1,021 / 2,518
偽善者と三つの旅路 十五月目
偽善者とヴァナキシュ帝国
しおりを挟むシルフェフ
譲歩したり、されたりを繰り返し……どうにか交渉はこちらが有利なまま成立する。
想像以上にアヤメさんが契約の穴に気づいてしまい、アンが想定したベストプランの契約から、十評価中の六ぐらいまで落としての締結だったのが残念だったが。
「だいぶ、よくなってきたかな?」
「……また何かしたんですか?」
「う、ううん、別に。そ、それよりもだよ、ますたー! 帝国が危ないんだから、みんなも気をつけないと!」
「帝国とは、『ヴァナキシュ帝国』のことですよね? わたしも調べましたよ」
ふふーん、と胸を張って語るクラーレ。
張った分だけ揺れるため、ギルドメンバーの一人が血眼になって睨んでおります。
「たしかにメルの言う通り、帝国はキナ臭いらしいわね。けど、それでも何かをするのが冒険ってものじゃないの?」
「そうだぞ、メル。守ることこそが、騎士の本懐だ。たまには私に仕事をくれ」
「ディオンお姉ちゃん、本懐だからって無理にそんな状況作っちゃだめだよ」
「そ、そうだが……そうなんだが!」
俺も偽善者としての習性がこうした活動を促しているが、偽善者は巻き込むのが仕事だからいいんだよ。
だが、騎士が護衛対象を危険に晒してまで活躍したいというのは……アウトだろ。
「けど、帝国に行きたいんだよね。ますたーたちはどうして行きたいの?」
「レベル制限の解放もできますし、まだ帝国でしか見つかっていない貴重な職業やスキルがあるそうです」
「へぇ、それは気になるな。力を付けるために、ますたーたちは行くんだ……うん、私から強く反対はしないよ」
「なら、いっしょに行きましょう!」
パァッと明るい表情を浮かべるクラーレ。
だがその眩い輝きに……俺は顔を反らす。
「帝国に行くまでは、いっしょでも問題ないけど……帝国の中では無理だと思う」
「ど、どうしてですか!?」
「帝国は……何があるか分からないからね。活動拠点を帝国にするなら、時々顔を出すくらいはできるから」
「そ、そんなぁ……」
捨てられた小動物のような、保護欲に駆られてしまいそうな顔をしないでくれ。
周りもそれを止めようとしないし、怒るでもなく笑ってるだけ……いや、止めろよ。
「うぐっ。と、とにかく、目的地まではいっしょにいるから……それで許してね」
「いえ、メルにはメルのやることがありますよね。ずっと束縛をするわけには……い、いきませんよね……ぐすん」
「そ、そんな顔しないでほしいな。ますたーは、何が嫌なの?」
「そ、それは……その、いいじゃないですかなんでも!」
逆切れされたが、理由が分からないのでとりあえずスルーしておく。
まあ、美味しい料理が提供されないとか、そういう理由だと思われる。
「うーん、ならいいけど……他のお姉ちゃんたちもそれでいいの?」
「まあ、メルの言う通り危険はあるらしいわね。けど、リスク以上に得られるモノが多いわ。もちろん、危害が及ぶようなことがあれば引き下がるわよ」
「……箱庭を動かせるようにしておく?」
「それは止めなさい」
いいアイデアだと思ったんだが……。
やはり、兵器の存在が露見してしまったのが原因なのだろう。
あと、生産の生徒たちのこともある。
場所を変えても、転移の魔道具を作れるように仕込んだから大丈夫だが……他にも、問題は山積みだ。
「帝国に行く行商の護衛依頼も受けたし、時間もそろそろです。メルもその程度であれば手伝ってくれますよね?」
「うん、問題ないよ。魔法は使えないけど、いっしょにいるぐらいなら。ますたー、少しの間だけど、頑張ろうね」
「はいっ!」
武器を変えれば、どのポジションであろうと役目を果たすことはできる。
それに気功も武術に含まれるので、回復を他者に施すことも可能だ……武技やスキルの補正を受けれないという深刻な問題さえなければ、特に困ることは無いのだ。
◆ □ ◆ □ ◆
そこに至るまでに何があったのか、細かい話はあえて言わないでおこう。
いくつかの町を中継し、ログアウトで身を休ませて移動を続けていく。
彼女たち『月の乙女』以外にも依頼を受けた者がいたが、特に接点が生まれるわけでもなく順調に行路を進んでいった。
今回に限っては、本当に俺は何もしないまま行商人の馬車は進めていた。
俺が関わろうとしなかったから、凶運が発動しなかったのか? と思ったのは内緒にしておこう。
同業者──男女のバランスが取れた五人組のパーティーの一人が、ナンパをしようとして酷い目にあった……それ以外に問題が起きずに、彼女たちはそこへ辿り着いた。
「ここが……帝国ですか」
「ずいぶんと大きいんだね」
「はい、賑やかな声が聞こえてきます」
今まで見た、どの国よりも巨大な城壁が威圧するようにそびえ立っている。
鋭い武器が至る所に設置されており、下手に侵入した者はすぐさま殺されるだろう。
また、クラーレが言うように少し離れた場所からでも中の楽しそうな声が漏れてくる。
ここは好い場所だ、そう錯覚させる何かがそこにはあった。
「メル……本当にいっしょに居てはくれないのですか?」
「召喚したら、すぐに駆けつけるよ。けど、ずっといっしょには居られないな」
「そうですか……」
残念そうなクラーレだが、すぐにシガンたちが慰めに入る。
罪悪感がふつふつと湧き上がるが、それ以上に重大なこともあるのだ。
──埋め合わせは、あとでするからさ。
0
お気に入りに追加
510
あなたにおすすめの小説
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
DPO~拳士は不遇職だけど武術の心得があれば問題ないよね?
破滅
ファンタジー
2180年1月14日DPOドリームポッシビリティーオンラインという完全没入型VRMMORPGが発売された。
そのゲームは五感を完全に再現し広大なフィールドと高度なグラフィック現実としか思えないほどリアルを追求したゲームであった。
無限に存在する職業やスキルそれはキャラクター1人1人が自分に合ったものを選んで始めることができる
そんな中、神崎翔は不遇職と言われる拳士を選んでDPOを始めた…
表紙のイラストを書いてくれたそらはさんと
イラストのurlになります
作品へのリンク(https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=43088028)
虚弱生産士は今日も死ぬ ―小さな望みは世界を救いました―
山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。
Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。
最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!?
ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。
はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切)
1話約1000文字です
01章――バトル無し・下準備回
02章――冒険の始まり・死に続ける
03章――『超越者』・騎士の国へ
04章――森の守護獣・イベント参加
05章――ダンジョン・未知との遭遇
06章──仙人の街・帝国の進撃
07章──強さを求めて・錬金の王
08章──魔族の侵略・魔王との邂逅
09章──匠天の証明・眠る機械龍
10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女
11章──アンヤク・封じられし人形
12章──獣人の都・蔓延る闘争
13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者
14章──天の集い・北の果て
15章──刀の王様・眠れる妖精
16章──腕輪祭り・悪鬼騒動
17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕
18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王
19章──剋服の試練・ギルド問題
20章──五州騒動・迷宮イベント
21章──VS戦乙女・就職活動
22章──休日開放・家族冒険
23章──千■万■・■■の主(予定)
タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。
モノ作りに没頭していたら、いつの間にかトッププレイヤーになっていた件
こばやん2号
ファンタジー
高校一年生の夏休み、既に宿題を終えた山田彰(やまだあきら)は、美人で巨乳な幼馴染の森杉保奈美(もりすぎほなみ)にとあるゲームを一緒にやらないかと誘われる。
だが、あるトラウマから彼女と一緒にゲームをすることを断った彰だったが、そのゲームが自分の好きなクラフト系のゲームであることに気付いた。
好きなジャンルのゲームという誘惑に勝てず、保奈美には内緒でゲームを始めてみると、あれよあれよという間にトッププレイヤーとして認知されてしまっていた。
これは、ずっと一人でプレイしてきたクラフト系ゲーマーが、多人数参加型のオンラインゲームに参加した結果どうなるのかと描いた無自覚系やらかしVRMMO物語である。
※更新頻度は不定期ですが、よければどうぞ
VRMMO~鍛治師で最強になってみた!?
ナイム
ファンタジー
ある日、友人から進められ最新フルダイブゲーム『アンリミテッド・ワールド』を始めた進藤 渚
そんな彼が友人たちや、ゲーム内で知り合った人たちと協力しながら自由気ままに過ごしていると…気がつくと最強と呼ばれるうちの一人になっていた!?
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
女神様から同情された結果こうなった
回復師
ファンタジー
どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。
ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~
三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】
人間を洗脳し、意のままに操るスキル。
非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。
「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」
禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。
商人を操って富を得たり、
領主を操って権力を手にしたり、
貴族の女を操って、次々子を産ませたり。
リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』
王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。
邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる