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偽善者と生命最強決定戦 十三月目
偽善者と四回戦最終試合 その12
しおりを挟む空気が弾ける音が何度も響き渡る。
その一つ一つが強大で凄まじく、会場にそのまま届いていたら鼓膜が破けるほどだ。
幸い過度な情報はカットされるため、観客たちにとってその音はただ少し大きい音、程度の受け入れ方しかされていない。
しかし舞台で闘う二人にとっては、とてもけたたましい音が何度も何度も自身の鼓膜を破壊する事態だ。
「俺はすぐに治せるし、ソウはそもそも破れてないからな。別に問題ないけど」
「主様、維持できておるのか?」
「頼んでおいたんだ。あのとき決めたモードの内、『半侵化』なら自在になれるように。まあ、頼むだけでできちゃうのが、眷属クオリティだよな」
目まぐるしい速度でぶつかり合う拳と拳。
籠手に宿る能力によって極めた拳術、その中でも柔術を使うメルス。
与えられた才能を注ぎ、鍛え上げられた剛の拳術を振るうソウ。
異なる方法で拳を交わす二人は、ただ肉体の強化と拳への事象付与のみを行って殴り合いを行い続けた。
「拳術であれば、ミシェルよりもチャルの方が向いていたのではないか?」
「お前と真っ向から同じ手段で闘い、それで勝てるなんて自惚れちゃいないよ。俺の取柄はお前たちが貸してくれる手札の多さ。今回なら、ミシェルの聖気と邪気の極めて高い適正が必要だったんだ」
「儂には聖気も邪気も、ただの闘気としか感じられるのにか?」
聖気は邪気に染まった存在へのダメージ増加、邪気はあらゆる状態異常の付与を特殊効果として発動できる。
だがソウは邪気に染まっておらず、膨大な魔力が状態異常に抵抗するため、どちらもその効果を発揮しない。
「柔気功と剛気功は合わせると、超気功として新たな性質を持つ。なら、この二つの気を混ぜればどうなると思う?」
「……神気かのう!」
フェイントを織り交ぜて攻めるメルス。
龍眼によって本命の攻撃を見つけだすソウは、それらを無視してボディブローを放つ。
「……神気じゃないんだ。そもそも聖と邪の力を束ねたとして、神になる理由が無いんだけどな」
痛覚は【憤怒】の発動によって、一時的に遮断されている。
スタックのようにダメージ判定が先延ばしにされている今、<物質再成>を持つメルスはほぼ無敵な状態になっていた。
鳩尾に決まった一撃がもたらした衝撃を、【忍耐】の聖具によって無効化して耐える。
「それにさ、聖気は邪気に対する特攻効果があるけど、邪気はそうじゃないだろ? 一方的に邪気が嫌われてるみたいな状況だ。要するに、ナニカが足りないんだよ」
「何か……龍気のようなものか?」
「いや、それだと聖邪龍的なモノが現れない限り実現できないだろう。その可能性も無きにしも非ずだが、もっと簡単なモノがあるわけで……」
「魔力か」
続けて放たれた連撃。
左腕でソウの両拳を防ぐと、メルスは強く握り締めた右拳を振るう。
筋肉から間接まで、多連式のロケットのように勢いを加速させて放った一撃は、ソウの腹を強く叩いた。
「そう、他にもあると思うんだが、面倒だしコスパが悪いけどこれにした。魔力は望めばほとんどのことはできるし、正解はそのうち眷属が見つけるしさ」
「……再生が遅くなった?」
「ああ、今試してみたからさ。聖なる力である聖気、邪な力である邪気──そして、千変万化の力である魔力。これらを重ね合わせて生みだしたのが、お前にぶつけたこれだ」
メルスの手からは、空間を単独で歪められるだけのナニカが宿っていた。
それが何かを調べてみたが、ソウの最高峰の精度を誇る龍眼ですらそれを暴くことはできていない。
「まあ、面倒だし『極気』と名付けよう。二つの属性の極みが一つになり、こうして安定した状態で維持できるんだ。……そして、それを礼装に注ぎ込む」
「っ……!」
瞬間、メルスの直接制御から離れた極気が膨大なエネルギーを礼装の中へ巡らせる。
これまで活性化させた眷属たちの魂をより強化し、顕著な形でそれを顕在化させる。
また、礼装から漏れ出したエネルギーはすべて周りに身に着けていた聖武具や魔武具、神器などに注がれていく。
注がれた高純度のエネルギーが回路を巡らせ、能力を解放する。
「制御不可能、暴走状態。だが、たしかに力だけは溢れてくる……そして、目覚めたか」
「めでたい、と言えばいいんじゃったか?」
「ん? まあ、愛でたいけどな。新しく解放された能力で、俺の勝利はより確実なものになった。副産物なんだけど、これも俺の日頃の行いがいいからだな」
空に散りばめられた魔眼と神眼によって、俯瞰した状態でそれらの力を使えるメルス。
調べた情報を処理できる思考能力、立てた理不尽な闘い方に対応する身体能力、それを可能とする攻撃能力。
そのすべてが今のメルスを満たし、ソウを超える力が顕現する。
「ただまあ、魔力の消費が半端ない。早急な決着にさせてもらうぞ、ソウ」
「短期決戦と言うのであれば、儂も得意じゃぞ。なにせ、これまでは一撃で死ぬ者たちばかりじゃったからのう」
物理限界を超えた速度で、二人は舞台を駆け巡っていく。
言葉で語れぬその死闘は、映像の補正を受けてもなお光速で行われる。
「なあ、ソウ」
「……なんじゃ、主様」
動きを止めた二人は、再度語り合う。
「結局さ、協力って言えたのかな?」
「……言えなかったじゃろうな」
「そう、だよな。本当の協力ってなると、本当に不安になるんだ。俺の過失で、誰かを失うことを」
「それは、傲慢じゃろう」
最強とは孤独の運命を背負う。
誰よりも強くあるが故に、その周りの者を弱さとして狙われるから。
初めから独りでなければ、必ず隙が生まれ敗北を喫する。
「それにじゃ、主様。儂らもこうして強くあろうとしておる。一人の強さをこうして儂らは見せたが、団体の部の者たちは本当の意味で協力をしてその証明をする。それで満足してくれんかのう?」
「……仲間、か」
「不満かのう」
そうならない方法はただ一つ、周りの者たちも強くあり続けること。
悪意を振り払えるだけの力を持ち、無敵を維持することだ。
「……この世界じゃ信頼できるお前たちに逢えたが、地球での俺は人を無意識で拒み続けてきたんだ」
「ハーレムを、寵姫を増やす主様らしかぬ告白じゃ」
「こっちで力を得て、驕ったんだ。やりたいことができる夢の世界だと……昔はここを、データの世界でしかないと思ってたからな」
自嘲的な嗤いを浮かべ、メルスは語る。
ソウはただそれを聴き、ありのままの想いで返答した。
「じゃが、今は違うではないか。主様も儂らと同じ世界で生き、共に過ごしてくれる。たとえ元に戻ろうと、それは変わらない日々なのじゃろう?」
「…………ああ、そうだな。困ったらリオンに頼んでみようか。眷属のためだ、頭でも魂魄でもどんな手でも、自由に行き来するさ。そもそもが、プレイヤーを招き入れている世界だからな」
「それを聞けて、儂は満足じゃ」
──そう語る彼女の体は、すでに粒子と化して宙に消えかけていた。
誰よりも生命力が凄まじいソウだから、今の今まで会話が行えていたのだ。
「主様。主様が行ってきたように、この世界は死も蘇生も軽んじられる世界じゃ。儂らも死を恐れてはいるが、主様が必ず儂らの目を開かせてくれると信じておる」
「信じるって……俺はお前たちに死ねなんて命令できない」
「そうして主様が苦悩してくれるのも嬉しいが、やはりもっと頼ってもらいたいのう。今行っておること以上に、主様の役に立てることをのう」
「……善処するよ」
その発言に満足し、完全に舞台から消え去り会場に帰還するソウ。
メルスは彼女が告げた言葉を反芻し、しばり余韻に耽るのだった。
≪試合終了! 勝者──メルス様! この武闘会の優勝者は、私たちの王であるメルス様だぁあああぁ!!≫
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