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偽善者と三つの旅路 十五月目

偽善者と赤色の旅行 その15

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「聞いたことがありませんか? 終焉の海溝に、新たな都市ができたという」

「……聞いたことがありませんね。何分、あまり孤児院から出ることがございませんでしたので」

「そうですか……しかし、都市は本当に存在しますよ。『紅蓮都市』、と呼ばれる多種族が住む場所です」


 なんだか便利さに気づいた閃光眼で映像を投影し、紅蓮都市の上空を見せる。


「これが……たしかに、終焉の海溝らしい特徴が見えますね。しかし、なぜそのような危険地帯に都市をお造りに?」

「過去の遺恨を残してはいけない。それを象徴する場所こそ、同じく邪神の封印されていた地であるとお考えになられたそうですよ」

「……されていた?」

「ええ、すでに封印は解除されています」


 ピクリと反応する神父だが、これは何かを企むのではなく単純に子供たちの危機を想定してのことだろう。
 彼はそういう人ではないと、とある理由から俺は思っていた。


「まあ、そういった事情は置いておきましょう。重要な点は、そこが今も住まう者を募集しているということです」

「……なるほど、勧誘ですか」

「普人族でありながら、魔族の地にて子供たちを守ろうとする神父様であれば……この言葉の意味がご理解できると思っていますよ」


 俺も分かっていない言葉の意味を考えさせておく……いや、言えって言われてたんだ。


「ただ、すぐに答えを訊くような問いではありません。その前に、私にこの地での常識をお教えください」

「……分かりました。ルードラ、君は子供たちをそろそろ中へ」

「わ、分かりました!」

「ガー、いっしょに行ってください」


 神父の言葉を受け、シスターは子供たちを孤児院の中へ連れていった。
 ガーもまた、それについていく。
 残ったのは俺と神父のみ、周囲に誰かの気配がないことも確認済みだ。


「さて、君はいったい何者なんだ?」

「何者、と言われましても……先ほど名乗った通りの旅人でしかありませんよ」

「いささか強すぎる旅人ですね。貴方のその瞳、魔眼ではありませんか」

「そうですね。ですが、先ほど見せたように光を放つものでしかありません」


 俺も最初はそう思っていた。
 まあ、どんな物でも使いようによってはかなり便利に使えることを学んだよ。
 そんな優れた使い方しか見ていな神父からすれば、怪しさが満載だろう。


「……そうですか。まずは君の言う通り、先にこの大陸の常識を伝えておきましょう──強者至上主義、これに限ります」

「弱肉強食、ということですか?」

「そうですね、私が魔族の人々よりも強い力があったからこそ、この孤児院を続けられております。ほぼすべてのモノが力の前に平伏す──それこそがこの地の特徴です」

「なるほど……それはすべてに通用するということで合っていますか?」


 その質問に首を縦に振る神父。
 そういった意味では、俺はあの老人がやっていた魔王のポジションを奪えるな。
 つまり、それを譲渡するのも力ある俺の自由というわけで……良い考えかな?


「ですが、力を誇示しようと示せるのは恐怖だけ。普人である私がどのように振る舞おうと、恨み辛みしか買えていないが実情です」

「それはそれは……この地に執着する理由などはあるのでしょうか?」

「ノゾム君、それはいささか急なのでは?」

「いえ、なんとなく理解できましたので。ここでは強さがすべてを奪う。孤児院に住まう貴方がたの意思を奪い、都市に連れていくことも容易いというわけですね?」


 冗談っぽく言ったので、さすがにこの台詞セリフに怒りを向けるということはない。
 だが、何かを考えるような顔をしており、笑って済ませられる話ではないようだ。


「強さ、と申しましても……それは多岐にわたりますよ」

「心の強さ、とでも考えておいてください。貴方のような方であれば、きっと紅蓮都市に新たな考えを齎してくれる。勧誘する者としては、それを期待しております」

「心、ですか。それは変わらぬ意思を持つ、ということで相違ありませんか?」

「さて、ご想像にお任せしましょう」


 話はここで切り上げておく。
 俺たちも孤児院の中へ向かう……その直前で、神父が再び足を止める。


「シヤンの眼。あれは君が来たときから、ああなっていたのですか?」

「私が向かった際は、抉られた左目が潰されていましたね。そこからの出血がひどく、所持していたポーションを渡しました。あれを神父さんは、治すことができますか?」

「……難しいでしょう。教会の総本山に居られる教皇様であれば、それも可能なのかもしれませんが……」

「時間が足りませんね」


 傷の定着、という現象がある。
 修復しようにも体が損傷時の肉体構造を通常のものだと認識し、そのまま治そうとしなくなることだ。

 シヤンの眼もまた、長く放置していると同じように回復しなくなる。
 だが、裏技として存在する傷よりも奥にダメージを与えて再生させるという方法を、眼で行うわけにはいかない。


「──では、恩を売りましょう」

「治せるのですか!?」

「治す、とは少し違いますね。違和感のない新しい瞳を、あげるということです」

「……まずは、訊いてみましょう」


 どういう意味か、すぐに理解した神父。
 彼に先導される形で、孤児院の中へ再び入り込んだ。


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