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偽善者と精霊踊る育成イベント 十四月目
偽善者と育成イベント完結篇 その07
しおりを挟むすでにアヒルはこの場にはいない。
魔物たちもまた、生存することなく地に伏せたモノが少数居るのみ。
無いモノはすべて消滅した。
虚無へと還り、存在を滅されたのだ。
「だがまあ、ずいぶんと粘ったな……それがスキルの効果とはいえ、“虚無”の連撃を耐えきれるとは思わなんだ」
「…………」
「だがまあ、それも中枢区のみ。選別者を救う舟など、もうこの世には存在しない」
──残ったのは、ただの残骸だ。
そう言外に告げるその先には、ボロボロになるまで破壊され尽くした小さな部屋のみ。
神殿の奥にあった小さな部屋、それは創造主の想いが籠もった場所なのだろう。
故に男は、最後まで抗い続けた。
そこだけは破壊されないよう、己のすべてが消えようとも。
「何がそこにあるのか、俺は興味も無かったのだが。貴様の行動に免じて、興味を抱いてやろう……許す、何があるかを話せ」
「──思い出さ」
「ふむ、詳しく説明しろ」
男は実体を持つことができるだけで、受肉している存在ではなかった。
体が半透明になり、所々から粒子が漏れ出している──霊体の存在だったのだ。
「なんとことはない、創造主が置いていった物さ。地図や日記、誰かとの思い出の品……舟の設計図だってあった」
「そうか、執着であったか」
「舵輪も帆も、舟そのものだってどうでもいいんだ。私が創造主とあった、あの思い出さえあれば……あれが失われること、それは何にも耐えがたいことだった」
守り切れたことに満足したのか、それともまた別の理由があるのか……一人で終わった感を醸し出す男。
実際、敵から守りたい物を守り抜くというのは、俺も興奮するイベントの一つだしな。
「舟が無くなって、少しサッパリしたね。責任が無くなったからかな?」
「さてな、貴様の背負うべき業はこの精霊魔王たる俺が払った。言ったはずだ、貴様を肯定してやるとな」
「……まだそれを言うかい。けど、今となってはそれでもいいと思えるね」
無数の『導士』の力もあるのだろうか、抵抗力を失った男の態度がずいぶんと変わっているように思える。
たがまあ、それも死期を悟った病人みたいに諦め顔なのが妙に腹立つけど。
「貴様のすべてを俺は捻じ伏せた。すでに貴様は俺の下にあり、従属すべてき存在だ」
「……消えかけの私に、できることなどもう何もないさ。それとも君は、まだ私に何かをやらせようというのかな?」
「そういうことだ。報酬は単純、貴様が残そうとした物を俺が守り抜いてやろう」
実際のところ、この展開に持ち込めていれば戦闘をする必要は無かったんだがな。
わざわざ他のプレイヤーが居るところで行えば、反感を買うのは間違いない。
主人公補正があるわけでもないので、できるだけひっそりとやっておきたかった。
「貴様がこの話を受け入れるのであれば、新たな舟に憑いてもらう。貴様の創造主を否定するわけでもない、争いのためではないとだけ予め伝えておく」
「……さっぱりだね」
「ふんっ、そんなことは分かっている。だが求められる答えは、一つしかなかろう」
そして、俺たちは──
◆ □ ◆ □ ◆
空の上に居た。
すでに魔導は解除済み、イベントエリアの夜景の中を巨大な舟が泳ぐ。
「うむ、俺の城に相応しい舟だ。精霊たちの居住区としても、使いようがある」
『まさか、こんなことになるとは……』
「俺は精霊魔王だが、同時に偽善者でもあるからな。相手が死にたいと願うなら、生きたいと言い直すまで殺し続ける。俺の思い通りにならない奴は、等しくその対象だ」
『ず、ずいぶんと過激だね……』
舟からアナウンスのように声が流れる。
それはつい先ほどまで話していた男の口調によるもの……だがその実、女性の声だ。
「そんな俺だ、貴様の変質も俺の我が儘だと思えばよかろう。……というより、貴様は創造主の前であの姿になっていたのか?」
『いいや、あの姿は創造主の知り合いの姿を模したものなんだけど、膨大な時間があったから自然とできるようになったのさ……そのはず、なんだけどね』
「ふっ、それだけ俺が規格外だということの証明となるだろう。声しか分からぬが、別に貴様に契約以上のことを求める気はない。いずれ肉体を得るのであれば、男になるための魔道具でも用意してやろう」
まあ、いろいろとあったんだが……性別が変わったことに関しては、まだ自己申告とアナウンスの声からしか判明していない。
何度も言うが、鑑定眼は絶賛封印中なため視ることができないのだ。
夜空を泳ぐ巨大な舟、それは残骸すら消し飛ばした方舟を再成させたモノだ。
そのことについてしばらく揉めたこともあり、少しばかり仲が深まった気がする。
浮島よりも高度を進む方舟からは、ナースと見たあの星々よりも近くに輝きが見えた。
ナースはカナの下に送り、コルナと楽しく何かをしているだろう。
魔導による時間操作もあってか、そこまで時間は経過していない。
そのため祝砲は未だに打ち上がり、星の光りを瞬かせる。
「貴様の創造主が望んだものを、貴様は理解しているのか?」
「……聖人だったよ、創造主は。神の意思に従って、さまざまな生命を救っていった。私は救われた彼らを乗せ、いろいろな場所を旅したよ。懐かしい、記憶だね」
「聖人か。今の時代、真の聖者など存在しないぞ。だがまあ、貴様が聖人の真似ごとをしようが構わない。好きにしろ」
「そうかい……なら、そうさせてもらうよ」
彼の舟が何を想うか、俺には分からない。
ただ空を見れば、幻想的な光景が広がる。
「これから頼むぞ、神代の方舟よ」
「ああ、こちらこそ──精霊魔王君」
そして、流れ星が一筋流れた。
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