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偽善者と三つの旅路 十五月目
偽善者と帝国散策 その07
しおりを挟む今さらながら補足しておくが、今の俺にカジノで大儲けは不可能に近い。
普通にやって、普通に小遣い稼ぎ……程度であれば、まあそれなりにできる。
だが、目押しでジャックポットを狙い撃ちとかルーレットで百発百中など、やりすぎたら殺されるようなことは控える予定だ。
「秩序は守らないとな……」
経営側が、儲かるだけ儲けて利益を自分たち側に回さないような奴を生かすと思うか?
すでに警戒されているのか、スロットに行かせないように人が配備されている。
「いや、やらないから」
カジノでは、さすがに人身販売をしていないからな。
賭け試合で借金の形に肉体を取られた、自業自得な奴はいるけど……そちらは対象外だと思う。
奴隷を買い占めた、悪事を許さなかったという表面的な情報が広まっているのだろう。
そんな俺がカジノに現れたということで、通常以上に警戒してくれている。
「光が強ければ強いほど、影もまたより濃くなって働く。陽動作戦、成功ってわけだ」
だが、何もしないというのであればそれもいずれバレてしまう。
仕方なく、本当に仕方が無いと感じながらゲームの席に着いた。
◆ □ ◆ □ ◆
「そうか、一家が動きだしたか……」
広大な帝国において、『一家』と呼ばれるある組織が存在した。
構成員は実力者揃い、仁義に篤く街の者たちからも評判のよい働き者たち。
それは表でも裏でも同じ評価で、かつては帝国を影から支える者として君臨していた。
だが、時代の波が彼らを汚し、少し前までは悪行を働く者が増えていく。
邪な考えを持つ者たちが人を混ぜ入れ、少しずつ腐敗を促していた。
──そう、ある男が現れるまでは。
「忌々しい、あと少しで取り返しのつかなくなる所まで追い詰められたものの」
突如現れたその男は、腐敗しきったその集団をすべて叩き潰した。
これまでは大人しく従っていた義に篤い者たちも、その男を旗頭に一気に腐敗を正して元の一家を取り戻す……それが、つい先日までの出来事である。
「今は何をしている」
「はっ、はい! 奴は今、カジノエリア内を歩いていました。ゲームもせず、どうやら観察をしているようにも……」
「何を見ているのか……監視を増やせ。手下どもは後回しだ。間者からの話じゃ、そっちの腕もかなりあるらしいからな。見逃すわけにはいかねぇんだよ」
「わ、分かりました! すぐに伝えます!」
そう言って、連絡員はすぐにその場から走り去っていった。
残った男は深く椅子に腰かけ、葉巻を吸って煙を吐く。
「例の物は俺たちが手に入れる……誰にも邪魔はさせねぇよ」
◆ □ ◆ □ ◆
ポーカーフェイスは何のため、それはポーカーをするためだ。
無表情を貫くことではなく、その場に応じた表情を整えること……それこそが真の意味でのポーカーフェイスではないだろうか。
「ロイヤルストレートフラッシュ、また俺の勝ちだな」
「あっ、ああ……」
「貰っていくからな、そのチップ全部を」
動きを止めたディーラーからチップ代わりのコインを奪い取り、そのままポーカーの会場から立ち去る。
そしてスロットのエリアに向かい、特にスキルを使うでもなくただただ散財していく。
「こうでもしないと、完全にマークされるからな。ポーカーが異常に強い、けど他は全然な奴でも装っておかないと……」
ポチポチとボタンを押すが、絵柄はまったく揃っていない。
最低レートすらまったく当たらない様子を見れば、誰も本当はカジノにおける絶対的なチートを持っているとは思わないだろう。
「さてさて、他の奴らは何をしている? 眼があれば、分かったんだけどな……」
神の眼も無ければ、他の人には見えない使い魔のような存在もいない。
ほぼ武人に近い今の俺でも、せいぜい気配で探ることぐらいが限界だ。
「よっほっそっと……そいやっ!」
意味のない声で気合を出して押しても、よりよい絵柄が揃うなんて展開はない。
動体視力なんて関係なく、押しても押しても揃わずに止まる。
単純に、揃うと高確率で外れるシステムがセットされているようで──ジャックポットに至っては、もう不可能に近い。
近いだけで不可能じゃないぞ、未来眼と過去眼と反射神経があればいつでもできる。
「あっ、ワンライン揃った」
もちろん、最高レートの絵柄が揃うはずもなく、当たったのは一番低い絵柄なんだが。
それでもずっと当たってなかったことを考えると、そんなものでも嬉しくなる。
「ポーカーは……まだ目をつけられてるか。別の奴で儲けようとしても、せめて対人系だけって見せておかないと不味いな」
すでに監視がスタンバイしているため、目立つようなゲームをやることはできない。
だが対人系のゲームはさっきのポーカーの影響か、思いっきり逃げられている。
「コロシアムの賭け闘技は……最悪だな。こういうのって、だいたい楽しむために皇帝とか王族とかお偉い方がいるんだよな」
そんな中でそこに行くとか、もう私を見てくださいと言っているようなものだろう。
武人のような縛りをしている身としては、まあそれでもいいんだけど……割に合わないとはそういうときに使う言葉だよな。
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