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偽善者と生命最強決定戦 十三月目

偽善者と個人の部閉会式 中篇

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「みんな、まずはおつかれさまだ!」

 メルスは閉幕式を聴く者たちを労う。
 眷属たちの策略によって子供となっている彼なので、その労いの言葉も幼少期特有の明るく高い声色で発せられていた。

「けんぞくのせいでこんなすがただが、せいしんはおれのままだ。あんまりおこるのもあれだし、あとでけんぞくをみつけてもたべものはぬきにしてくれ。あとですぺしゃるなめにゅーでもてないてやるからさ」

 少しずつ弱体化されていた自分の体を、元の状態に戻していたメルス。
 眷属たちの監視を掻い潜り、最初に回帰させたのは──舌だ。

「……あ、あー。よし、戻った。聞き取りづらいのもあれだし、これを最優先に……こ、こらっ! 気づきやがった!」

 メルスが弱体化を解呪したことに気づいた眷属たちは、さらに弱体化の効果を高めてこれ以上の回復を見込めないように抑え込む。
 お蔭で治ったのは呂律のみ、あとはこれまでと何も変わらない少年姿のメルスが舞台に残される。

「今はいい。けど、あとで覚えてろよ……」

 凄みを感じさせない顔ではあるが、それでも捨て台詞のようにそう言っておいてから閉幕の言葉を観客たちに伝える。

「──今回の闘いは、一人の力でどこまでやれるのかを調べたものだ。次元が破壊されたり、武器に心を奪われたり……俺の関係者らしく、いろいろとトラブルが起きる大会だったな。けど、たしかな実力を持つ者が居ると伝えられたと思う」

 個人の部だけでも、白熱した闘いを国民たちは何度も魅せられた。
 自身の認識を超えた闘いだからこそ、自分には無いナニカを得ることができる。

 メルスの目的の一つに、赤色の世界で闘う少年少女に力を魅せるというものがあった。
 だがそれ以上に、国民たちにその力を魅せることを今大会のテーマにしていたのだ。

「簡潔に言おう、これからこの世界に何が起こるか分からない。……自分で言うのもアレだが、なんだか巻き込まれることが多い。だからこそ、時々訓練をさせている」

 かつて考えていた通り、国民たちは強くあることを求められている。
 それは単純な戦闘力でなくとも、何かしらの形で世界に貢献できれば良かった。

 ──いつか訪れるであろう、運営神からの干渉に備えて。

「外界からの侵入者は、眷属たちが排除してくれる。力だけなら、俺もそれなりにあるからな。安心できたと思う」

 力だけであれば、ソウとアリィが居るだけで誰も通れぬ門を創ることができる。
 しかし世界はそんなに単純ではなく、まったく異なる方法で侵略が行われる可能性がある……メルスはそれを恐れていた。

「極めた力はあらゆる策を捻じ伏せる。スキルや魔力が存在するこの世界だからこそ、俺はそう感じた。どれだけ考えられた作戦も、無意識で破壊できる力があれば乗り越えられる。……そう、要するに強くなってほしい」

 小さく短くなった腕を目いっぱい横に広げると、仰々しいポーズを取って叫ぶ。

「あのときのように、誰かが俺をここに戻れないようにするかもしれない。無事に戻って来れたが、次もそうなのかは分からない。だからこそ! みんなには強くなって、自分たちだけで厄災を撥ね退けてもらう! 具体的には──ランキング戦だ!!」

  ◆   □   ◆   □   ◆


 閉幕式は終わり、すでに肉体も元の状態に戻っている。

 封印が施されていないフルな状態は、今日という日が終わるまで続く。
 ……ご褒美だのなんだのと言っていたが、それが墓穴となって弱体化を解除できたというわけだ。


「ランキング戦、ですか……唐突なアイデアでしたね」

「そうでもないさ。赤色の世界と赤ずきんの世界の二つが接続された今、そろそろバレる可能性も増えてきたんだ。まずは俺やソウがそうした圧倒的力を魅せて、安心感……それと恐怖を与える」


 現実でもよくある話だ。
 抑止力として存在した力が、抑止する物を失った途端に危険視されるということは。
 そうした結果から終焉の島に強者が封印されていたわけで、もしそんな状況になったらと考えさせられるだろう。


「旦那様。わたしは……この世界を気に入っています」

「そうか、それは嬉しい」

「そうして気に入っていたあの娘の国は、神に目を付けられて落とされました。旦那様、怖いと思いませんか?」


 フィレルはそう言って、俺の腕を掴む。
 ギュッと掴まれたフィレルの手は、怯えるように震えていた。


「怖い? そりゃあ怖いさ。俺の選択が、人の生死を選んでいる。ただの一般人でしかない俺には、本当なら決して背負えない業だ」

「昔のわたしには、耐えられませんでした。驕っていたこともあって、あの娘を守ろうとしていたのにできず……あの娘が守りたかった国も守れませんでした」

「仕方ない、とは言わないでおく。ソウという実例があるから、決して不可能じゃなかったんだ」

「旦那様は、時々冷たいです」


 震えは治まっていた。
 だがそれでも、彼女は俺の腕にヒシリと掴まっている。
 もう少し、安心させた方がいいのか。


「フィレル。俺は感情が固定されているからこそ、不安定になっている。冷たいと思われても、仕方ないんだろうな」

「……仕方ないと言わない、そう言ったばかりですよね? それに、そこまで真面目に返されるとは思ってもいませんでした」

「真面目? そうは思わないが……まあ、今はいいか。だがこれだけは言っておく、何度でも言おう。俺の手が届く限り、決して何一つ失わせない。すり抜けなんかさせない、嫌がっても掴み続ける──たとえ相手が神々であろうと、絶対な」


 あまり大げさなことは言えないが、これぐらいなら言えるだろう。
 神殺しは可能で、眷属が傷付けられるのであれば俺はそれを実行する。
 それは確定事項であり、予想でも推測でも無いんだ。


「絶対、だなんて……責任は取ってくれるのですね?」

「俺に取れる責任だったらな」

「……ふふっ、旦那様だからこそ取れる責任ですよ」


 あっ、と思ったときにはすでに遅かった。
 フィレルの鋭い犬歯は俺の首筋へ向かい、カプリと牙を突き立てる。


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