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偽善者と三つの旅路 十五月目
偽善者と赤色の旅行 その14
しおりを挟む「も、もういいだろ! は、離せっ!」
「そうですか? では、仕方ありません」
「うぅ……覚えてろよ」
ようやく元の状態に戻ったようだが、その分俺への怒りも回復したのかもしれない。
怒りに震えるその体は、ギュッと拳を握り締めている……さながら湧き上がる衝動を押さえ込むようなその姿は、まさに俺の行動へ怒る様子を表しているだろう。
なお、それを差し引いても、子供が涙で腫れた目をしていれば偽善者は働く予定だ。
むしろ俺が嫌われようと、子供の涙が止まるのであれば犠牲になるのも致し方ない。
「……あのぉ、貴方がたが子供たちを助けてくれたのですか?」
「ここに送った、という意味であれば間違いありません。実際に子供を救ったのは、この子ですから」
「そうですか……シヤン」
「シスター……」
銀髪シスターとシヤンは近づき、それ以上は何も言わずに抱きしめ合う。
事情はすでに子供たちが伝えてある、彼女はただシヤンが頑張ったことを褒めようとしただけだ……そして、同時に──
ピシャン
頬を叩く高い音がした。
シスターが涙目で、シヤンの頬を叩いたのが理由である。
心配したのだろう、彼女もまた観測した時から目が腫れていた……片目を代償にしてまで抗った子供は、褒めると同時に叱るべきだとそれでも理解していたのだ。
「……これ以上は野暮か」
「そうですね」
こっそりと転移眼で孤児院の中に入り、少し探索してみた……不法侵入とか言うな。
子供が誘拐されるぐらいなので、かなり貧しいと予想はしていたが、外見上はそこまで古びてはいない。
「食糧も少しは備蓄されてる。ただ、ずっと賄うには足りない量だな。……おっと、人が来たな」
攫われたのが全員というわけではないようで、部屋の中から外の騒ぎを聞きつけた別の子供たちが外へ向かっていく。
魔王城でやったように歪曲眼で隠密に勤しみ、俺たちはそれを回避する。
まあ、やはりシスター一人で管理しているなんて創作物みたいな展開はないようで、司祭の格好をした老神父の姿もあった。
彼もまた、俺たちの存在に気づくことなく部屋の外へと出ていった。
「ここで俺たちの存在に気づく、なんて展開もあったかもしれないな」
「……いえ、ほんの一瞬ではありましたが周囲の警戒をしていましたね。外に居た私たちがいなくなっていたことに気づいていたのかもしれません」
「あちゃー、そっちになら気づけるか」
「歴戦の強者、という可能性も捨てがたいものですね」
まあ、それこそよくあるパターンだ。
そして今回の問題は、その神父が居ない時間を狙って起きた……なんて王道中の王道ではないか?
「修繕もサービスでやろうと思ったが、案外予想が外れたな。まあ、申請する手間が省けたと思えば御の字だな」
「ですが、直すのですね?」
「そりゃあもう、偽善者だからな。やりたいようにやるだけだよ」
聖職者のように善行が振る舞えるわけではない、凡人が凡人なりに行おうとする善行は善行になり得ない。
だからこそ、俺はそれを偽善と呼ぶ……独善じゃないのは、別に独りじゃないってのも理由の一つに入れたいなー(願望)。
◆ □ ◆ □ ◆
こそこそと壁を修繕していたところ、子供たちのその姿を見つけられて老神父たちの前に連行させられてしまった。
その隣には、先ほどのシスターが目を充血させたまま立っている。
「子供たちを救っていただき、誠にありがとうございます」
「ああ、いえいえ。先ほども申しましたが、本当に頑張っていたのはシヤン君ですので。私はただ、立ち寄っただけです」
「そんなことはございません。これも、神のご加護でございますね……主よ、感謝を」
「そ、ソウデスネ」
この世界の神様の内、片方はうちでゆっくりとしていて、もう片方を見つけだしたら拷問する予定です……なんて言ったら、この老神父はどう反応するだろうか?
拷問? カカから仕事を奪ったんだ、それ相応の礼を尽くさせてもらうだけだよ。
「申し遅れました。私、この孤児院の管理者となっております『ローウェン』という者でございます」
「し、シスターの『ルードラ』です!」
「私は旅をしております、ノゾムという者です。こちらは私のパートナー」
「──ガー、と申します」
当然ながら、身分は偽っておく。
誰が「種族[不明]の厄災候補です。こっちの相棒は熾天使なんですけど、実は聖武具が擬人化した姿なんですよ」、と言われて信じるのだろうか。
完全に逝っちゃった人になるし、厄災を見逃すような聖職者もいないだろう。
「ここには着いたばかりで、あまり常識が分かりません。少し間違った行動をするかもしれませんので……よければここでのルールを教えていただけませんか?」
「なるほど……ノゾムさんたちは、ところでどちらから来たのですか? ああ、言えないのであればそれでも構いません」
「海を渡り、人族の大陸からです。少し前はセッスランスに居たのですが……その……」
「……配慮が足りませんでしたね。離れたこの地でも、セッスランスの悲劇は伝わっております」
セッスランスが滅んだことが伝わっているのは、情報収集の過程で把握していた。
魔族も受け入れるような温厚な国で、普人族が大手を振る大陸でありながら多種族が仲良くできる理想郷……になりかけていたのだが、それが失われる。
「──ですが、新たな理想郷をセッスランスの姫様がお造りになられました。私はそのことをさまざまな場所へ伝えるべく、旅をしているのです」
まあ、実際にやっていることだ。
紅蓮都市の宣伝は、必ずやっておかないとつまらないからな。
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