「前言撤回、全然平凡じゃないな」


 アイリスが笑うような、それでいて照れるような表情をしていた。
 いったい何を言ったら、俺はアイリスからそんな表情を引き出せるのだろうか?


「けどまあ、これで魔本をゲットだな。あとは、目的の──」

『さぁ、皆さまお待ちかね、奴隷販売のお時間ですよ!』

「を、買いにいきますか」

「……女の子に笑顔で言う台詞セリフじゃないことだけは、ワタシでも分かるよ」


 仕方じゃないか、どう取り繕ったって事実は変わらないんだし。





 奴隷売買を完全に止めることは不可能だ。
 俺の世界ルーンではそろそろ消滅するが、それは奴隷の代わりとなるシステムの構築に成功したからであり、特殊例だろう。

 貧困から身を売ろうとする者は多いが、それは労働的な面でのみ。
 夜間の激しい労働を受け入れる者など……それが好きな奴や本当にお金が欲しい者だけだろう。

 だが、その制度を受け入れたくない者はその需要よりも多い。
 時に感情は理性を超越し、法という格子を破壊する。

 その結果が、奴隷側の都合を無視した非合法な契約の強要だ。
 赤色の世界でも奴隷用のスクロールがあったが、隷属を強要するその術式は、人々が長い時間をかけて他者を陥れるために生みだした執念の傑作とも言えるな。


「要するに、誰かが誰かを支配する時代は永遠に終わらないってことだな」

「そうだね、みんなをハーレムだとか言ってる系のメルスとかだね」

「……さて、落札落札っと」


 やっぱり男女では先に男の方が売られる。
 優秀なスキル無しの奴隷に求められているのは、見た目だ……きっとティルがここにいれば、錯綜する大人たちの汚れた想いを見てしまっていただろう。

 まあ、男娼として働きたいのであればあとでそちらへ仕事を回すとして、溜めておいた軍資金でそんなイケメンを落札する。


「あーあ、何が悲しくてイケメンを落札しなきゃいけないんだろうな。偽善って、苦労が多いよまったく」

「しなきゃいいじゃん。そういうのを選ぶ方が、偽善っぽくない?」

「いやー、困っていそうだから助けるのが偽善だろ。だから救って、嫌がるなら放置して捨てればいい。幸い、この街ならどうとでもなるからな」

「あっ、そこはそれっぽいね」


 続いて現れたショタもまた、札を上げ続けて落札に成功する。
 ……イケメンよりも粘られたが、お嬢さんもなかなかのご趣味なようで。


「あっ、こいつは駄目だな」

「どうして?」

「ロクなことにならなさそう、みたいなオーラがあるからな。まあ、勘だけど……うん、やっぱりプレイヤーだったか」

「売られてるの!?」


 みたいだな。
 ナックルから聞いた、オーラを視る感覚。
 気を視る魔眼──気視眼のプロトタイプ的な技術である。

 それを介して視たその男は、死に戻りとログアウトがある自信からひん曲がったオーラが出ていた。
 何かを期待するわけでも、絶望するわけでもない……そんなオーラだ。


「まあ、プレイヤーを買っても逃げられるだけだし、そもそも不要だから譲るんだ。アイリスだって、居なくなると分かっている奴が欲しくなるか?」

「そもそも、人身売買自体をしないけど……まあ、自分で逃げられるなら大丈夫だね」

「アバターだし、ある意味より上位の隷属状態だから問題は無いな」


 実際、機人族は自由民であろうとそんな状態なんだけどさ。
 あっちはともかく、プレイヤーは権能がある限り好きなタイミングで現実リアルへ帰還することができるんだよな。


「まあ、死に戻りも自殺が禁じられれば無理だし、身力と肉体を自由にできなきゃログアウトもできない。そうなったら緊急ログアウトを受けるまでどうなるか分からないが」


 男部門最後の一人を落札しながら、そう伝えておく。
 さらに言えば、俺みたいな立場になった場合も逃げだせなくなるんだよな。


「プレイヤーがそれなりに捕まってたな。この国の闇って、結構深いそうだ」

「みたいだね」


 さて、残るは女奴隷の落札だけ。
 前回と違って無限にある金があるし、偽善活動は確実に成功できるな。


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