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偽善者と生命最強決定戦 十三月目
偽善者と三回戦第一試合 その06
しおりを挟む「五割九分だな、正確には……おっと、今六割まで回復した」
「ドラゴンの心臓でも、そこまで急激な回復はできませんよ」
「今は<久遠回路>が動いてるからな、だいぶ早いと自負できるぞ」
メルスの持つスキル──<久遠回路>。
外気に存在する微量のエネルギーを、数万にも数億倍にも増幅させるスキル。
それでいて、効率は悪いが自身がすでにため込んだエネルギーをも増幅させることができる……一種の半永久回路であった。
「今は自己増幅しかやってないぞ。ほら、あまり吸い込みすぎると枯渇するからな」
「ドラゴンであるわたしにも、旦那様にも必要ありませんよね?」
「平等に、しておかないとな。必要ないだけで、フィレルにも恩恵があるんだし……そのままでいいだろ」
メルスが外気のエネルギーのみで技を放てば、それらは一瞬で消え失せることになる。
魔法であれば、全力を出し切る前に尽きて発動が失敗するか暴走する……そのため、使うにも使えないわけだが。
「それじゃあ、混沌魔剣とこのまま戦う? それともまた別の武器にする?」
「ここで否定しても、徒手空拳で負けてしまいそうですし……それでも、全力の武器をお願いしたいです」
「了解。魔力がもう少し回復したら、本気でお相手すると約束しましょう……お嬢様」
畏まったポーズを取ると、メルスは異空間より一本の杖を取りだす。
「それまではこちらの杖一本で、お相手させていただきましょう」
「お嬢様だなんて……わたしは旦那様のハーレムの一人なのでは?」
「…………そこをツッコむか?」
いつもの口調に戻すと、杖を紳士らしからぬ適当な扱いで振り回す。
指先でクルリクルリと回りゆくその杖は、回転するたびに異なる輝きを見せる。
「フィレルは家族だ。そして、俺のハーレムに階級は無い。俺の呼び方は自由なんだし、お前たちの呼び方も自由にさせてくれよ」
「……夢の中では、あんなに翻弄してくれますのに」
「…………偽善者だからな」
メルスが困ったときに使う常套句──『偽善者』を引き出させたことに、フィレルはクスッと笑う。
その様子にやれやれとため息を吐くが……すぐに試合は再開される。
「それじゃあ行きますか──ほれっ」
「ええ、承りました──せいやっ!」
転移で死角を突いたメルスだが、緋色の眼は反射的にメルスの動きを捉え、反撃を肉体へ促す。
吸血鬼と龍の動体視力、そのどちらをも受け継ぐ彼女に同じ手は通用しない。
掛け声と共に大鎌から形を変えた血流は、数十本の短剣と一振りの剣に形を変えた。
それはさながら、メルスが何度も振るった『クラウ・ソラス』のように見える。
「こうでしたか? ──舞え」
杖と長剣がぶつかる中、漂っていた短剣が意志を持ったように動きだす。
一本一本がそれぞれ独立した動きを見せ、確実にメルスを追い込むように踊っていく。
そんな中、メルスの表情が変化した。
とても落ち着いた笑みを浮かべ、フィレルに向けて穏やかな声で語りかける。
「……やれやれ、子供に裏切られた気分だ。俺がアイデアを作って、フィレルが血を使って生んだ──子供だしな」
「旦那様……もしかして、今はすでに──」
「さーてな、どうだろう。半信半疑ってことは瞳に変化はないんだろうから、たぶん俺がこの試合に興奮してるだけだろう」
演劇でもしているかのように、役者口調で語りだす。
メルスはある感情が一定量を超え、なおかついくつかの条件を満たすことで精神がその感情に染め上げられる。
「……皆さんとの闘いでは、そうならなかったのに? わたしとの闘いでだけ?」
「単純に、魔力量の問題だ。こればかりは仕方のないことさ、すでに解析班のみんなが調べてくれてある」
「そうですか……残念です」
会話をする間も、短剣たちは容赦なくメルスに襲いかかる。
だがそのすべてが、最小の動きだけで回避されていた。
「ただ、【傲慢】にも【色欲】にもなっていないことはたしかだな。それと【知識】系でもないか……まあ、どうでもいいよな」
「旦那様の心身に影響があるのであれば、わたしたちは気にしますよ」
「それは今さらすぎるし、出会った当初に大半が殺そうとしてきている奴らの台詞じゃないからな。……あとこれ、自分で使ったことがある分捌きやすいぞ」
杖を振るい、短剣を払いながらの発言。
フィレルは土壇場で『クラウ・ソラス』の再現を試みたが、パクリの元祖であるメルスは刃たちがどうように動くのか、それをよく知っていた。
「──あと、この状態が常に起きるようなら名前を与えよう。そうだな……『半侵化』、というのはどうだろう?」
「どう、と仰られましても。その状態になられるのですら、わたしたちには控えてもらいたいと──」
「いや。いつものアレを『半侵化』、この状態は『半蝕化』だな。侵すと蝕むじゃ、全然意味が違うからな。なあフィレル、俺はいったいどうなってるんだ?」
自分がどうなっているか、そんなことどうでもいいと笑みを浮かべるメルス。
それが本心なのか、それとも創られたものなのか……それは神のみぞ知ることである。
「──止めましょうか? わたし一人でも、七割の旦那様ならば、戻すことは可能です」
「うーん…………ちょっとコントロールしてみたくなった。フィレル、武器の方は準備ができたから、コントロールに成功するまで殺しておいてくれ」
取りだしたのは──何もない。
異空間に手を伸ばすと、何もない場所でその手を握り元の場所に戻す。
だがその手からは、膨大なエネルギーが放たれている。
──見えないナニカが、そこに宿っているかのように。
「……分かりました、全力を以ってお相手をさせていただきます」
フィレルもまた、覚悟を決める。
半暴走状態のメルスを止めるために、一度は眷属総出で挑んだこともあった。
それを今、単独で行う。
そのことに彼女は──笑みを浮かべる。
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