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偽善者と生命最強決定戦 十三月目
偽善者と三回戦第一試合 その09
しおりを挟む太陽と月、二つの光の恩恵を受け、自身の中に眠る力──始祖吸血鬼の種族性質を目覚めさせたフィレル。
このタイミングで、もう一つの力を解放することを選ぶ。
「──“龍人化”!」
龍の力を、肉体を変化させることなく取り込む高等技術。
龍化に比べればパワーやディフェンスに劣るが、テクニックやスピードならばそれ以上となるのだ。
彼女の母である陽光龍の遺伝子が、沸騰するように彼女の中で目まぐるしく動きだす。
爆発的な速度で増大し、持つ者の欲求を掻き立てる龍の血……一瞬でその制御を済ませたフィレルは、再び自身の手首から血を放出し、武器へと変える。
「…………」
肉人形はナニカを握る構えを変える。
力を抜き、穂先を地面に向けた……矛先は向けられていないはずなのに、ナニカは会場中の空気を歪めるほどの凄まじい威圧感を解放していた。
「あらゆる手段を以って、旦那様を止めるのであれば……ジュルリ」
そんなことなど気にもせず、舌舐めずりをして肉人形の首の辺りをジッと見つめる。
メルスの意志が浮上してから、フィレルにはその芳醇な香りが感じられていた。
(わたしが頑張れるよう、自身の肉体を元に戻して抑えてくださっているのですね)
○○不要系のスキルをすべて解除し、肉体の機能をすべて本来の状態に戻してあった。
これまで通りの動きはできなくなり、フィレルが優位に闘うことができる。
「──踊れ」
必要はないが、自身に命じるようにその言葉を告げる。
血は無数の短剣と化し、肉人形に向けて放たれた。
同時に、フィレル自身も籠手から爪が生えたようなデザインの武器を嵌め、直接攻撃に打って出る。
「…………」
メルスの過保護によって、一時的に魔力と武技を使用不可能にされた肉人形。
それでも無機質な瞳は演算を行い、勝利するための最適解に向けて行動する。
精神エネルギーを用いて練り上げた気力、それを体内に循環させて肉体を強化。
スキル(精密動作)で筋肉の動きを完全に操作し、ロケットエンジンのように多段式で加速する。
「“串刺血杭”!」
フィレルは移動中に整えた魔法を発動し、この場に展開していく。
一度“血霧”で散布した血液が触媒として使われ、舞台の至る所から鋭い杭が肉人形の元へ向かう。
猛烈な勢いで加速していたとはいえ、それはあくまで直進でしかなかった。
肉人形はこの瞬間ほぼすべての杭に突き刺され、ベッタリと血を零す……はずだった。
「…………」
パンッと何かが弾ける音が聞こえた。
その発生源は肉人形の足元、勢いよく地を蹴った肉人形はそのまま宙を舞い──そのままその場を蹴って杭を回避していく。
足元に踏み場を生みだす(空歩)スキルにより、何度も多連式の加速を行うことで、次々と血の杭を潜り抜ける。
「…………」
筋繊維が千切れようと、【物体再成】を行使してすぐに復元を行う。
メルスと違い超再生を求めない肉人形は、効率よく足を使用可能状態に戻す。
断裂、復元、破裂、復元、破壊、復元……何度も何度もメルスの肉体が自壊し、元の状態に直っていた。
「っ……! 本当に、意志が無くとも旦那様は旦那様であるだけで厄介なのですね!」
隙間を掻い潜るように移動する肉人形を、追いかけるように短剣が飛んでいく。
杭との連携で肉人形を追い詰めるが、それらは見えないナニカを振るう肉人形によって払われる。
「ならば、これで!」
宙を蹴ることで飛行ペナルティを受けない肉人形と異なり、フィレルは翼を用いての飛行なためペナルティを受けてしまう。
ペナルティは重力と雷を使った、天から降り注がれる裁き。
「なら、わたしと同じ軸に居るならば──旦那様にその裁きが!」
杭が肉人形が着陸することを阻み、第二の地面を宙に生みだす。
草原のように生え連なった杭が、空間の果てまで広がっていく。
その代償に魔力を大幅に消費したフィレルであるが、それでもたった一度のある作戦を実行するためにそれを実行した。
「“血拘束”!」
翼をはためかせ、肉人形の元へ向かう。
杭の一部がうねり、肉人形を捕らえようと高速で飛んでいく。
空歩で回避する肉人形は、そのすべてを回避する。
「予想通りです──くらいなさい!」
そうして逃げた先は、フィレルが待ち構えた地点。
真紅の絨毯越しに準備を整えていたフィレルは、高々と手を掲げそう叫ぶ。
「…………」
鈍く重く、圧し掛かるように肉人形に重力が加えれる。
すぐに気力で肉体を強化し、体勢を整えたがその隙は決して取り戻せない。
轟雷が天より地に舞い降り、空を舞う愚か者に鉄槌を下す。
メルスの肉体は、現在魔力の解放を封じされている身。
特殊な防御方法は取ることができず、雷を直接浴びることになった。
「…………」
だがそれでも、肉人形は動じない。
一般スキルでも固有に近いスキルたち──(雷雲操作)や(聖龍雷)を用いることで、雷属性の力を帯びたその一撃を捌く。
「ですので、それも読んでいました──うふふふっ、いただきます!」
隙がもう一つ生まれてしまった肉人形。
血を介しての転移を行ったフィレルは、肉人形の近くに現れる。
羽のような柔らかなタッチで肉人形の体に手を乗せると──カプッと牙を突き立てた。
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